ヒーローは生まれる前から終わっていた
ジュード・クレイトン子爵。
黒髪に緑の瞳の絶世の美男子で、先頃若くして爵位を継いでおり、本来ならば社交界の寵児となっていてもおかしくはない存在である。
だが彼の評判はけして芳しいものではない。
何故なら彼の両親は婚約破棄の末に結ばれていたのだ。
しかも父親は彼の母親であり、大恋愛の結果結ばれた筈の妻が出産で命を落としてすぐに息子を置いて国外へと去って行った。
本来ならば彼の父親はマイヨール公爵家の跡継ぎであったが、醜聞を良しとしない先代伯爵により廃嫡される結果となった。
だが廃嫡はされたものの彼自身の私有財産はそのままで、生活に不自由はしないはずであった。
今もその財産故に今も何処かを流離い続けているのだろうか。
その行方は誰も知らない。
彼の母親は、少々屋台事情の苦しい男爵家に生まれた、結構な器量よしで行く行くの玉の輿を望める娘だった。
実際それで公爵様の跡継ぎを篭絡したのだから、それは結構なものだったのだろう。
だが彼女らは、公爵令息の本来の婚約者であった王女を手荒に扱うという失敗を犯してしまった。
つまりはやりすぎたのだ。
お陰でふたりは「ざまぁ」され、お互い以上のものは得られなかった。
男爵家は結局お取り潰し寸前までいった。
今は遠縁が継いでいる。
それが21年前、この国であった一大醜聞だ。
マイヨール公爵家は次男が継ぎ、婚約もそちらに引き継がれ、今も栄えている。
ジュードはマイヨール家の遠縁で独身を通し、変人と評判だった老子爵の元で育った。
跡継ぎに親戚から養子を取ることを前々からうるさく言われていたし、親がいないからこの子でいいだろう血筋は保証されているし、と引き取ったのだ。
勿論そのことには相当な反発があった。
だが老子爵は一切受け付けず、ジュードをただ育てるだけだった。
その養い親が先年亡くなり、爵位を継いだジュードはたまに表に出てくるようになった。
招待されれば夜会に顔を出すし、ダンスの誘いをかける勇敢な令嬢がいれば踊る。
積極的に誰かに声をかけることは無いが、請われればそれを否定することは滅多にない。
彼はその親譲りの美貌や優雅な物腰で人目を惹くものの、普通の親が自分の娘を近寄らせたいような男では当然ない。
近寄るものは拒まないが、去っていくものも引き止めない。
親譲りの放蕩者だ、と白い目で見られている。
勿論そこに魅力を感じるものがいるのも確かで。
結果として食み出し者、不良と、一定の距離をおかれつつも決定的に酷い事態は無いので全否定に至らないという状況が続いている。
――普通ならば、アリアーヌは彼に近づくことなど一生無かったろう。
だが、彼しかいないのだ、アリアーヌを真のヒロインにしてくれるだろう存在は。
だから彼女は、彼に手紙を書いた。