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私の物語は私が主人公です

基本的に登場人物は善人ばかり?故で悩む感じです。

あれはいつからだったか。

伯爵令嬢アリアーヌは気付いていた。

婚約者シャールと妹コリンヌが密かに想い合っていることに。


「こんにちは、アリアーヌ」

少なくとも週に一度、穏やかな微笑みを浮かべたシャールはアリアーヌの元を訪れる。

花束やちょっとした手土産をいつも手にして。

婚約して一年、来年の結婚式までは続くだろう習慣だ。

二人で一緒にお茶を飲んだり、庭を散策したり、とごく普通の婚約者同士のような事をする。

アリアーヌは二人姉妹の長女で、シャールは公爵家の4人兄弟の末っ子。

けして派手ではないが端正な面差しをしており、鉄灰色の髪に青い瞳をしている。

穏やかさと知性を感じる好青年だ。

彼は婿に入るのが決まっており、この家についてよく知っておくのは大事なことだ。

「新しいクッションだね、バラの刺繍が素敵だ」

「あら、気付いて?コリンヌがつくったのよ」

今日もソファの上に置かれたクッションに目敏く気付き、言葉にする。

コリンヌ、の名を聞いた途端、クッションを持つ手にぎゅうっと力が籠った。

その手以外は一切変化は現れてはいない。

「コリンヌは、器用だね」

そっと優しく言う彼に、

「…ええ、あの子、手芸はとても得意なの」

そう返して、アリアーヌはただ微笑んだ。

数刻のち。

来た時と同じように穏やかな笑みを浮かべたシャールを、アリアーヌはそっと見送る。

その姿を二階から人知れずコリンヌが見ているのを、アリアーヌは知っている。

長い金色の巻き毛を窓から垂らし、物憂げな瞳で、まるで一枚の絵のような姿で愛しの人を見ているのだ。

そう、あたかも恋愛物語の薄幸のヒロインのように。


重要なのは二人ともアリアーヌを裏切ってはいないということだ。

お互いに両想いということすら知らないだろう。

かなわぬ想いを秘めているだけで、誰にも気づかれない様に振る舞っているのはよくわかっている。

しかし婚約者は妹を見かけると、一瞬何とも言えないような表情になるのだ。

自分ではそんなつもりはまったくないのだろうが。

妹も、婚約者を見るとはっと凍り付いたような顔になる。

彼が帰った後、彼の痕跡に対してはせつなげな視線を注ぎもする。

これらの事柄に気付いているのはアリアーヌだけだろう。

アリアーヌが一番ふたりをよく見ているし、ふたりはアリアーヌを挟んでしかお互いを確認していないから。


物心ついてからこれまで、アリアーヌの毎日にはいつも妹が付いて回った。

物理的にだけではなく、精神的にも。

妹のコリンヌはアリアーヌより2つ下の15歳。

平凡な容姿の両親にもそれに似て平凡で茶色い髪に茶色い瞳のアリアーヌにも余り似ていない、非常に可愛らしい娘だ。

その愛らしさで幼い頃より周囲を引き付けてきたし、大抵のことは下手すれば願う前に叶えられた。

だからといって我儘な性格ではない。

容姿同様に非常に心優しく、姉のことを誰よりも慕う可憐な妹なのだ。

アリアーヌも妹を愛しているし、こんなに可愛い妹は自慢ではあった。

たとえ、自分が大抵の場合妹主人公の脇役に回ってしまうとしても。


あれは9歳の時だったか。

新しいドレスを仕立てて貰い、アリアーヌは上機嫌だった。

真っ白で裾は長く回れば優雅に広がり、物語に出てくる貴婦人のよう、と思ったものだ。

だがそれを着て意気揚々とお茶会に出ては行ったものの、アリアーヌには殆ど称賛の言葉はなかった。

みんな、コリンヌの愛らしさを一様に褒め称えていたからだ。

コリンヌは当時7歳で、まっ白いコットンレースのエプロンドレスに白いボレロ、金髪にリボンを編み込んでいて、まるで妖精のようだった。

確かにあのコリンヌは本当にかわいかった、だけどもだ。

あのドレスはあれ以来着る気がしなくなったし、数年後アリアーヌが着たいと言って試しに着せてみたところ実に似合ったので、お下がりでいいのなら、とあげてしまった。

以来コリンヌと一緒にいるときは、同じ色の服は着ないようにするとひそかにアリアーヌは決めている。


子供同士で遊んでいた時もあった。

幾ら貴族の子女とはいえ、幼い男児はやはり無体で元気なものだ。

コリンヌの気を引こうとしては、逆に泣かせるようなことを働く者は多かった。

そんな時姉として庇ったり、いじめっ子を叱っていたら、男児たちはアリアーヌを邪魔者と認識したらしく、脅しつけたり殴ったりを真剣に仕掛けてこようとしてきた。

その時はアリアーヌが大声で泣いて呼んだために、駆け付けた大人たちによって何とかなったが、あの時は真剣に怖かった。

でも一番に慰められるのはコリンヌだったし、男児たちが謝ったのもコリンヌのためだった。


コリンヌはいつだって悪くはない。

彼女が姉に対して悪意を持っていたり、害を与えようとして行動したりすることなんてない。

でもいつだって主役はコリンヌなのだ。

アリアーヌはその脇にいる彼女の姉という存在にしか見られない。

今まではそれでもよかった。

気にしないでいられた。

妹が好きだし、自分が表に立ちたいとは思っていなかった。

でも、こればっかりは譲れない。

婚約者のシャールをではない、この物語のヒロインになることだけは、コリンヌには譲れなかった。

アリアーヌはだから、婚約破棄をしようと思い立ったのだ。

このままではだれにも幸せになれない、アリアーヌは永遠の脇役のままだ。

一生に一度くらい、舞台の中央に立ってやりたい。

たとえそれが悲劇でも喜劇でも、皆に罵られる悪の存在となるとしても。

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