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カオナシ姫と失われた宝  作者: 弓かかし
1章 プロローグ
7/11

7 忘れ時のアネモネ

今回もほんの少し長めです。

 「ひとつ、断っておきますと、」

 シシィは眉間にシワを寄せながら言った。

 「私は、アイツの愛なんてお断りです! アイツは私が生後三ヶ月の頃から我が家に忍び込もうとしていたぐらい、筋金入りのどうしようもないストーカーなのですわよ! ストーカーが愛を語るなど言語道断! 我がいとしのソイラリア様と契約するものだからこそ我慢しておりますが、契約さえなければ、地の果てに吹き飛ばし永遠に太陽を拝めぬようにしてやりたいぐらいなのです!!! 」

 女王は、絶句した。そして、申し訳なさそうに口を開く。

 「それは……勘違いして申し訳なかったの。だが、其方は妾から好きな人(アーラシュ)を奪ったという点だけでも罪は大きい。その上、『ブラックテイム』の一員じゃ。よって、ここで成敗せねばならぬのじゃ。許せ。」

 シシィは、フン、と鼻で笑った。

 「何言ってるのかよく分からないけど許しますよ。私も『ブラックテイム』として貴方は障害になっているのでとりあえず退けさせてもらいましょう。」

 シシィが機関銃を手に出現させる。

 と、サルビア侯爵と、人の姿をとったアネモネが二人の間に割って入った。

 「私達の話を先に聴け、ハラミ。」

 「先に私達の話を聞いていただけないでしょうか、ソイラリア様。シシィ様。」

 女王はサルビア侯爵に向き直った。

 

 「使い魔に裏切られた気分はどうだ? ハラミよ。」

 サルビア侯爵、すなわち白の冥王は、その顔に人の悪そうな笑みを浮かべている。流れるような大剣から繰り出される斬撃を、女王は全て魔剣で受けているが、防戦一方で攻撃に転じる余裕はない。しかし、女王は、口の端に笑みを浮かべる。

 「ふふふ。主人を裏切るような使い魔に恋していた其方の気分こそどうじゃ? 正体を知って冷え冷えとした心の底、妾には見えておるぞ。」

 その言葉に、白の冥王は嘲りの色を見せた。

 「それはお主のことかな? ハラミ。赤の海王に対するお主の心が冷え冷えととしているから、アイツをラムネで冷やしてやってるのだろう? なかなか粋なはからいよな。」

 「な、違うのじゃ! あれは、ちょいと手が滑っ、ゴホン、妾の心を安く見るでない! 」

 「けけけけけ。……ん? 」

 暗紫色に染まった女王の手が、白の冥王の忘れ時の大剣を蝕んでいた。冥王は、大剣を引き戻そうとするが、動かそうとすればするほど女王の手は大剣に深く食い込み、大剣を蝕んでいく。遂にヒビが入った。

 「クソ、魔手滅冥府之花(デッドデストロイヤー)かっ! 」

 「ははははは。其方、2万年も何をしておったのじゃ? 妾に2万年前に()()で冥府を滅ぼされて以後長らく無職ホームレスであったのじゃろ? かわいそうになあ。其方、骨のある魔法の一つや二つも覚えられんかったのか? 」

「さあ、どうだろうな。」

白の冥王は、微笑んで言った。五人の前に、2万年前のカゲロウが蘇った。


 2万年のとある昼下がり。麗かな日。

 と言っても、冥府に太陽が差し込むことは無いが、代わりに天頂には満月が昇っていた。

 白の冥王は、午前中に政務を全て終え、昼寝をしていた。彼の周りには妙齢の美女が数多侍り、美しい刺繍の施された団扇で、そよ風を冥王に送っている。

 麗しい光景。

 だが、冥王は不満気だった。

 というよりも、その表情はうつろであった。

 彼は、常に一人だった。そして、冥府の王であるにもかかわらず、死ぬのが怖かった。彼の周りに侍る者たちは、彼の冥府生まれの眷属であり、それゆえ、冥王の感じる市への恐怖や、孤独感といった感情を共有することが難しかった。

 彼は、独りぼっちだった。

 そして、何気なくつぶやいたのだ。

 「あーあ。何か面白いこと起きないかな~ 」

 すると、あら不思議。

 決して太陽の光が差さないはずの冥府の天蓋が崩れ、太陽の姿が見えるではないか。「決して太陽が差さない」という、創造神(クルエラ)によって定められし秩序が、目の前で覆されたのだ。

 冥王は、歓喜した。奇跡が目の前で起こったのだ。

 (しかし、これを起こしたものの姿が見えぬではないか?)

 その時、遅れて天蓋崩壊の衝撃が冥府を襲った。宮殿の柱や屋根は吹き飛ばされ、なぎ倒され、立っていられたものは冥王のみだった。あたりには、冥府の住民たちの泣き声や、うめき声が響いていた。

 そんな中、彼は確かに聞いたのだ。清らかな少女の、「緑の女王根絶(ルートアウトクルエラ)」という叫び声を。

 (おもしろい。それに、創造神(クルエラ)を滅ぼす呪をここまで派手に使っているということは、この世界の秩序に縛られないもののようだ。ますます面白い。)

 冥王は、声のもとに赴いた。そこには、青白い顔の、茶色い髪を振り乱した少女がいた。

 (一見、無力な少女のように見えるが……このもの、相当な憎悪を身に秘めているな。それに嫉妬もか。このような人間は、初めて見たな。)

 冥王は、仕事で死人をさばいているので、相手の持つ感情の質を見分けるのが得意であった。ただ、彼のいる世界は、作られてからまだあまり年月が立っておらず、人間をはじめとする生き物たちは、少ないながらも寄り添いあって仲良く生きていたので、彼女のように底なしの負の感情を抱えた人間を見たことがなかったのだ。

 少女は青黒い隈で囲われた目を冥王に向けて、地を這うような声で言った。

 「お前、クルエラのにおいがする。なのに、なぜ無傷なんだ。」

 「へ? 」

 次の瞬間、冥王は、呪に縛られていた。少女に敵意がなかったため、その行動は彼には予測不可能であった。易々と縛られてから、彼は慌てた。

 「待て! このままでは死者の魂が此岸に流れてしまう! あれだけは止めなければならないんだ。」

 少女は、目を充血させながら笑った。

 「死者が流れる? 自分たちの都合で殺しておいて? 雑草か何かのように何も考えず簡単に殺しておきながら自分の手から零れ落ちて初めて注意を向けるのね。卑怯だわ。卑劣だわ。」

 (狂っている)

 彼女が何を言っているか、冥王には理解出来なかった。少女は、冥王に、他の誰かを重ねて見ているようであった。冥王の野生の勘、のようなものが彼に警告を発していた。

 彼は、呪を解析しながら様々な魔法を使った。しかし、そのどれもが少女の呪に阻まれてしまう。

 (何故……何故効かぬ⁉︎ )

 死者である冥府の住人達に日光が当たると、彼らは光の粒となって地上へと上がっていく。

 冥府の中は、似つかわしくない生命の息吹の音と、冥王の悲鳴がこだましていた。


「飽きたわ。冥府ってこんなにも儚かったのね。」

 暫くして、ケロリとした顔で、少女は言った。その頃には死者達の魂は大半が地上に向かっており、冥府は空っぽになっていた。

 「それにしても……気に入らない。アンタは、臭い。クルエラの匂いがする。」

 冥王は、蒼白の顔を歪ませて言った。

 「もういいだろう! こんなにめちゃくちゃにしやがって……お前が誰か知らないが、もう帰ってくれ。」

 少女は、キョトンとした顔で冥王を見た。その瞳は、哀れみを帯びていた。

 「可哀想。死者もいないのに貴方は冥王の座に縛られている。だから、私を追い出そうとしている。可哀想。」

 冥王は呆気にとられた。

 少女は、にっこりと微笑んで言った。

 「そんな貴方を、解放してあげましょう。ーー魔手滅冥府之花(デッドデストロイヤー)ーー」

 暗紫色に染まった少女の手が、冥府から、世界から、冥王に類縁するくさびを消し去っていく。

 「ガァアアアア」

 冥王は、根元さえも軋むほどの痛みに襲われて叫ばざるを得なかった。冥王の体は、出ていこうとする秩序の力と、自らにその力を閉じ込めておこうとする反秩序の力の板挟みになっていた。

 それに、板挟みになっていたのは冥王ばかりではなかった。

 冥界から抜け出した死者達もまた、そうだったのだ。死者達は冥府から抜け出しても、体内に冥王の秩序を宿していた。その冥王の秩序が、少女の魔手滅冥府之花(デッドデストロイヤー)の影響を受けたのだ。

 結果。

 此岸へと達した死者達は、歪な生を受けてしまったのだ。彼らは、いわゆるゾンビやリビングデッドといわれるものと化していた。

 グワァアアア

 ギギギギギィーッ

 グワァアアア

 ゾンビ達が噛み付いたものは、またゾンビとなる。そうして生まれたゾンビは、また生き物に噛み付いて……

まさに阿鼻叫喚の生き地獄が此岸に出現した。特にゾンビが多く流入した赤の海王が管轄する海中都市は、赤の海王がハラミに重傷を負わされて対応できなかったこともあり、ほとんど壊滅状態となった。


 こうして、赤の海王と白の冥王は、それぞれの民を失った。民のない王は、君臨出来ない。よって、二人はその王の座さえも奪われたのだ。


 それからしばらく後。

 冥府と此岸の境目、奈落山に薄汚れた少年の姿があった。その特徴的な白く輝くプラチナブロンドの髪だけが、彼の過去を語っていた。

 彼の目はうつろで、四肢は腐り始め、うじがわいていた。

 それは、曼珠沙華が美しくなびく山の中で、異質な物体であった。

 彼の目は、かろうじて色が見えるぐらいであった。そんな彼の目は、体にさす影を捉えた。

 彼は、もう、逃げようとさえしなかった。

 その気力もなかった。

 「ーーめいおう、様。めいおうさまっ。わたしの顔が、分かりますか? 」

 彼の耳は、懐かしい声を聞いた。

 力を振り絞って眼を開けると、そこには儚気な少女の姿があった。頬も目も、泣きはらしたのか、真っ赤であった。

 「忘れ、時、の、あ、アネモネ……? 」

 しわがれた声でその名を呼べば、その鈴をはったような瞳から、滝のように玉が流れ落ちる。

 それは、少し塩辛かった。

 忘れ時のアネモネ。彼女は、白の冥王が手ずから作った眷属の一人だ。時を超える力を授けられたものの、使い道がなかったため、冥王に放置されていた。また、顔は目鼻立ちは整っていたけど、素朴な感じで、美人ではなかったので、冥王の側に侍ることもなく、影では他の眷属達からのいじめの標的となっていた。そして、冥王はそれに気づいていながら、見て見ぬふりをしていたのだ。

 彼女は、襲撃があった時、時を超えて過去に飛んでいた為、あの狂気の少女の手に落ちていないのだという。

 冥王は、アネモネに言った。

 「其方が辛い思いをしていたのを、知りながら放置していてすまなかった。厚かましいのは分かっているが、俺の最後の願いを聞いてほしい。」

 「言いたいことは色々ありますが……なんでしょうか。」

 「俺を、お前の手で殺してくれ。ーーどんな殺し方でも、構わない。」

 アネモネは、先ほどよりも悲壮感あふれる様子で、また、泣き出した。

 「ひどいです……せっかく、ようやく、見つけたのに……と言いたいです」

 (思いっきり口に出して言ってるけどな)

 冥王は、微笑んだ。

 「でも、貴方様の願いとあらば……

最後に、眷属の身分で厚かましいのは分かっていますが、私の願いも拝聴していただけるでしょうか? 」

 「構わぬ。言ってみろ。」

 「わたしは、生まれ変わっても、貴方様にお使えしたいです。……その……冥王様のことがっ、好き……です……あ、今の、幻聴ですよ。」

 冥王の心に何かが宿った。

 「その言葉は……幻聴にしておくには、惜しいな。」

 「えっ? 」

 「もし許されるなら……生まれ変わったら、俺にお前を守らせてほしい……守れるほど強くなるから……そうしたら、その……俺は君を好きになってもいいか? アネモネ。」

 アネモネの頬は、ピンクに染まった。

 「ええ……喜んで。何度世界が滅びようと、私は、貴方のお側に。」

 アネモネの花びらのような唇が、冥王の唇を啄んだ。

 

 曼珠沙華の綺羅綺羅しい花畑の中に、一輪のアネモネが揺れていた。

 その根元には、一本の大剣が埋まっている。(なかご)には、忘れ時の大剣、と彫られている。

アネモネ。ロマンチックな花言葉を持つ花ですね。

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