5 前世②
森の中のお屋敷に憧れます。
応接間の暖炉は、パチパチと小気味良く歌っている。
シシィに伴われて入札してきたソイラリアは、老婦人の顔をじっと見つめて、やがて、かすれた声を上げた。
「貴方は……ハラミ……? 」
「覚えておってくれたんやなぁ。」
老婦人は、心底嬉しそうに破顔した。
「主賓の前である故、改めて自己紹介としようぞ。妾の名は結生ハラミ。この山に、この世界の天地が創られた時から住んでおる。人々からは縁の女王、と呼ばれておる。」
いつも人を食った笑みを湛えているクルエラでさえ、女王には額ずいていた。ソイラリアも、跪こうとかがむ。女王は、それを制して言った。
「ああ、そこな者らには何度も申しておるが、妾はどこの国にも属しておらぬ故、何者にも敬意を抱く必要も、抱かせる必要もあらぬ。楽にしようぞ。」
「貴方は神なの? ハラミ、いえ、縁の女王。」
「否。妾は今も、昔も、ただのしがない乙女よ。ただ、力あったが故、人々の願いを叶えたりしておったら、いつしか神と崇められるようになった。神という都合のいい夢を着せられた人形じゃよ。妾は。」
女王は、己を卑下するように笑って、一転して厳しい表情を浮かべた。
「だが、一度神と人々に認められた以上、妾は確かに神としての責務を果たす必要があるのじゃ。
端的に言わせてもらおう。
ソイラリア・テイム・ハバリウム。そして、強く美しき力を持つ者達よ。そなたらは、この世界が明日に進むための唯一の、そして最大の障害なのじゃ。
そして、この世界の神たる妾は、この世界の為に其方らをここにて滅ぼす定め持っておる。」
女王は、優しくも冷たい光を全身から放つ。
いつしか、そこはこじんまりとした応接間ではなく、冷え冷えとした氷の城の大広間になっていた。女王の放つ光が、彼女の座する玉座に吸い込まれ、城全体を包み込んでいく。
途轍もない魔力であった。いや、聖力なのかもしれない。その、どちらでも無いのかもしれない。ただ辺に漂う彼女の力はあまりにも強く、歴戦揃いのソイラリア達をも圧倒していた。
アーラシュが、震えながらも冷静に口を開く。
「ふっ……。何をするつもりか知らねえが、穏やかじゃ無い神様だな。さっさと自分の都合で俺たちを始末しようってか。それじゃあ、テメエが前世とやらで憎んでいた勇者さんと変わらねえんじゃねえの。いや、それより酷くね? 俺、この力知ってるぜ。星の力。この世界の根幹を満たしている力だな。神だ何だと言っておきながらちっぽけな俺たち相手に、こんな物騒なもん振り回さなきゃ威厳も保てねぇんだろ? な、憶病神さんよ。」
女王の纏う光が瞬く。と、女王は歯を噛み締めて、怒りに身を震わせた。
「何故其方のような若造がそれを知っておる……? それに、妾を嘲りおって! 妾が、どれだけ辛い思いをしてこの定めを手に……」
「ああ、ぬるいぬるい。」
サルビア侯爵が鷹揚に肩を竦めて前に出る。
「憶病神? 神なんて言葉をつけるのも腹立たしいじゃねぇか。すまねぇが俺も知ってるぜ。星の力とやらの深淵を。星の力は、この世界の核を形作る物だ。お前は今、星の力を核から吸い上げてるな。それを全部吸い上げられれば、この世界は原子レベルで崩壊する。お前は世界を祭り上げながら世界を滅ぼそうとしているのでは無いか。
これでは、『世界の明日を守るため』に世界を滅ぼす馬鹿神を信じてる民が浮かばれねえんだよ。
お前に神なんて言葉はもったいない。
過ぎたるおもちゃを偶然手に入れた、ただの死に損ないめが。」
「ハッ……。まさか貴様ら……」
女王は、目を見開く。
と、アーラシュとサルビア侯爵の姿が変わる。アーラシュは燃えるような赤の髪と澄んだオレンジの光が印象的な青年に、サルビア侯爵は白く輝くプラチナブロンドに淡く緑に光る瞳が印象的な少年の姿になった。
その姿を見て、女王は驚愕した。
「赤の海王に白の冥王⁉︎ 貴様らは、妾が2万年ほど前に滅ぼした筈じゃ!!! 」
「あいにく、俺たちそこまでやわじゃないんでね。」
アーラシュもとい赤の海王はニヤリと笑う。
「お前に滅ぼされた我が民達の敵討ちといこうではないか。はっはっはっはっは。」
白の冥王と呼ばれた少年は、快活に笑った。その手には、柄にアネモネがあしらわれた大剣があった。それを目にした女王は、怒りのあまり顔を朱に染めた。
「アネモネ! 其方は妾の使い魔ではない
か! 何故そのような者に味方す? 」
アネモネは答えない。代わりにクルエラが口を開いた。
「あらー、オカワイソウニー、自分の使い魔にさえ見限られて。
貴方、神を名乗るなら、よもや私を忘れたなんて言わないですわよね? 」
クルエラの姿は、若葉色の髪にチェリー色の目が印象的な若い女性になっていた。
「な、何故其方が⁉︎ 其方は、天地が創られた3日目に妾の手で滅びたはずじゃ! 緑の女王! 」
「縁の女王、でしたっけ。ネーミングセンスないですよね。ハラミちゃんは。おかげで貴方に神お仕着せを着せつけて、私は人間ライフを楽しめましたけど。だけど、ここでツケは精算してもらいますわ♡」
女王の顔は、般若の如き様相を呈していた。
「ソイラリア! 其方、妾の苦しみを微塵も知らずにこのような者らを盾にコソコソと隠れおって!! 」
絶叫する女王の顔を、ソイラリアは冷静に眺めた。
「お言葉ですが、ハラミ様。私はずっと貴方の前に立っていましたわ。」
ソイラリアは愛用のハルバードを高らかに天に振り上げる。
「再会を喜びたいところですが……そうもいかないようですわね。
とりあえず、友達が悪いことをしたら、注意してあげるという使命を果たせなかったことは詫びましょう。
だけど、まず、悪い子にはお仕置きが必要ですわ。」
シシィがソイラリアの隣で、銃の撃鉄を起こした。
「「ブラックテイムは、正しきものへ!!! 」」
光と光が衝突した。
シシィの銃弾の方が、わずかに押されているように見えた瞬間、銃弾は、消滅していた。
「小癪なまやかしなど妾には効かん! ここで会ったが最後、全員まとめて派手に消してやるぞ! ーー孤独中毒転孤城!!!! 」
すると、女王の纏う魔力が城の形をとった。
「チッ。忘れ時の大剣でも傷がつかねえ……ってうおっと!」
女王の孤城から、先ほどのサルビア侯爵の斬撃の、三倍の威力があると推定できる攻撃が返ってきた。サルビア侯爵は危なげなく避け、舌舐めずりをした。
「なかなか面白い魔法じゃねえか。伊達に2万年神を騙ってたわけじゃねえんだな……と言いたいところだが、なんだこのヘナチョコ、口ほどにもない。」
サルビア侯爵の言葉にひれ伏すように、孤城は崩れていった。
女王は嘲り笑った。
「ほほほほほ。そうこなくては。それにしても白の冥王は耄碌なさったようじゃの。」
サルビア侯爵の背後に、巨大な火球が迫っていた。
「片思之焦恋人」
サルビア侯爵は逃げる暇なく火球に吸い込まれた。
「ふん。いつまでも妾を見下しおって。報いじゃ……ってほええぇ⁉︎ 」
火に包まれたはずのサルビア侯爵が無傷で女王の眼前に迫っていた。
女王は咄嗟に詠唱する。
「籠鳥転じて呪うは世!!!!」
魔法の鳥籠は、サルビア侯爵を捕らえた。
そして、手に出現させた魔剣の数を増幅させ彼に投擲する。
無数の魔剣が雨霰と降り注いだ。
しかし、魔剣は全て、空を切った。
「⁉︎ 」
女王は息を呑んだ。
マリンは何処