4 前世①
夢の中って、物や人の形がかなりぼんやりしていることが多い気がします。
ソイラリアには、前世の記憶が僅かにある。
前世のソイラリアは、小さな王国の騎士であった。
母は、国王の妹で、ソイラリアは幼少期から国の名だたる騎士達から武術を学び、14の頃には騎士団に入団した。ソイラリアの主な任務は、従姉妹である第一王女の護衛だった。第一王女自身もかなりの剣の腕前で、ソイラリアは王女とともに国内のみならず世界中を旅し、困っている人々を助けてまわった。
ある時、王国の片田舎で、勇者が覚醒した。勇者は、王都に攻め入った魔王を討ち取り、彼は英雄として名を轟かせた。彼と、彼の仲間達には、不思議な力があった。彼らは、その力を使い、時間と世界を超えて仲間を集め、旅をしているという。第一王女が彼らに同行することを希望した為、ソイラリアも彼らに加わることになった。
彼らは、平和をこの地にもたらした。
しかし、ソイラリアは違和感を感じていた。
街の人々が、同じ言動を繰り返すようになった為だ。年寄りは老いることなく、子供は成長することなく、カラクリのようにひたすら同じ言動を繰り返し続ける。
ソイラリアの仕える第一王女も、街の人々のように次第に一定の言動しか行わなくなっていった。
たまに、彼らはその言動を変える。それは、決まって勇者が関わった時のみで、そしてまた、人々は新しいバージョンの言動を繰り返すのだ。
よく観察していると、勇者や、勇者の仲間達も、同じ言動を繰り返していた。
世界が、人々が、草花が、無機質に無限に冷たく回っていた。誰かに、定められたように正確に繰り返していた。
ソイラリアは、怖かった。
人々が、彼女には誰かに操られた人形のようにしか見えなかった。
彼女は、その怖さを隠すように、自身も同じ言動を繰り返すように心がけた。そうしながら、人々を、元に戻す方法を探っていた。
ある時、ソイラリアは勇者一行とともに未来の学園で『ゲーム』なるものを体験した。
『ゲーム』の世界では、プレイヤー以外のものは、同じ言動を繰り返していた。プレイヤーは、その操り人形達を操作して、与えられた任務を実行する。
それは、まるで、この世界そのままだった。
ソイラリアは、勇者達が『ゲーム』に熱中している間に、『ゲーム』を作った少女に出会った。
ソイラリアが何故このようなものを作ったのか、と問えば、彼女は少し寂しそうに笑って、
「面白いから、よ。この世界にそっくりで。『ゲーム』の中で、プレイヤーは擬似的にこの世界の支配者になれるの。」
と言った。
「それは……もしかして、貴方はこの世界の人々が一定の言動を繰り返していることに気づいていらっしゃいますか? 」
ソイラリアがそう問えば、少女は大きく目を見開いた。
「あ、アンタ、気づいとるん⁉︎ アンタ、ウチとおんなじ『バグの申し子』やね。自分以外では初めて会ったわー。」
「パグ? 犬? 」
「バグ。世界のきまりに反逆する傷、のことやで。」
そう言って、彼女は、嬉しそうに笑った。
彼女は、名をハラミ、と名乗った。彼女は、学園の高等部に通う二年生であった。彼女は『ゲーム』を作り、多くの人にプレイしてもらうことで、この世界の不条理な仕組みに気づく人を増やしたかったのだという。
「私怨、なんやけどな、」
彼女は遠いところを見つめながら言った。
「ちっちゃい頃ウチとよう、仲良くしてくれとった自律人形のお姉さんがおったん。大人は、大抵ウチのことを理屈っぽいとか、可愛げがないとか言うて聞いてくれへんけど、彼女だけは丁寧に聞いて、理解をしめしてくれとったん。」
ハラミは、服の中からチェーンについた小さな赤い水晶を出して、ソイラリアに見せた。自律人形は、未来において普及している、人工的に作られた、知能を持つカラクリである。
「でもな、ある時何の因果か勇者と、勇者の妹がこの近くに現れたんや。ウチとお姉さんは、たまたまその近くで散歩しとったん。ほら、あの人ら、変わった服を着とるやろ? お姉さんは、やから、あの人らを不審者やと思ったん。小さかったウチを守る為、戦闘形態を取って戦って、勇者に当然のように負けて叩き潰されて、壊れた。」
家庭型の自律人形の場合、戦闘形態は非常時にしか発動せず、しかも一度発動すると特別な処置を施さなければ元に戻らない仕組みになっている。
「勇者、ガルドは、それで、どうしたの? 」
「決めゼリフを言って、当然のようにお姉さんの持っていたお金を取り、お姉さんのバッテリーを回収して、去っていたんや。ウチには眼もくれず。お姉さんは、ダンジョンの雑魚扱いにされた。」
「ウチは、そんな勇者にしがみついて泣いたんや。ウチのお姉さんを返してって。そしたらなんていうだと思う? 『モンスターは倒したから大丈夫だ。ごめんな、オレ、君と遊んでる暇は無いんだ。』って……」
「その後、勇者が当時ウチの住んでた街を治めていた悪代官を成敗したという話を聞いたんや。ウチもそれには感謝した。やけど、詳しく話を聞くと、勇者は悪代官を赦して解放したんやそうな。皆は、勇者は慈悲深い、って勇者を称えたけど、ウチはほんまに腹が立った。何しろ、悪いことしたった奴は助けたくせに子供を守ろうとしたお姉さんは殺しておいて、略奪して当然のような顔しとるんやで。」
ハラミは、胸元の赤い水晶をギュッと握り込む。
「これは、そのお姉さんの核。」
ハラミは、冷めかけた緑茶をすする。
「ウチは、この怒りを動力にこの世界の仕組みを解析してきたん。アンタの時代のことは、分からへんけど、未来において、一つ分かったことがある。」
ハラミは、アネモネの花が彫られた小さな金属製のチップを見せた。
「勇者の敵や味方として寿命を終わらせた自律人形や、生物の体内からは、このチップが必ず見つかるんや。このチップは、微弱で特殊な波動を出している。おそらくその波動が……ーー
目の前に見知らぬ天井があった。おぼろげながら、老婦人の言葉に驚いて気を失った記憶があった。
どうやらずっと眠っていたらしい。
(バグの申し子、かぁ。今になって聞くとは思わなかったわ。)
残念ながら、ソイラリアにはこれ以上の前世の記憶はない。
(死ぬ間際のこととか、覚えてそうなものだけどね。)
きっとこの先の記憶は、老婦人の言っていたことに深く関係しているのでは無いか、という推測ができた。
「ソイラ様ー! 」
シシィが、ソイラリアの目覚めに気付いて飛ぶように現れた。
ついとソイラリアは、目を細める。
(シシィから薄く漂うこのオーラは……もしや、)
「ソイラ様のお目覚めになる前に私どもは縁の女王に一通りお話を伺ってまいりました。ソイラ様のお目覚めを、女王は待っておられました。」
「ええ、行きますわ。」
寝台から起き上がれば、どうやら客間に寝かされていたらしいことが見て取れた。広くは無いが、品の良い部屋であった。
(まさか、ね、)
ソイラリアはシシィに髪を結い直してもらうと、縁の女王が待つ部屋に向かった。
老婦人は、縁の女王を名乗っているようです。