1 にぎやかな仲間たち
初投稿です。
いまはむかし。
ある国の王様とお妃様に可愛い女の赤ちゃんが生まれました。人々は大層喜び、誕生の祝賀祭には沢山の人が訪れ、赤ちゃんを祝福しました。
その国の近くに、青い魔王が住んでいました。彼は、人々に魔法で施しを与える見返りに、人々から崇められることを望んでいました。
ところがどうでしょう。人々は赤ちゃんが生まれると、自分を崇めることを忘れて赤ちゃんにお祝いを言いに行ってしまったのです。
青い魔王は怒りました。受けた恩を返さないとは不届きな奴らだ、人々を不届きにした赤ん坊を、私は罰しなければならない、と。
青い魔王が祝賀祭に現れた時、お祭りはクライマックスでした。
彼は人々に聞こえるように大きな声で呪いました。
「この赤子は忘れられる。その存在を忘れられる。そして13歳になってから13回目の満月の夜、赤子の魂は未来永劫消滅する。」と。
ちょうどそこに4人の良い魔法使いがいました。彼らは力を合わせて呪いを改変することにしました。
「この赤子の顔は忘れられる。そのパーツを忘れられる。そして13歳になってから13回目の満月の夜、赤子の顔は未来永劫忘れられる。」と。
お妃様と王様は怒りました。青い魔王に怒りました。それ以上に4人の良い魔法使いに怒りました。
青い魔王は強すぎて手出しが出来なかったので、王様は4人の良い魔法使いの力の一部を奪い、四つの宝具に封印して、東の大陸に隠させました。
王様とお妃様の怒りは治りました。
後には誰にも顧みられずに泣き声をあげる赤ちゃんだけが残されました。
国民は、かつてこの4人の良い魔法使いのことを「ブラックテイム」と呼んでいました。
この事件の後、謎の怪盗団が現れました。
彼らは、「ブラックテイム」を名乗っていました。
カオナシ姫。それが王女ソイラリアのあだ名だ。
第一王女ソイラリア・テイム・ハバリウム。13歳。ハバリウム王国の正妃の実子であり、唯一の次期王位継承者である。漆黒の髪に、雪のように白い肌。だが、顔が見えない。確かに口から食事はしている筈だし、視線も感じるが、彼女の目と鼻と口を、彼女以外の誰も認識できないのだ。故にカオナシ姫と呼ばれている。
ソイラリアの朝は早い。
まだ日が昇る前に起き、庭で素振りを始める。
「ワン!ワン!」
「あら、マリン。早いのね。もう少し眠っていてもいいのよ?」
ソイラリアの足元に走ってきた青毛の犬は嬉しそうに彼女に戯れつく。マリンは小さい頃彼女がテイムした魔物だ。テイム魔法は一般的な魔法であるが、ハバリウム王国の王族に伝わるテイム魔法は、自分より遥かに強い魔物のみならず神をも契約下に敷くことができる強力なものだ。マリンも相当強い魔物であろう。
日が昇り始めると、ソイラリアは自室に戻る。侍女が朝食の準備を整えて待っていた。
「おはようございます。ソイラ様。」
「おはよう。シシィ。いつも早くにありがとう。」
「もったいなきお言葉でございます。これは私めの仕事にございますれば。」
淡いピンク色のふわふわした髪を凛々しくポニーテールに結った侍女のシシィは、ソイラリアより10歳上。伯爵家の5女でありながら国内五指に入るほどの武芸者でもある。
朝日が優しく食卓を照らす。と、ドゴーン‼︎ と天井が抜けて粉塵の間から1人の男が姿を現した。シシィはまなじりを吊り上げる。
「あなたという方は! 扉からいらっしゃるように何度も申し上げていますでしょう⁉︎ 」
「すまねぇ! そんな怒るなって〜可愛い顔が台無しだぞぅ」
「か、可愛いなんて却下ですわ!この世にソイラ様より可愛い方などございませんわ! 」
男の名はアーラシュ。藍色の髪に鮮やかなオレンジの瞳がよく映える。ハバリウム王国騎士団隠密部隊部隊長である。
「ぷくくっ、素直じゃねえなあ〜」
ソイラリアはもぐもぐ。
シシィはプンスカ。
アーラシュはニヤニヤ。
「おうよ、賑やかにやってるじゃねーか! 」
声に遅れてドゴーン!と今度は壁がぶち抜かれる。派手に石膏をかぶって登場した男は体格の良いプラチナブロンドの短髪に青い目をしている。
「どうして扉からいらっしゃらないのですか? サルビア侯爵様!」
「おうおう。堅いこと言うなって。視界を良くしてやっただけよ。」
「アーラシュといえ、侯爵様とい……」
ドゴーン!今度は床が抜ける。4人が落ちて行った先では艶やかな美女が待っていた。
「あらまぁ、皆さまお寝坊さんですわねぇ〜。」
「ちょっと! 皆さん!だ、れ、が、宮殿を破壊して良いと申し上げましたか⁉︎ 」
シシィはこめかみに血管を浮き上がらせている。美女はぬれやかに微笑んで言った。
「あらあら。心配無用よ。シシィちゃん。この第五天魔女・クルエラの名にかけて宮殿は3秒で元どおりにしておいたわっ。それでは〜、ブラックテイム、しゅっぱーつ! 」
地面が浮き上がり上昇していく。それは飛行船の形を成した。
「スクランブルエッグ……」
ソイラリアの呟きは虚しく空を過ぎてゆく。
ブラックテイムは、この東の大陸最強の怪盗団として恐れられている。姿は誰も見たことがないが、犯行現場には、「ブラックテイムは正しきものへ」と書かれたカードが残されるのだ。
どれほど厳重な魔法も、どれほど多い兵士の目さえも潜り抜け宝を盗む。また、押し入った先では決して誰も殺さない。
盗んだ宝は、本来あるべき持ち主に返却されたり、分割され民に配られる。
それ故に民衆や善良な国家はブラックテイムを応援し、悪徳な国家や利権を貪る者たちはブラックテイムを嫌った。
「本日のご予定は、西の奈落山の聖鎖の奪還でございます。」
シシィが威厳たっぷりに読み上げる。
「そうですわね。」
ソイラリアは身支度を終え、頬杖をついて窓から流れ行く景色を眺めている。その豊かな黒髪を二本の三つ編みにして、それぞれを輪っか状に纏めている。顔には黒真珠のあしらわれた仮面をつけ、真っ白で緩やかな衣装を纏っていた。
「お嬢様も13かぁ。早いものっすね〜」
アーラシュはジンジャーエールをすすりながらしみじみ、と言った風に言った。その肩をサルビア侯爵がドン、と叩く。
「なーに年寄りくさいこと言ってんだよ、13なんてまだまだひよこじゃないか。」
「ぴよぴよぴよぴよ〜」
「ちょ、ソイラ様、何をなさっているのですか⁉︎ 」
「ひよこの真似よ。」
「もーう、可愛いなぁ、ソイラちゃんはっ! (もしゃもしゃ)」
ソイラリアはクルエラに頭を撫でられて嬉しそうに笑う。シシィが負けじとソイラリアの髪を直す。
「も、もしゃもしゃはやめてくださいよ、クルエラ様。せっかくの髪型が崩れてしまいますわ。」
「あらー、わかってないわね、シシィ。これはね、大人の余裕、ってやつをつけてあげているのよ、」
「大人の、余裕……」
シシィがメモする。
「って、あはははは! 可愛い〜真面目ちゃんね、シシィは。こんないい娘を持ててお母さん、幸せだわ〜♡」
「あなたの娘になった覚えはありません!っ」
「ふふふふふ」
ソイラリアが肩を震わせて笑うと同時に、船内は明るい笑い声に包まれた。ブラックテイムの仲間達は、ソイラリアにとって家族同然だった。悲しい時も嬉しい時もずっと一緒に過ごしてきた。
彼らは、顔が見えないからといってソイラリアを特別扱いしたりはしなかった。ただただ本当の家族のように接してくれた。悪いことをしたら叱り、うまくできたら褒める。当然のことではあるが、気持ち悪い、と実の親である国王夫妻から疎まれているソイラリアにとっては、大きな心の支えとなっていた。
「聖鎖が揃えば遂に姫様の呪いも解けるんだな〜。いやー、長かった長かった。でもさ、顔が見えるようになったら絶対悪い虫がやってくるだろうな、」
そこでアーラシュはぐい、とソイラリアに身を乗り出す。
「だけど、大丈夫だぜ、俺がそんな奴ら叩き潰してやる(ウィンク)」
パシッ
「いってぇー! 」
アーラシュを背後からシシィが殴る。そのまま反動をつけてアーラシュを窓の外に放り投げた。
「あらー、こんな所に悪い虫さんがいますねぇ。虫さん、偵察お願いしまーす♪ 」
「あーまーえーあーつーかーいーひーどーずーーーーー!」
アーラシュは名残惜しそうに地上へ飛んで行った。
真面目な顔になったシシィがソイラリアの前にひざまずく。
「ソイラリア様。まもなく目的地でございます。これで失われた宝は、4つ目。何が起きるか分かりません。私達が全力でお守りしますが、姫様もぬかりなきよう。」
「分かりましたわ。ーー着陸!」
奈落山は緩やかな山地帯にある。峰々からは怪しげな気配の漂うモヤがむらむらと湧いている。
誤字脱字等ありましたら、教えていただけると嬉しいです。