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社畜リーマン、お隣のJKが凄腕マッサージ師で即落ちしてしまった件…  作者: ラッコ
第2章 彼氏彼女編(交際開始〜成熟期)
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49 社畜は恋に仕事に悩む…2

「例の件、考えてくれたか?」


 会社からほど近い場所にあるラーメン屋で過ごすこと約15分。ラーメンを食べ始めて程なくして、山岸はそう切り出した。独立の件だ。


 山岸は今、15年勤めた会社から独立しようと考えている。しかし、自分ひとりで退職&会社を設立する気はないようで、大智がついて行けば独立、そうでなければ自分も会社に残る……という話だった。大智にとってどちらを選択してもメリットのない、最悪の二択と言える。


「お話聞いたのってつい最近だと思うんですけど、急いでるんでしたっけ?」


 慎重に言葉を選びつつ、大智はそう返した。


「べつに急いではないんだが、会社立ち上げるにしてもタイミングってモノがあるだろ?」

「1月とか、4月とかってことですか?」

「まあそれでもタイミング的にはアリだが、少し違う。期末予算だよ」

「ああ」


 山岸の言うことはすぐにわかった。


 会社には決算というモノがある。簡単に言えば年に1回、会社の売上や利益、損益を確定させるイベント的なやつで、期末はその会計期間の最後らへんを指す。会社によって12月だったり3月だったりするのだが、この時期は使いきれずに余った広告予算が多めに投下されることが多く、大智の勤務先のような会社にとっては稼ぎ時なのだ。


 つまり、高田は会社を作るとしたら、そこの競争に間に合うように……と考えているワケだ。たしかに春から会社を始めれば12月までは長いが、秋から始めれば半年の間に2回稼ぎ時がくる。つまり、大智的に言えばリミットは、想像以上に短かったのだ。


「秋……ってことですか。それは急ですね」

「でも、こういうのは勢いが大事だし、思い立ったが吉日って言うだろ?」

「たしかにそういうことわざはありますが……」

「焦る必要はないが、ゆっくりされると俺も困るから。よく考えてくれよ」


 山岸は強い口調でそう言うと、豪快にラーメンのスープを飲み始めた。前回飲みに行ったときと違い、もう照れのようなモノは見られない。自分が無茶な要求をしていることはすっかり忘れ去り、逆に大智に待たされているかのような言い方だった。この男らしい、自己中心的な行動だ。


 視線を逸らすようにしてラーメンを見ると、表面はすっかり冷えて膜となっていた。覗き込むと、呆然とした情けない男の顔が反射している。隣にいる上司から隠そうと、そして自分自身に目をそらそうと、大智は鉢を持ち上げてスープを飲み込んだ。



   ○○○



「はあはあはあ……ダメだ、全然登れない」


 数日後、大智の姿はボルダリングジムにあった。


 紗英に誘われてからこれで2回目のボルダリングで、通算では4回目になる。前回訪れたとき、かなりいい感じで登れたので今日はさらに難しいコースにしようと思っていたのだが、余計なことを考えるせいか、身体が思うようについていかなかった。


 同じコースに何度か挑戦してうまくいかず、大智は一旦ベンチに腰かけた。途端、脳内では山岸の声が再生された。


(仕事終わりにあのオッサンの顔思い出すとか最悪すぎる……忘れよう忘れよう忘れよう……)


 自分に言い聞かせるが、一方でいつまでもそうしていられないこともわかっていた。


 葉豆との毎週のデートや、紗英との再会で山岸との一件はすっかり忘れていた……と言うと語弊があるし、実際そうではなかった。普通に忘れられるワケがなかったし、だからこそ大智的には忘れようとしていたのだ。


 ベンチに置いていたスマホが振動した。タップして開くと、葉豆はずきからLINEが来ていた。


『だいちさんこんばんわ!!』

『ボルダリング楽しいですか?? 頑張ってくださいね!!』

『頑張れるように私の写真送っておきますね!!』


 立て続けにメッセージが送られてきたのち自撮り写真が送られてきた。以前にもツーショット写真に写っていたおかっぱ風黒髪ショートの……名前はたしかまだ聞いてないけど、その女友達と一緒だった。三軒茶屋駅前にあるマックの前で撮影したモノらしく、ふたりしてハンバーガーにかぶりついている。大智の年齢では、見栄え的にもテンション的にももう撮れなくなった部類の写真であり、もうなんというかとても眩しい。


『ありがとう、元気出たよ』

『それは良かったです! 大智さん、保存してもいいですからね!!』

『あ、うん』

『いや、むしろ保存してほしいです!!』

『なにそのお願い』

『だいちさんのスマホの中に私の写真を入れたいんです!!』

『……今、保存した』

『えらい!! いいこいいこです~~!!^_^』


 返信のない仕事中にも、葉豆は大智にLINEを送ってくる。だからこそ、こうやってリアルタイムで返信がくることが嬉しいのか、いつも以上にテンションが高い感じだった。


(いいこいいこって、おいおい葉豆ちゃん……あれ、意外と悪くないな……?)


 能天気なメッセージに、思わず頬が緩む。と同時に、JKたちの自撮り写真にニヤけているという自分の姿にハッとして、周囲を見回した。幸いにも、誰にも見られていなかったようだ。


(こんな感じで言えるワケないよなあ……)


 悩みの内容ゆえ、また心配させたくないゆえ、山岸との件は葉豆には言うこともできないでいた。同様に、以前から山岸を毛嫌いしている高田に相談しても、「断れ」の一点張りになるに決まっている。


(マジでどうすればいいんだよ……)


 大智はため息をつき、うつむいた。葉豆とのLINEにニヤニヤした後と考えると、我ながらテンションの乱高下が激しい。


 すると突如、視界が暗くなった。見上げると、紗英の顔があった。反射的にスマホをさっと仕舞う。


「おつおつー」

「あ、お疲れ様」


 前から思っていたことだが、大学生の頃に比べると、発する言葉がフランクになっている気がする。これも社会人になった影響なのだろうか。


 大智の隣に自然に腰掛けると、紗英はさらにスポドリを口に注いだ。色白な喉がなまめかしく動き、汗をかいたあとのせいか柔らかいニオイがこちらに流れてくる。そのまま吸っているとクラクラしそうになるのは明らかだったので、大智は膝に肘をつく姿勢になった。


「大智聞いてよ、チョークバックがさ、カバンの中でこぼれちゃって」

「あ、それ悲惨なやつ……」

「しかも私、荷物減らすために仕事用カバンにまとめてたでしょ?」

「たしかに」

「だからプレゼン資料が粉まみれになってさ……大智、もしかしてなんかあった?」


 会話の最中、紗英が尋ねてきた。大智としては普通に返事をしていたから急展開に驚くが、


「今日調子悪そうだったから」


 添えられた言葉で理解する。話している雰囲気ではなく、ボルダリングの様子から察していたようだ……いや、それでなにか感じ取るのもスゴい。 


「……いや、こんなもんでしょ。まだ初心者なんだし」

「それはそうだけど、でも集中力が途切れてる気がして」

「……」

「図星かあ。大智って顔にもプレイにも出やすいんだね」


 からかうように紗英は言った。美人な声色とはギャップのある、甘くて高い声が鼓膜に響く。が、甘いだけで甘えるような雰囲気はもうない。ので、大智も自然と真面目なトーンになる。


「……そう言えば、紗英って俺と同じ業界だったよな」

「広い意味で言えばね」


 もしかすると、なにか参考になるアドバイスをもらえるかもしれない。


「じつはさ、今仕事で……」


 大智は紗英に対し、自分の身に起こっていることを話した。突然の仕事トークに、最初彼女は驚いたようだったが、すぐに真面目な表情に戻ると、静かに聞き続けた。


「困った人だね、その人」


 話を終えると、紗英はそう言った。しみじみとした口調だった。薄ら寒さすら感じているのか、両腕で自分の身体を包むようにしている。同じ業界だからと思って話したのに、すっかり引いている感じだった。


「人の人生に関わる話なのに、強引に誘って、しかも悪意がない。悪意がないからって悪くないってことにはならないんだけど、そこわかってないのかもね」

「だろうね」

「私の会社にはなかなかそんな人はいないなあ。きっと子会社とかに飛ばされちゃうんだろうね……てか、大智ってホントに面倒臭い人に好かれがちだよね」

「そ、そうかな?」

「バイトのときもそうだったよ。面倒な先輩とも仲良くやってる印象だった」


 そんな感覚はなかったが、彼女にはそう見えていたということか。話を変えることにする。


「で、どう思う?」

「大智、それはね……」


 そして、紗英は口を開くとこう告げた。


「ごめん、私にはどうすべきか全然わかんない」

「ガクッ」


 大智は思わずずっこけた。それくらい、紗英が真面目な面持ちで聞いていたのだ。


「だって、そんなの滅多にないケースだもん。普通、絶対独立するって決めた状態で人を誘うモノだし、部下が来なければ自分も辞めないってのはおかしいもん。女子高生が一緒にトイレ行くみたいなノリで起業してる感じ?」

「それなんだよな……」


 さすが女子、例えが的確である。


「大智的にはその上司の人をうまく乗りこなせてるんでしょ?」

「それなりには……」

「起業にリスクはつきものだけど、でも必ずしも失敗するとは限らない。私の先輩でも独立して年収が倍とかになってる人たくさんいるよ」

「ふむふむ……」

「それに、一旦一緒に仕事することにして、本気で嫌になったら辞めてもいいし」


 言われてみると、そういうのもアリだと思った。


 そもそも自分は、今の会社が絶対いいというワケではない。パワハラな人間が毎年のように若手を破壊するのを知ってて見逃してきた上層部や人事には何度も腹を立ててきたし、給料だって貰えるならもっと欲しい。


 ただ、今の会社がどうしても嫌かと言うと、そんなこともなかった。昔はともかく、ここ最近は比較的うまく仕事が回っているというのもあったし、それになにより……


「たぶんさ、大智って今の会社でどうなりたいとか、どんなキャリア送りたいかってないでしょ?」


 と、そこで、紗英が回り込むようにして言う。たった今、自分でも心の中で思っていたことを言われ、思わず苦笑した。


「だから、もっと色んな可能性考えてもいいと思うよ。まあ私は会社での大智を知らないから、これ以上は好きには言えないけど」

「まあそうだよね」

「……でも、ひとつ言えるのは信頼できる友人がいれば聞いたほうがいいってことかな」

「信頼できる人間……」

「大智のことなんでも肯定してくれる人って意味じゃないよ? 良いことも悪いこともきちんと言ってくれるというのかな。そういう人なら、大智以上に大智のこと考えられる気がする」


 紗英は、熱を帯びた口調でそう告げた。

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