表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜リーマン、お隣のJKが凄腕マッサージ師で即落ちしてしまった件…  作者: ラッコ
第2章 彼氏彼女編(交際開始〜成熟期)
36/52

36 社畜は上司に誘われる…1


 人は誰しも、最初は童貞か処女だ。恋に恋する思春期には、一方的に異性に対する憧れを募らせるものだし、仮に好きな存在ができたのなら、その人の夢を見るなんて序の口。気がつえばいつもその人のことを思い、その姿をいつでも探し、自分の心を相手に捧げ、「あげられるものなんて、心くらいしかないから……」と某人気マンガ的なモノローグを心の中でナチュラルに生み出す。


 人間の想像力とはスゴいもので、その相手と話した経験が必須かと言うとそんなこともない。隣のクラスの挨拶を交わしたことすらない人に想いを募らせることもあれば、スマホ画面の向こうのアイドルに恋することも、2次元のキャラクターに絆されることもある。


 そして、そういう思春期の少年少女は思うのだ。もし、その人と付き合えれば、自分の人生も変わるかもしれない……と。灰色の世界が一気に色づき、七色の光が自分を照らすに違いない……と。


 しかし、オトナになれば誰もが理解する。人生はそんなに簡単には変わらないし、たとえ変わったとしてもそれはごくごく一部で、日々の生活は以前とたいして変わりなく続いていくことを。


「……よし。これで資料全部終わったな」


 26歳にして高3のJKと付き合うことになるという、世間的にも珍しい境遇の持ち主である大智も、初めてのデートの翌日、普通に会社に出勤していた。JKとデートしていたことを一切感じさせない表情で、JKとデートしたいたことを一切感じさせないテキパキとした仕事ぶりである。


 まあ逆に、JKとデートしたことを感じさせる表情とか仕事ぶりって何なんだという話なのだが。


 朝10時に業務を開始し、2~3日後に迫った取引先へのプレゼン資料、定期報告資料をパソコンで作る。ダラダラやれば何時間もかかりそうな業務量だが、大智はそれらを一気に片付けていく。朝イチから頭が回転するようになってから、すっかり身についた習慣だ。


「よう、大久保」


 イスにもたれかかり、マグカップに入れたコーヒーを飲もうとしていたら、山岸が出社してきた。時刻はすでに13時目前。昼休み開始前にやって来た形だ。


「山岸さん、おはようございます。朝から打ち合わせでしたっけ??」

「そうそう。まあ詳しくは言えないけどな」

「ははは。俺も詳しくは聞かないです……あ、これ資料です」

「おう、サンキュー! 助かるぜ。早速向かうわ」

「あ、そっか午後イチですもんね、お疲れ様っす」


 大智が(表面的に)労うと、山岸は機嫌良さげに笑う。午後もしばらくは帰社しないっぽいので、大智も自然と笑顔になる。


 ……が、そこでなぜか山岸が声のトーンを落としてこう告げた。


「なあ大久保。明日か明後日、それか金曜あたり、ちょっくら飲みに行かないか?」

「飲みに、ですか! おっ、いいっすね、いっすね、久しぶりっすね!!」

「そ、そうだろう!? 久しぶりだもんなあ!!」


 一見、誘いをとても喜んでいるように見える大智の反応(もちろん、そういうフリなだけである)に、山岸は馬鹿正直に頬を緩める。


(いつもなら『今日の夜どうだ?』って言うのに、今日は3日も提示か……)


 新卒~2年目にかけて、山岸に飲みに連れ回されていた大智だったが、ここ最近はその機会も少なくなっていた。


 飲みに行く機会が少なくなった理由は主にふたつ。大智が仕事を一人前にこなせるようになり、山岸が「熱く語りながら叱咤激励する」的な流れ・空気が生まれなくなったこと。そして、大智が山岸の扱い方を完璧にマスターしたことだ。


 山岸のような古い体育会系の人間は、飲みの誘いに想像以上の意義を置いている。そこで部下が素直に誘いに乗れば、「俺になついているな」と思い、安堵するし、逆に断れば「そっか……急に誘って悪かったな」と悲しんだり、酷い場合は「クソ野郎……俺がせっかく誘ってやってんのに」となどと逆恨みしてくる。この手の人間は往々にして深い話をするのが苦手なので、急な誘いに部下が乗るか否かで自分への忠誠心を測っているのだ。


 非常に面倒な感じだが、「今日飲みに行かないか?」と聞かれた場合には、正しい断り方がある。


 まず大前提として、「今日は無理です」とか「予定があって」とか「急に言われても……」と言うのは絶対NG。そこで上司のプライドは傷つけられ、のちのちパワハラの餌食になる可能性が高くなる。


 一方、正解はこうだ。


 まず最初に、「え、いいですね!」的な感じで、喜んでいることをアピールする。そうやって上司を安心させるのだ。で、その次に、「……でも、その日じつは学生時代の友人と先約があって」とそこそこ重要っぽく聞こえる先約があることを伝え、「リスケしてもらえないか聞くんで1分待ってもらっていいですか?」と続ける。で、実際にその場で電話をかける。


 もちろんそんな先約なんて実際にはなくていいし、電話もかけるフリでいいのだが、目の前でそこそこ重要っぽく思えるイベントをリスケしようとしている姿に上司は心を動かされ、というか目の前でそんなことをされて止めないのもなんだか自分が狭量に思えてくる的な部分もあって、「あーそれならいいよ行って来い!」「俺はまた今度でいいから!」となるのだ。


 そもそも当日に誘ってくる計画性のなさが問題であり、どの面下げて「あーそれならいいよ行って来い!」って言ってるんだという感もしなくもないが、そういうイラッとさせられる部分を我慢すれば結構使える方法で、大智はこれまでに計18回、このテクニックで山岸の急な誘いを回避してきた。(山岸はアホなので、やたらリスケされていること、大智にやたら先約がある不自然さには気づかないのだ。きっと寝ると記憶がリセットされる脆弱な脳みそをしているのだろう)


 しかし、今回ばかりは様子が違った。当日の誘いではないし、候補日を3日もあげている。


(なんかあるっぽいな……断ると後々面倒になるパターンかもな……)


 スマホのスケジュールを確認するフリをしつつ、大智はそんなふうに考えたあと、


「全部空いてます!」


 と答えた。


 結果、翌日の夜、山岸と飲みに行くことになったのだが、それは大智にとって、予想外の悩みのタネとなったのだった。



   ○○○




「今日はすまんな。来てもらって」

「いえいえ、当然ですよ! 山岸さんとの久々の飲み、嬉しいっす!!」


 大智はそう言いつつ、山岸のコップにビールを注ぐ。いい感じの泡の配合で注ぎ終えると、今度は山岸がビール瓶を持って注ぎ返す。サラリーマンの世界でも最近は少なくなってきた、飲み会始めの様式美的行動だ。


 ここは赤坂にある『分店なかむら食堂』という居酒屋。赤坂駅から乃木坂方面に向かって5分ほど歩いた場所にある居酒屋で、美味しい料理をそこそこの価格で食べることのできる優良店だ。大智的名物はトウモロコシの天ぷらで、素材の甘さと衣の絶妙な塩気がたまらなく美味い。あと、禁煙というのも推しポイントだった。(山岸は加熱式タバコ派であり、元紙タバコ派であったにも関わらず、そのニオイを嫌悪しているのだ)


「それで、今日はどういったお話で」


 30分ほど飲み食いし、最近の仕事まわりの話について喋ったのち、大智が山岸に告げた。その瞬間、山岸の表情が真面目なモノに変わる。


「……実は俺、独立しようかと考えてるんだ」

「独立ですか!」


 反射的に大智がそう発する。自分でも予想外に自然に出てしまい、口をつぐんで手のひらを差し出し、山岸に「続きをどうぞ」と合図。


「俺もう会社入って15年だろ? だから、そろそろ次のステップに行きたいなと思っててさ」

「次のステップ」

「それで会社を立ち上げようかと思ってる。社内ベンチャー制度じゃなく、ガチの起業だ」


 山岸の在籍する会社――繰り返すが山岸は子会社に出向してきている人で、大智とは別の会社である――には社内ベンチャー制度というのがある。その会社に在籍しながら起業することができるというシステムであり、今まで通りの給料をもらいながら低いリスクで会社経営に挑戦することができる。


 より細かい話をすると、万が一ビジネスが大成功しても自分にはほとんどお金が入ってこないなど、低リスクな分、リターンも低かったりするのだが、安定を好む層には需要があり、これまでにも多くの社内ベンチャー起業が誕生している。


 ところが、山岸は普通に退社し、普通に起業するワケで……そうなると、大智はこう思う。


(ということは……え、いよいよ俺開放!?)


 大智は心の中で歓声をあげた。なぜなら、山岸の退社するというのは、大智とはもう顔を合わさなくなるということだからだ。


 大智が心の中で歓喜する合間も、山岸は真面目な表情で話を続ける。


「広告業界、WEB業界でそれなりのコネクションもできたし、今がチャンスかなって」

「なるほど! たしかに!」

「お前も、俺が育てたおかげで大抵の仕事はひとりでできるようになったしな」

「おっしゃる通りです!」

「だから今がいい時期かなって」


 本音を言えば、大智は怒鳴られることこそあれ、仕事を山岸から教わったことは一度もなかったので、彼の言うことは完全なウソだったが、もはや今はそんなことはどうでも良くなっていた。


(新卒時代から4年と数ヶ月……ときに罵声を浴びせられ、ときに夜中に呼び出され、ときに休日に電話メッセ攻撃にあって、ときにミスを全部押し付けられ……なんやかんや耐えるうちに俺も図太くなったけど、そうか、これで晴れて奴隷から卒業なんだな……ぶっちゃけ何回も死ねって思ったけど、結果的に仕事できるようになったし感謝だわ……)


 そんなことを思いつつ、ウソ泣きするフリして、テーブルの下に顔を下げて鼻を思いっきりつまみ、まるで泣いて赤くなったかのように装って、大智は告げる。


「山岸さんがいなくなるのは寂しいですけど、俺、応援してます……」


 だが、そこで山岸が手のひらを向けて静止。


「あ、うん、ちょっと待て。むしろこっからが本題で」

「え、こっからが、ですか?」

「そうだ……端的に言う。大久保入らないか、ウチの会社に」

クソ上司ネタで2日かけるのはアレなのでこのあともう1話分投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ