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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
鈍色の天使 −向日葵
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夢の中の真実




僕は、現実の・・・雀さんに、部屋には上げてもらえることができ、少しほっとした。



目の前にいるのは、この世界の雀さんだ。


身体つきや顔は夢の中で見たそのままだけれど、線の細い優しい雀さんとは、少し性格をにしている。


その立ち居振る舞いに、少し粗暴な性質が見える青年を前にして、僕はどう説明して良いのかを言いあぐねていた。


「で、なんなんだよ? 一体どうなってんだよ、おまえは誰なんだ」


「僕は矢島と言います。こういう者です」


懐から名刺を出そうとして、はたと手を止める。夢から醒め、その緊急性を知らされた僕は、何も持たずに事務所を飛び出したのだったと思い出す。


「すみません、名刺を忘れてしまいました。僕は『眠り屋』といって、夢を扱う仕事をしている者です。信じられないかもしれませんが、僕は他人の夢の中に入ることができるので、それをもとにして夢に悩まされている人の手助けをしています」


「んあ? なんだそれ」


こういった反応には慣れているので、そのまま話を続けていく。


「今回の依頼者は天ちゃんという女の子でした」


「おい……さっきも言ったけどな、天はずいぶん前に死んでるんだ。天が十五の時、病気でな。もう五年も前になる。どうして、天のこと知ってんだ? おまえ本当に、怪しいなあ。俺を騙そうとしてるんだったら、容赦しねえぞ」


夢の中の優しい雀さんとのギャップに戸惑ってしまう。


「て、天ちゃんの漢字って、天使の天ですよね。教えてもらいました、僕の夢の中で」


「え、あ、そうだ、天使の天だっつって、よく言ってたなあ……っておい‼︎ それ、どこ情報だ‼︎」


「天ちゃんが雀さんはパティシエだって言ってました」


怒鳴り散らしていた雀さんの表情が、そこでさっと強張った。


少しの沈黙を置く。


雀さんはなにかを考えているように黙り込んでいたが、突然こちらを向いて、胡座あぐらをかいていたのを、正座に変えて座り直した。


「……なあ、あんたの話。ちょっと信じられねえけど、でも信じるしかねえらしいな」


僕は、その言葉を聞いて、心底ほっとした。


「俺のこともこの家のことも、知ってるみたいだしな。俺のストーカーってわけでもねえだろ。さっきのパティシエっていうやつなあ、よく天にはパティシエになりたいって話してたんだ。クッキーとかマドレーヌとか作ってたんだぜ、この俺が。笑えるだろ。でも、天が死んでからはなんもやる気がなくなっちまって……」


雀さんが、ズズッと鼻を啜った。


「そんで、今のくだらねえ俺が、でき上がったってわけだ」


僕は黙って聞いていた。


天ちゃんが雀さんのことをパティシエだと言った理由がここにあるような気がしていた。


「で、天はあんたになにを話したんだって?」


僕も姿勢を正して座り直した。


「天ちゃんがあなたが見ているという夢を、僕に見せてくれたんです。とても不思議な夢でした。辺り一面がグレーの世界の、」


そう言いかけた途端に、少し荒げられた声で遮られる。


「そうっ‼︎ そうなんだよっ‼︎ 全部、灰色なんだよ‼︎」


ビンゴだった。


「俺、最近な。自分でも知らねえうちに眠り込んじまうようになっちまって。ぷっつり糸が切れたみたいに意識がなくなるんだ。寝てんじゃねえっって、何度も親方に怒られちまってよ」


僕は頷いた。


「仕事も手につかねえし、そんであんま怒られっから、嫌になって辞めちまったっつうか。あ、俺、左官屋さかんやだったんだ。ほら、新築の家の土壁つちかべとか塗ったりする」


「大工さんですか?」


「いや、ちょっと違げえけど。でもまあ、いいや」


雀さんの印象はかなり違いがあるが、雀さんが見る夢に関しては天ちゃんが見せた夢と、そうは違わないようだ。


僕はそう確信すると、雀さんの夢に関する僕の見解を話し始めた。


「最近、頭痛に悩まされることはありませんか?」


「頭痛ねえ、別に特にはねえかなあ」


「天ちゃんが僕に見せたあなたの夢ですが、あのグレーの世界は雀さん、あなたの脳の中ではないかと思うんです」


雀さんは、げっというように、顔をしかめた。


「俺の脳?」


「はい、そこに存在した黒い塊のようなもの、それは腫瘍かなにかではないかと」


「えっ‼︎ しゅ、腫瘍だと⁉︎」


今度は絶句した顔。口がアウアウと閉じたり開いたりしている。


「すみません。あまり驚かせずに伝えたかったのですが、急を要するようでしたので、直球でいきました」


僕はいったん唾を飲み込んでから、話を続けた。


「天ちゃんがあなたにそれを知らせようとして、夢で表現したんだと思います。けれど、あなたには伝わらなかった。だから、今度は僕にその夢を見せ、気づかせようとした。僕はそういうことだと思っています」


仕事柄。夢に関してはどんなことでも、僕は有りのままを受け入れている。だから、僕には具体的な夢を見せやすいと思ったのだろう。


その点については、以前から付き合いのある夢魔たちにも、そう評価されているのでわかっている。


たぶん、どこまでも現実的な雀さんより、夢を扱う僕の方が、具体的で詳細に判断できると思ったに違いない。


けれど、どうして天ちゃんは、雀さんの脳の中に腫瘍があることを言葉として直接、伝えてこなかったのだろうとの、疑問も残る。


回りくどい、今回のやり方。けれど、なにかの意味はあるだろうと思う。夢にはいつも、そうした『意味』が隠れている。


「それって、天の幽霊とか、霊魂って話になるのか?」


「そこまでは分かりません。けれど、そういう話になってしまっても仕方がないですね。僕は夢を見させられただけですから、なんとも……」


僕は言葉に力を込めた。


「けれどそれはそれで、僕は享受したいと思っています。そして同じようにあなたにも、受け入れて欲しいと思っています」


雀さんが俯いて、なにかを考え込んでいる。


当たり前だ。こんな話、信じられるはずもないだろう。


けれど、僕はさらに訴えた。


「とにかく、病院で検査を受けて頂けませんか? 僕には天ちゃんが必死にこのことを伝えようとしていたような気がしてならないんです。もし僕の気のせいだったのなら、それはそれで良いんです。その場合は病院でかかった検査料をお返しします」


「どうして、そこまで……」


雀さんが顔を上げて呟くようにして言った。


その表情は曇っていて、雀さんの本心はまだ見えてこない。


けれど、僕には天ちゃんとこの目の前にいる雀さんの間に、なにか特別な繋がりがあるような気がしてならなかった。


天ちゃんの、雀さんに向けられたあの直向きな感情。


彼女は妹のようにしか思ってもらえなかった、と悲しそうに言った。


けれど、本当にそうだったのだろうか?


雀さんの脳の中で聞いた、天ちゃんを愛しそうに呼ぶ声。

甘く、そして切なかった。胸がきりきりと締め上げられるほどに。

あれがまさか、ただの夢、ただの偽りの産物であるはずがないのだと確信めいたものまである。


そこに真実があるような気がして。僕は賭けてみたかったのだ。



僕はこう仮定した。


天ちゃんが病に冒されて亡くなる直前、夢の中で偶然出会った夢魔に、雀さんの将来を託したのではないだろうか。


天ちゃんは亡くなったが、その意思を受け取った夢魔が、雀さんを見守っていた。そして、見つけた脳の腫瘍。


夢魔は本物の雀さんに、何度となく夢を見せて危機を伝えようとしたが、伝わらなかった。そして、今度は『眠り屋』では他の夢魔との親交もある僕に、夢を見せ、知らせようとした。


けれど、違っているかもしれない。


もしかしたら、幽霊となった天ちゃん自身が、雀さんや僕に夢を見せたのかもしれない。


不思議なこの出来事に、僕はいつか決着をつけることができるだろうか。

雀さんは、どのように決着をつけるのだろうか?


天ちゃんと関わり合いのある夢魔が、もし僕の前に現れてくれたなら、ようやくその時、真実がわかる。




「天ちゃんのこと、……」


少しの躊躇と懸念を含んでいるとしても、僕は実直に問うた。


「天ちゃんを、愛してましたか?」


雀さんが、ゆっくりと驚きの表情を浮かべた。


けれど、それからすぐにも、くしゃりと顔を歪ませた。


眉間に寄せられる皺。かすかに震える唇。辛さや悲しみを乗り越えてきただろう、鈍い瞳。


哀しみに歪んだ顔。それが全てを語っている。


僕はもうそれで満足だった。


「雀さん。どうか病院へ行ってください。そうすればもう突然、休眠状態になることはなくなるはずです。鈍色にびいろの夢も、二度と見ることはないと思います」


そして、雀さんの家を辞し、帰路についた。


けれど僕の心は、あちらこちらへとさ迷い揺れている。


そう、僕は雀さんを傷つけているのかも知れない。辛い過去を掘り返して、その目の前へと突きつけることで。


天ちゃんに雀さんを助けると約束したあの時よりも、足取りの重い帰り道となってしまった。


道端の畑の脇には、向日葵ひまわりが立ち並んでいる。


その花びらを数枚拝借すると、潰さないように軽く握った手の中に含む。


そして事務所へと持って帰り、京子さんが少しでも僕が涼しめるようにと置いていった、黄色のヒヨコが浮かぶ水盤の上へと、散らし浮かべた。




✳︎✳︎✳︎




「予約していた本が入荷したそうですよ。うさぎ書房の辻さんから連絡がありました」


京子さんが冷たい飲み物を運んできてくれた。


その言葉に、デジャヴかと思う。僕はすぐにも雀さんのことを思い浮かべた。


「二三日中に取りに来てくださいとのことです」


分かりましたと、生返事で返す。


そして、テーブルの上に置いてくれたガラスのコップを手に取って、その液体を口に含んだ。


冷やりとした手の感触に、これが夢ではなく現実だということを強く確信して、ほっと胸を撫でおろす。


そしてさらに言うべきことは、これが夢ではないという証拠。それは、このコップの『麦茶』なのである。


実は京子さんは、酸味のあるものが苦手で、梅やレモンといった酸っぱい物を、親の仇のように敵視している。


「この世から抹殺したいくらいです」


笑顔で言うその言葉に、僕は戦慄を覚えながらも、梅ジュースなら甘味が強いしどうですか、と提案したことを覚えている。


「いーえ。梅だなんてとんでもありませんよ。どれだけ身体に良いと言われても、口に入れる前から梅やレモンを見るだけで、拒否反応が出るんです。口の中で唾液がべしゃあーってなるんです。これはもう一種のアレルギー反応ですよね、そう思いませんか、先生?」


その唾液べしゃあーを理由に、瑠璃さん手作りの梅ジャムを、丁重に断っていたこともあった。


そんな京子さんが、梅ジュースやレモネードを手作りするはずがなかったのだ。


天ちゃんが見せた僕の夢の中の、僕が京子さん手作りのレモネードや梅ジュースをがぶ飲みしてお腹を壊したというくだり。きっと、この京子さんの敵視の度合いがすさまじすぎて僕の記憶に残り、それが元になって投影されたと思われる。


それにしても京子さんとレモンや梅の組み合わせで、おかしいと気づくべきだった。


けれど、そこで気づいてしまっては天ちゃんの真意は見えなかっただろうから、結果オーライである。


そして僕はそこで唐突に気がついた。


なるほど、そうか。


天ちゃんの真意・・・・・・・を、雀さんに伝えるため・・・・・・・・・に、夢魔は言葉としてではなく、長ったらしい夢として、僕に見せたのだ、ということに。


はあはあなるほどそういうことですかと、ひとり納得してから、僕は冷たい麦茶を一気に飲んだ。


「先生。あんまり冷たい物ばかり飲んでると、お腹壊しますよ」


これもデジャヴの一つであったが、僕は大人しく、はいはいと返事をしておいた。


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