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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
鈍色の天使 −向日葵
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天使からの依頼




「ねえ矢島さん、すずめさんの夢がどんなだか、調べて欲しいの」



なんとなくそう来るのではないかと思っていたことが、見事に当たった。


「はあ、雀さんの夢ですか。でもこの方、寝てませんよね。僕は眠っている人が見る夢の中へと入るので、起きている人の夢に入れるかどうかは、ちょっと分かりませんねえ」


「でも一度やってみて欲しいの。できるかもしれないし」


僕は、ここから十五分ほど歩いた町で『眠り屋』という事務所を開いている。


他人の夢の中に入ることのできる特性(体質?)を生かし、夢に悩む人の原因を探り当てる、夢の探偵のような仕事をしていることを話した直後のことだった。


天ちゃんによると、雀さんは天ちゃんのお父さんの知り合いなのだという。雀さんは天ちゃんの家によく遊びにきては、夕食を食べていくそうだ。


それにしてもやはり気になるのは、話の端々からひしひしと伝わってくる、この青年に対する天ちゃんの深い想い。


それは慕っているなどという、曖昧な種類のものではない。


紛れもなくこの少女の根底には、恋慕の情が存在しており、それを僕はその年齢差からいくと、少し危ういのではと思ったりもしていた。


「そうですねえ。一度試してみても良いですが、それには雀さんのご協力が不可欠です。ええっと、雀さんのこの状態はいつまで続くのですか? こうも長い時間だと、熱中症にでもなりかねません」


「うん、しばらくすると目が覚めると思う。目が覚めたら、何事もなかったように家に帰るだろうから、矢島さんは雀さんの後をついていって」


そう言いながら、すくっと立ち上がる。


天ちゃんは、雀さんに近づくと、ズボンの後ろポケットを探ってスマホを取り出し、「はいこれね」と、僕に渡した。


驚くことに、雀さんはそうやってポケットをごそごそされても、やはり微動だにしない。


(……目は開いているんですけどねえ。こんな状態で、本当に夢を見ているのでしょうか?)


天ちゃんは降りてきた時とは違って、身軽な足取りで川べりを駆けていった。


降りてきた時もそうだったが、天ちゃんの所作にはまるで音が無い。草を踏む音くらいあっても良いのだろうが、それすらも聞こえてこないほどだった。


「なんとも実に風変わりな依頼を受けてしまいました」


そうぼやいて、隣で鉛筆のように立っている雀さんに目を遣ってからため息をつくと、僕は手にしていたアイドル名鑑を開きながら再度、汗を拭った。



✳︎✳︎✳︎



突然。


雀さんが動き出した。


その後をなるべく距離をとってついていく。これが『尾行』というものか。『夢探偵』なるものを名乗ってはいるものの、このような本物の探偵の行動には、まったくと言って良いほど慣れていない。


そのため、出した足を慌てて引いたり、電柱から電柱までを小走りで渡り歩いたり、見つかりそうになると必ず空を仰いで口笛を吹いたりしていたので、目的地に着いた頃にはすごく疲れてしまっていた。


それでもなんとか尾行を成功させ、ある一軒の家へと辿り着いた、僕。


雀さんが門の鍵をくるりと回し家の中へと入っていくのを見届けると、近づいていってチャイムを押した。


ピンポーン。


玄関のドアが、ようやくガチャと開いた。中から雀さんが、ぼんやりとした顔で出てくる。


「どなたですか?」


やはり僕を覚えてない、ということか。さっきまでこの人の隣で、少女とガンガンに話をしていたのにもかかわらず。


けれど僕は正直、ほっとした。


いくら、雀さんが家に帰るまで声を掛けないようにと、天ちゃんに言われていたとしても、このまま救急車でも呼ぶ羽目になっては目も当てられないからだ。


「あのですね。僕は矢島という者ですが、あなたは先ほどまで川べりにいらっしゃいましたよね。これ、」


僕はポケットから携帯を出すと、雀さんの前に差し出した。


「あなたの落し物です。僕もあの川べりに居たんです。あなたの後を追って、ぐるぐると探している内にこのお宅に入っていくのが見えたので……」


雀さんは綿パンの後ろのポケットを探った。


「あ、あれ、本当だ。すみません、全然気がつかなかった」


「やっぱり。良かったです。持ち主が見つかって」


「ありがとうございます、わざわざお手間を取らせてしまって」


じゃあ、と僕が踵を返すと、ちょっと待ってと声が掛かる。


「お礼を、」


そう言って中へと入っていった。


本当だ、天ちゃんの言っていた通り、律儀な人だ。


それにしても天ちゃんはいないのだろうか。キョロキョロとその辺りを見渡すが、少女の姿はどこにも見えない。そう僕が訝しんでいると、ドアが再度開いて、雀さんが出てきた。


何か紙袋を持っている。


「これ、俺が作ったんです。良かったら、どうぞ」


僕の不思議そうな顔を認めると、彼は慌てて説明した。


「クッキーです」


紙袋を開けると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。


京子さんが作る庶民派の焼菓子とはまた違って、高級菓子の上品な香りがする。


とは言っても、そんな感想を正直にそのまま言ってしまっては、京子さんの逆鱗に触れるだけなので、帰ったらこの現物だけを素直に渡そうと思う。


「これは美味しそうです。凄いですね、こんなお店で売っているようなクッキーが作れるなんて」


「俺、ついこの前までは帝洋ホテルのパティシエだったんです。先日、辞めちゃいましたけど」


「え、そうだったんですか。それは残念なことでした。どれ、」


僕は紙袋の中のクッキーを一つ手に取ると、口の中へと放り込んだ。


一口大がちょうど良い、噛むとほろっと砕けて舌に馴染んでいく甘みと、この至福と言ったら。


「うわあ、美味しいですねえ。こんな素晴らしい腕前のパティシエを逃してしまうとは、実に勿体ない話です」


「ありがとうございます、そう言ってもらえて嬉しいです。落ち込んでたんで、元気が出ました」


さっきまで、何時間もぼうっと水面を見ていた青年とは思えない、ハキハキとした受け答えだった。


僕はそのギャップに驚きを隠せないでいた。


天ちゃんに詳細を聞いてなければ、同一人物とは思えないこの豹変ぶり。


僕は懐から名刺を一枚取り出して、雀さんの前に差し出した。


「僕、北町にある事務所で夢に関する仕事をしているんです。こちらにお越しの際にはお寄りください」


「夢?」


途端に不審人物を見る目になる。


こういった反応にはもう慣れてはいるが、僕はそれを苦笑いで返すと、


「これ美味しく頂戴します。ではお元気で」


軽く手を上げると、僕はその場から離れていった。


概要は天ちゃんに聞いて知っている。


天ちゃんによると、雀さんは数ヶ月前から、ああやって寝てはいないのに夢を見ている状態が始まったと言う。


所構わず、時間構わずで、いつのまにか寝てしまうという、休眠状態が繰り返されるらしい。


その内に仕事にも支障が出るようになり、遂には上司から引導を言い渡されて、クビとなってしまったらしい。


雀さん自身には、目を開けながら夢を見ているという自覚は全く無く、周りからいったいお前はどうしてしまったんだと言われて、気づいたという。


「天ちゃんの言う通り、夢に入って原因を探った方が良いような気もしますが、」


アイドル名鑑を抱え直すと、ハンドタオルで額の汗を拭った。


「雀さん、ご本人の協力なしでは、それも難しいですからね」


どうしたもんかと、頭を悩ませながら、僕は『眠り屋』への帰路を急いだ。




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