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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
遠恋 −ハルジオン
24/63

強固な意志をもって

駅のホームで待ち合わせをし、新幹線を待つ。


矢島さんは、新幹線に乗るのは人生で初めてだと言って、先ほどからそわそわとしている。


「これはもう僕の中では、今年の三大事件のひとつですよ……梶田さん、万が一新幹線のドアに挟まってしまったら、僕はどうすればいいんですか?」

「私が緊急停止ボタンを押しますから、大丈夫です」

「わ、わかりました」


今度は掲示板で行き先を確認する。

向こう側のホームに入ってくる新幹線を、はわわーと興味深げに見つめている矢島さんを見て、子どもかと心で突っ込んだ。


そんなちょっと変人ちっくな矢島さんを見て、ああ、この人を好きになったら良かったのに、と思った自分を、やっぱ無しだと否定する。


そして、私たちはホームに入ってきた新幹線へと乗り込んだ。


席を探し、よいしょっと座ってから少し落ち着くと、大人しくなった矢島さんが、隣から声を掛けてくる。


「さあ、眠気はどうでしょう?」


事前の契約内容では、私が眠る二時間の間に夢の中へと入って様子を見、それから臨機応変に少しだけ夢に手を加えるということになっている。

手を加えると言っても、最小限にとどめると、矢島さんはしきりにそう主張していた。多少の夢の改変により、刺激を与えてみて、帰りの新幹線でその効果を確認するという手はず。


「その刺激によって、夢の筋書きが変えられると良いなと思っています」


あの桜を嫌いになった日。

そして、初めて訪ねた「眠り屋」の事務所を訪ねた日。

どこか飄々とした矢島さんを前にした時、私はすでにこの日のことを心に固く決めていた。

矢島さんは私の曖昧とも頑固とも取れる一風変わった依頼を前にして、しばらく微動だにしなかった。


そして、ぎゅっと結ばれていた唇が突然開かれた時。その唐突さに身体がビクッと震えたのを覚えている。

「成功するかどうか。そこをはっきりと保証は出来かねますが、それでもご了承いただけますか? もし、少しでも不安に思うことがあれば、遠慮せずにお断りください」


「……いえ、それで結構です」


コーヒーの薄く残った分が長い沈黙に、その温度を奪われて、冷め切ってしまう頃。


私はようやく答えを出した。


けれど、それで良い。私はもう、心に決めた。ある種の強固さを伴って、私は心を決めたのだった。


✳︎✳︎✳︎


スピードを徐々に上げていく新幹線の席。まだ眠気はやってこない。


「いつもならもう眠くなるはずなんですけど」

私が申し訳なさそうに言うと、矢島さんはポケットからハンカチを取り出しながら言った。


「いえ、お気になさらずに。では、このハンカチを見ていてくださいね」


風呂敷のように畳んであるハンカチの端を指で摘んで、スッとあげる。


開かれたハンカチの中には、一輪の白い花が在った。

ハンカチに包まれていた所為で、白くこまかい花びらが所々、折れて曲がっている。


私は、この季節によく道端や空き地で見かけるその花を、何となくぼんやりと見つめていた。不思議と目が離せない。


これは何の花ですか、と問いたいけれど、唇が動かなかった。それでも、ぼんやりと花を見ていた。目の奥で見つめながら。その花を見ていた。


✳︎✳︎✳︎


ピピピッ、ピピピッ、

飛び起きて慌ててアラームを止める。


「すみませんっ、バイブにしておくの忘れちゃって」


反射的に謝ってから、辺りを見回すと、そこは新幹線の車内だった。私は正気を取り戻し、自分が置かれている状況を取り戻し、そして記憶を取り戻した。


矢島さんを見る。それからもう一度、自分自身の頭の中を確認した。


何か変わっているところはないだろうか。夢に手を加えられて、何か変わった部分はあっただろうか。


けれど見ていた夢は、いつもと同じ内容だったし、その幸福感さえも変わりはない。


(たぶんだけど、……矢島さんは出てこなかった)


そうなると、本当に彼が私の夢に入ったのかどうかが怪しく思えてきて、その疑いに抑えがきかなくなりそうになる。


そっと、矢島さんを見る。


彼は真っ直ぐ前を見ていて、そこから目を離さなかった。そして、言った。


「さあ、もう到着ですね」


その言葉に促され今度はきちんと顔を向けて隣を見ると。


矢島さんのテーブルには空になった駅弁の残骸が。

私はそれを見て、ぷっと吹き出してしまった。


「梶田さん、すみません。先に食べちゃいました。美味しかったです。駅弁、最高です」


そして、こちらに顔を向ける。

あの見本のような笑顔を隣同士の席のこの距離で見てみると、ふわふわと触り心地の良さそうな猫っ毛が、ゆらっと揺れたような気がした。


私はやっぱり、ああ、この人を好きになれば良かったのにな、と思った。


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