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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
私を思い出して −シロツメクサ
22/63

琥珀の思い出


そして。アケミマートの若き店長の件は、これで解決となるはず……だった。


が、これで終わりではなかったのだ。


薫風かおる五月のこと。


事務所に飛び込んできた花月くんの慌てぶりを見て、僕までもなんだなんだと慌てふためいてしまった。


「ちょ、ちょ、矢島さん‼︎ 聞いてくださいよ‼︎ すごいんすよ、マジでちょう凄いっすよ‼︎」


「なになに、なんですか? いったい何があったんですか?」


興奮する花月くんをいつものソファに強引に座らせると、僕も向かいのソファに座った。


「うちに来たんすよ、じいちゃんの恋人だった女の子‼︎ ほら、この前の依頼の‼︎」


「……ん? ……んあえぇえ‼︎」


「マジっすよ、来ちゃったんすよ‼︎」


彼女は鈴木すずき 志乃しのと名乗ったという。


落ち着きを取り戻した花月くんによると、志乃さんは清楚な京美人だった、ということ。そして、花月くんと同い歳というのは、実は花月くんの思い違いで、二つ歳上とのこと。


「そうそう、志乃ちゃん、そうだったそうだった、あの頃も可愛かったけど、めっちゃ美人になってたー」

「その方と話したんですね。ありゃりゃ、ミケという可愛い嫁がありながら、鼻の下、伸ばしちゃって……」


美人だと聞いて、なんかだかよくわからない殺意がわく。イケメンめ。


「っと、それより彼女はどうしてアケミマートに? 引越し先から戻ってきたんでしょうか」


まだ収まらない興奮を抑えることもせず、花月くんは早口で喋りまくる。


「それが、桔平きっぺいさんいらっしゃいますか、桔平さんに会いに来ましたって言うんっすよ。ちなみに俺のことはあんま覚えてねえって、はっきり言われましたよ……マジ辛い」


無残にも玉砕して落ち込んでいる花月くんを見て、僕はよし、と、こぶしを握った。


「で、先代は亡くなられたと、お伝えしたのですか?」


「はい、まあ。数年前にって。そしたら、会いに来るのが遅かった、間に合わなかったって言って、そのままそこで泣いちゃって……大変でしたよ」


苦笑いの後、店に戻らなきゃいけないんでと、慌てて帰っていく花月くんを見送り、僕は花月くんが話してくれた内容を頭で反芻はんすうしていた。


まるで琥珀の中に閉じ込められたような、美しい思い出。


「そうです私、桔平さんのことが大好きで大好きで。まだ幼い私でしたが、ずっとこのまま一緒にいたいと思っていました。お慕いしていたんです。本当に心から。特に笑った顔が優しくて、大好きで。桔平さんは、子どもの私が何を言ってもどんなことを言っても、笑って許してくれました。いつも無理を言って、桔平さんを困らせているのだと、自分でも分かっていたんです」


涙を甲で拭う。


「……それでもそばにいたくて」


そして、彼女が薄茶色のカバンから。

壊れ物を扱うような丁寧さで出した、一枚の紙。


文机の引き出しの底から見つけた恋文と同じような古めかしさの、薄茶色の紙。それはセピア。


見ると、先代の商品リストと同じ商品名がずらりと並んでいた。


その文字は老人が書いたそれではなく、幼い少女の辿辿たどたどしさで、けれど一つ一つの商品の名前を、丁寧に書き記したものであった。


それを見て、花月くんはピンと来たようだ。


「それ、じいちゃんと一緒に書いたんすね」


「はい、これは私が書き写したものなんです。引っ越しが決まって、でも私、桔平さんと離れたくなくって、こちらのお宅で大泣きしてしまって、桔平さんを困らせた日です。その時、私を慰めるために桔平さんが言ってくれました。このリストの商品を全部、お店に並べることができたら、きっと楽しいお店になるだろうから、そしたらまたおいでと。頑張って揃えておくからねと、優しく言ってくれて」


指先を濡らす、涙。


「このリスト、私が商品カタログから選んだ物も入ってるんですよ。私が選んだ商品を、桔平さんはこれは良い商品だ、ぜひ入荷しなければって、笑って書き足してくれて。私、それだけで嬉しくて幸せで。それで、あの日。桔平さんの目を盗んで、桔平さんのリストの裏に、こっそりラブレターを書いたんです、そしたら……私、引越し先に到着するまで気がつかなかったんですが、私の書き写したリストの裏に返事をくれていて……」


「そうだったんすか、じいちゃん後生大事に仕舞っていましたよ、そのリスト」


その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑ったという。


「私もです」


僕はそんな風に一生に一度の大恋愛が、ずっとずっとこの先も遺されていって、そしてこれからも大切に誰かの手によって守られていく、そんな風景を見せられて、言葉を失くしてしまうほどの感動で、身も心も震わせた。


先代の深い慈しみを感じ、志乃さんの深い愛情をも感じた今回の依頼。


花月くんが帰り際、晴れやかな笑顔で振り返って言った。


「志乃ちゃんが持ってたリストの裏、じいちゃんからの返事、何て書いてあったか気になります?」


僕は素直に、頷いた。


「僕も貴女あなたを愛しています、っすよ。じいちゃんやっぱ、かっけーなって思って。俺、リストの商品、なるべく粘ってコンプリートしますよ。志乃ちゃんのメアドも、ゲットしたんで‼︎」


意気揚々と走っていく花月くんの背中。

何となくその時、先代はこうなる結末を予測してたんじゃないかなどと、僕は邪推して、笑った。


「まあ、それならそれで。ミケは僕が嫁に貰いますから、結果オーライってことで」


僕はそっと呟くと、キッチンの食料棚の引き出しから、ネコ缶を二つ取り出し、紙袋に入れた。


そして、玄関に向かう。

踊り出しそうな軽い足取りで。


そうだ、あの道端に咲く、幸せのシロツメクサをたくさん摘んで、両手に余るほどの大きな花冠を作ろう。そして、ネコ缶とともにミケにプレゼントしよう。


いや、ミケの狭い額にはちょっと大きいかな、などと思い巡らせながら、事務所のドアの鍵をゆっくりと回した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お茶目な先代さんにイケメンの花月くん、夢でその恋を辿るイキなつながり……面白かったです! ミケちゃんと戯れる先生に癒されました。 沢田リコちゃんTシャツ、京子さんに知られたらちょっと困り…
[良い点] 矢島さんのイケメンへの嫉妬がちょくちょく入るのが意外で面白かったです。^^ 親しみの持てる地域の個人スーパー、頑張ってほしいです。 おじいちゃんが繋いだ縁も、今後育まれて実を結ぶと良いです…
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