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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
奪う −クレマチス
11/63

シンプル イズ


「それでは、僕の手を見ていてください」


握られた矢島さんのこぶしをじいっと見る。そんなんで眠れたら、ヤバイ犯罪に使えるんじゃないの。半信半疑で睨みつける。


開かれた手から、青みがかった紫の花びらが、はらっと落ちていく。


クレマチス。

花言葉は、精神の美。


「これはもう笑うしかないでしょ。矢島さん、これ当てつけ?」


私が、言葉とは裏腹な不服な気持ちで口をむうっと尖らすと、矢島さんは表情を一気に崩すようにして、苦笑した。


眠る前の、数十分前。


「当てつけって思うってことは、花鹿さんも、それを自分で認めているってことになっちゃいますよ」

「認めてるから、ここに来てんでしょうが」


ああもう、上手くいかない。矢島さんは私がどんなオイロケな攻撃を仕掛けようが、のらりくらりの術で、するりとかわしてしまう。


おっさんとはこんなものなのか?


私は自分の持つ魅力について、再考するべきこのチャンス(と思うのも癪だけれど)をどう生かすのか、頭を巡らせていった。私の魅力に見向きもしない男が、目の前にいることが憎たらしい。


「とにかく、僕の手を見ていてくださいね。落ちていく花びらも、ちゃんと目で追ってくださいよ」

「そんで夢の中に入るってんでしょ?」

「そうです」

「うわ、マジで」


上げていた握りこぶしを下ろし、矢島さんは呆れた顔プラス眉間にシワで、私を睨んだ。


「花鹿さん、いい加減にしてくださいよ。嫌ならやめますけど」

「わかったわかったってばスンマセンでしたあー。じゃあ、見てまーす」


チラッと横目で、両手を胸の下で組んで、キッチンへのドアに背中をもたせかけている京子さんを見る。にこにこしているけれど、額に青筋が浮き上がっている(こわっ)……ように見える(こわっ)。


「はい、じゃあさっきも説明した通り、夢に入って原因を探ってはみますが、花鹿さんの場合、かなり特殊な事例です。あなたの希望に沿えるかどうかを、まずはこの目で検証させてください」

「はああーーーーい」


返事をすると、途端に脱力したような、はあぁっと矢島さんの深い溜め息。丸眼鏡が、その息で曇りそう。


「では、見ていてください」

「見てまーす」


そして、冒頭に戻る。


青みがかった紫の、クレマチスの大ぶりな花びら。それは矢島さんの手を離れると、ひら、ひら、とその軌跡を描いて落ちていく。


重力はすごい。

全てを引きつけるようにと、地面へ向かわせる。


そんなことを考えている間に、どうやら夢へと進んでいった、らしい。


✳︎✳︎✳︎


「やっぱりねえ、難しい。無理ですよーこれ」

「あら、先生でも無理なことってあるんですね」


京子さんの額に青筋が浮かび上がっている、ような、気が、する。


「だって、今回の依頼の内容ですけどね、今までになくかなりの難題ですよ」

「夢でもいいから、自分が恋人を奪われる側を体験してみたい、それでこの他人のものが欲しくなる病を治したい、だなんて普通思いつきませんものね」

「正常な思考回路から、こんな荒唐無稽なこと、導き出されますか? ふつう」

「相手の立場に立ってみるというのは、いいことじゃないですか」

「……そうですかねえ」

「まあいいじゃないですか。先生、どうぞコテンパンにしてやってください」


京子さんの毒を含むこの表情。すでに僕の中の世界遺産に登録済みだ。


僕は、身震いのする思いで、慌てて言った。


「ザ・女子高生のマキちゃんみたく、真っ直ぐでシンプルっていうか、単純なら良いんですけどねえ」


京子さんがティーポットを傾けて、カップへと紅茶を注いでいる。水音をあまり立てないように注ぐのは、もともと育ちの良い京子さんの特技とも言えるだろう。


「あら、花鹿さんね、私は意外とシンプルでわかりやすい子だと思いますよ」

「そうですかねえ。僕にはなにを考えているか、まったくと言っていいほどわかりませんが」

「ふふ、彼女がなにを考えているかなんて、みえみえですから〜」


背筋にぞわっと寒気が走るような言い方に、僕はそそくさと紅茶をすすった。


✳︎✳︎✳︎


カチコチ カチコチ


(時計の音、かな……)


機械音といえばそうなのだが、どこか懐かしい音。


(ここは、……家?)


頭をもたげてみると、自分が布団の上に横になっていることがわかった。


目の前にはリビングへと続く襖。建てつけが悪いのか、その襖と襖の合間からリビングの光が漏れている。上げていた頭を枕へと戻す。目を瞑ると、途端に鼻がきいてきて、夜ご飯に食べたすき焼きの残り香がした。


(美味しかったなあ、すき焼き……)


唐突に思い出す。


父が帰ってくる日。食卓には必ずと言っていいほど、牛肉がのぼる。不在が多い父を迎える時、母の顔もいつもより安らかで、嬉しかった覚えがある。


(お父さん、ずっと家にいればいいのに……っていうか、仕事ってなにしてるんだったっけ?)


布団の温かみに心地よさを見つけると、私はもっと身を丸くして潜り込んだ。


(なんだったっけ、えっと、……国を、守る、任務、)


すき焼きの鍋の映像が脳裏にちら、ちら、と蘇ってきて、思考を遮っていく。


その時、遠くの方で、誰かが言い合うような声が聞こえた、気がした。


鍋の中の、牛肉がクローズアップするように、それが私の脳の中のメインとなって、他の具材が霞んで見える。牛肉以外の具材は、食べても食べなくてもどっちでもいいような、それ以外のものがどうでもいいような、そんな感覚に陥った。


(肉肉肉ー牛肉牛肉牛肉ー)


そして、そこで眠りから覚めたようだ。


「花鹿さん、大丈夫ですか?」


丸眼鏡が優しく、覗き込んでいる。その隣には、京子さんと呼ばれていた女性の心配そうな顔。


がばっと身体を起こすと、その拍子に目尻に溜まっていた涙が散ったようだ。それでも構わずに、私は二人の顔を見た。


その間にも、ボロボロと涙が溢れていく。それを手で受けてみると、私のぐにゃぐにゃになった手相の上で、雫となって留まった。


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