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眠り屋 〜夢の綴り帳〜   作者: 三千
奪う −クレマチス
10/63

狙う




『奪う』




私はいつもいつも誰かのなにかを欲している。これはもう病気だと言ってもいいくらい。それぐらい、誰かのなにかを奪いたくなる。


たとえば。


頬づえをつきながら、それまでは窓の外の紅葉を見ていた目を教室へと戻し、で、ちらっと見る。


すると、隣の隣の席の、女子二人の会話が耳へと勝手に入ってきた。加藤さんだったか、佐藤さんだったか。

高校生なのだから、持っていてもおかしくないブランドのポーチ。大きなロゴのついた、ピンクのストライプ。この子がそれになにを入れているかっていうと。あれだよ、あれね。高校生なら持っててもおかしくない、あれ。


「ねえ、ちょっと用意周到すぎん?」


すると、もう一人の藤田さんだったか、藤井さんだったかの子がそう言うもんだから。


「だって、いつ使うことになるかわからないから」

「ミキ、リイチくんといつからなの?」


ブランドのポーチを弄んでいる。ジッパーを開けたり閉めたり、また開けたり。


私はそのポーチからようやく目を離し、そして次の授業の教科書を出してから再び、窓の外をぼーっと見つめた。


「え……と、二日前に告られた」

「じゃあまだ早えぇよ」


相方のツッコミはや。


隣の隣の席との距離。イッテンゴメートル。だから、耳を塞いだってどうしたって、二人の女子の会話が否が応でも耳に入ってくる。


耳に入っちゃうと、もうね。あれだよ、あれ。


(そうなんだー新婚さんなんだー)


リイチくんといえば、隣のクラスで一番騒がしい男の子だね。目立っているかといえばそうなのだけれど、タイプじゃないから、あまり私の視界には入らなかった。


それなのに。

それなのにだよ。

なんだよ、この気持ちは。


黒色のような灰色のような液体が、胃の中に湧いて出て、私のみぞおちを熱くする。


(そうなんだー)


欲しい。


すると、もうだめだ。こうなると、自分の意思ではなんともできなくなるんだよ。どこかから湧いて出てきた、ツノとヤリを持った悪魔。その小さな黒い翼を羽ばたかせて、私の耳元に口元を寄せてくる。


『ねえ、リイチって男。横取りしちゃいなよー』


私は窓の外に顔を向けながらも、小さく『オッケーオッケー』と返す。


そして。三角関係。私がいつもぐちゃぐちゃに掻き回して、修羅場と化して終わり。それから満足し、あとはポイってね。


まあ言うなれば、悪いのは私。友達の彼氏を奪っちゃうんだから。


悪いのは、この病気。

病気は治さないといけないとは思うけれど、どうしていいのかわかんないし。


それが、私という人間。

これはもう、悪と言うしかない。


✳︎✳︎✳︎


「うーん、そうですかぁ」


本当にうーんなのかどうかも怪しい、この人。

『眠り屋』の矢島さん。


丸い眼鏡が似合ってんだか、似合ってないんだか、まったくもってわからない。


秋。

秋刀魚を七輪で焼いてみたり、焼き芋を売る屋台カーを追いかけたり、銀杏の木の下を通る時は鼻をつまんだりする、秋。

秋。

秋だなあ。


考えていると、『眠り屋』の事務所のドアがバタンと開いた。


「はああ、ただいまー。寒い寒い」


すると、さっきまで、「うーん、そうですかあー」などとナマケモノだった矢島さんが、俊敏にすくっと立ち上がる。その速さは、動物で例えると……、チーター⁇


さささっと女性に寄っていって、買い物袋なんかを貰い受けている。

⁉︎

私はその様子を呆気に取られたまま、見ていた。


髪は栗色、ウェーブがかかり、おばさんだけど美人だ。


「おかえりなさい、京子さん。早くヒーターにあたってくださいよ」


お客さん(?)そっちのけでその京子さんとやらのお世話に勤しんでいる。


なんだよ。恋人同士⁇ だったら、奪ってやる。


こんな、ボッサボサな矢島さんにはまったくもって一ミリも興味はないと断言できるのに、狙うだなんて相当に病気だ。どうしてこんな病気になってしまったのだろうな。それを相談したくって、ここに来ているのだというのに。


✳︎✳︎✳︎


「あの子、先生を狙っているみたいですよ」


京子さんが、ニヤと笑って、僕は一層、胃の痛い思いがした。さっきまでそこにいた女子高生。その名はまさにキラキラネーム、花鹿かじかさん。


最初は普通だったのに、なにかのスイッチでも入ったのか、なにかと僕の腕を絡めてきたり、顔を近づけてきたりして、わわわっと僕を翻弄してから帰っていったその余韻が、まだ残っていたからだ。


「なんなんでしょうかねえ、イマドキの女子高生は」

「そこ‼︎」


京子さんが声を上げたので、僕は、ふわへえ? っと奇妙な返事を返してしまった。


「そこですよ、先生、なんなんでしょうかねえ、っていっつもそうやってのらりくらりですけど、先生はちっとも女心をわかっていませんよ」


「なにを言ってるんですか。京子さん、僕がこんなナリで女子高生にモテるとでも?」


京子さんは、腕組みをすると、僕をつま先から頭のてっぺんまで眺め、うーーんと唸ってから、言った。


「まあ確かにですね。先生は確かに若い子からは、好かれるというよりは、怒られてばっかりいますけれどもね」

「ええぇ、そういう意味で言ったんじゃないんですけど、……でもまあ、否定はできません」


『眠り屋』によく遊びにくる、女子高生の面々を思い出す。その中にマキちゃんという子がいるのだが、この子の僕に対する扱いが一番酷い。


そして、ワチパンベーカリーの店員、カナコちゃん。こちらもいつも、事務所の一階の古着屋のオーナーと結託し、僕の洋服をディスっては新しい服(けれど古着ですよこれ)を買わせようと目論んでいる。


「女子高生とは、なんとも恐ろしい……」


僕が十二分に思いを含めて呟くと、京子さんは笑いながら両手を広げた。僕を誘い入れるかのような、悪戯な顔を浮かべながら。


「ふふ、おばさんが一番ですよ」


僕は、京子さんへとそっと近づいていった。


「もちろん京子さんは、おばさんには見えませんが……」


僕も京子さんにつられて手を広げ、そして京子さんを抱きしめる。京子さんの両の手は、僕の背中へと優しく回り、ぽんぽんと軽く叩いたり、そおっとさすってくれている。


「まあ僕には、おばさんが一番です」


呟くと。

くくくと抱きしめている京子さんの身体が小刻みに揺れる。


「ついに私のことをオバさんって言いましたね⁉ あとでお仕置きですよ⁉︎︎」


僕は嬉しくなって(お仕置きが嬉しいわけではありません)、そっと京子さんの栗色の髪に顔を埋めた。京子さんの髪はいつも、彼女が花屋であることを証明するような、甘い香りがする。

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