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Calling you

作者: TO-RA

まさか、こんなことになるなんて。


「お電話ありがとうございます。××ケーブルコミュニティサービスでございます」

 

 毎度かわりばえしない、マニュアル通りの応答文句。俺はわざと怒った口調で言う。


「お電話ありがとう、じゃねえだろう。まずは名乗れよ、客に対して失礼だろうが!」

「……申し訳ありません、お客様、本日はどういったご用件で」

「お客様じゃねえよ! 俺は田中ってんだよ、おめーは誰なんだよ!」

「山口と申しますが」

「おい山口、てめえんとこのコールセンターに中野って女がいんだろ、代われ」

「申し訳ありません、中野はただいま別の電話で対応中でございますので、わたくしがご用件を承りますが」


 俺はすかさず通話終了ボタンをタップ。

 それからリダイヤル。某ケーブルテレビ会社のコールセンターへ繋がるナンバーだ。


「お電話ありがとうございます。××ケーブルコミュニティサービスでございます」

「中野ってオペレーターに代わってほしいんだけど」

「……わたくしが、中野でございますが」

 電話の向こうにいる女が、途端に息を飲み、怯えた様子になる。

 俺は深く息を吸い、一気にまくしたてた。


「おい中野! おめー、先週言っといただろうが! 俺んとこのポストにてめえの会社のチラシ入れるんじゃねえよ、何度も何度も、迷惑なんだよ!」

「申し訳ありません、先日も申し上げましたが、お客様がお住いのマンションは、弊社のケーブルテレビのサービスが提供されておりますので、全世帯のポストに定期的なお知らせを投函させていただいております、あしからずご了承ください」

「いらねーんだよ! メンテナンスのお知らせだの、日程調整票だの、毎回うざいんだよ、ゴミになるだけなんだよ! なんでテレビ見てるだけでいちいちそんなしょーもない紙きれを人様の家に突っ込みに来るんだよ、馬鹿なんですか!?」

「……すみません、でも、会社の方針として」

「すみませんってなんだよ、申し訳ありませんだろ!」

「申し訳ありません」

「なんだよ。申し訳ないって謝るってことは、やっぱ迷惑行為働いてる自覚あんだろ? だったらやめりゃいーじゃん。やめろってお願いしてんのになんでいうこときいてくんないの? あんた無能? 耳ついてる? 脳みそすっからかんかよ、日本語わかりませんかー?」

「お客様のご要望で、最新機器サービス提供の情報など、ご不要と思われる広告につきましては配布しない措置はいたしております。ただ、今回のお知らせは年内に必ず受けていただく定期メンテナンスの日程調整のご案内ですので、作業部門の者が投函したものと思われまして」

「あんたマニュアル読みながら喋ってんだろ、今? 必ず受けていただくメンテナンスってなんだよ、その上から目線なえっらそーな態度!」

「……もうしわけありませ、」

「謝ってんじゃねーよ、ぜんぜん気持ちがこもってねーだろ、ああ? マニュアル音読繰り返すだけの低能が!」

「ごめんなさい、でも、」

「声がちっせー! 何いってんのかぜんぜんわかんねー!」


 俺はその後二時間ぐらい、中野に向かって罵詈雑言を浴びせ続けた。どーせ学歴もねーからこんなしょぼい仕事してんだろ、要領の悪いブスだからろくな男とも結婚してねーんだろな。独身か? おめーみたいな女とくっつく男なんかいないし、いたらクズだろ、どっちもクズ。とかなんとか。


 中野は律儀に通話も切らず、俺が息をつく合間に申し訳ありません、すみませんと謝罪の言葉を延々と繰り替えす。マジで要領が悪い。これだから中野との通話は面白い。

 前に目をつけてたオペレーターは、最終的に逆ギレして俺に食ってっ掛かってきやがった。お客様に対してあの舐めた態度、たぶんクビになったか、コールセンターのオペレーターなんかに嫌気がさしてやめただろうなあ。


「――お客様、失礼ですが中野に代わりまして、藤原がお受けいたします。このたびは、弊社のサービスに関して貴重なご意見をお寄せ下さり、まことにありがとうございます」


 おっと。担当が変わった。

 きびきびした口調で事務的に話す女。たぶん、スーパーバイーザーって奴だろ。モニタリングを切り上げて登場か。はいはい、そろそろ撤収しましょ。


 俺は無言で通話を終了した。ああ、今日もいいストレス解消になった。顔も見えないバカ女相手に悪口雑言ぶちまけるのは実に気持ちがいい。精神的公衆便所ってやつだな。もしくは、サンドバッグか。


「あー、すっきりした」


 そんな調子で、俺は週に一回は必ず中野ってオペレーターを標的にコールセンターへ電話をかけ続けた。そのうち俺も女の声をおぼえたので、中野が出るまでは無言切りするようになった。


 そんな習慣が三カ月も過ぎた頃。




「……っかしーな。だいたいこの時間帯だと、中野にあたる確率が高いんだけど」


 何べんかけても、あの微妙に掠れた小声でビクビクしている中野の声が電話口に出ない。つまらん。


 十五回チャレンジして不発に終わった俺は、仕方なく次のコールで出たオペレーターに「中野と代わって」とダイレクトに交渉した。

「申し訳ありませんが、このお電話ではオペレーター間での取次は行っておりません。ご用件はわたくしが承ります」


 おめーじゃダメなんだよ、ばーか。


 俺は通話終了ボタンを押した。固定電話だったら、思いっきり受話器を叩きつけてたところだ。


「ちっ、つまんねーの」


 しょうがない。今日はあいつ、休みだったのかもしれないしな。


 週に一度のストレス発散だったのに、かえってストレスがたまりそうだぜ。

 あーったく、中野のくせに休んでんじゃねーよ。おめーは常に俺がぶっ叩きたい時に存在する心のサンドバッグになってりゃいいんだよ!


 俺は別の会社のコールセンターにいたずら電話をすることにした。そろそろ、中野以外の標的を探そう。あのマヌケのブス女(実際は美人だったら笑うwww)には、そろそろ飽きて来たしな。




 それから数週間後。

 俺は夜中の2時過ぎ頃に、スマホの着信音で目覚めた。

「誰だよ、うぜぇ……」

 こんな時間にかけてくる馬鹿は誰だ。応答する気はないが、音がうるさいのでとりあえず拒否しようとして、急に気づく。


「俺、電源切ったよな……」


 夜中に着信があるとうるさいので、俺は寝るときにいつもスマホの電源を落とすのだ。


「っかしーな。切り忘れたか?」


 とりあえず応答拒否にして、電源も切った。なんか用事なら、メールしてくるだろうし。朝起きてから確認すればいい。


 もういちど寝直そうと横になり、うとうとしてきたところで、また着信音がなった。異様にでかい音で。


「おいおい、マジかよ……」


 電源切ったのに勝手に起動するって、故障か?

 さすがに目が覚めてしまったので、俺は電話に出ることにした。

 番号は、スマホで登録してないやつだ。いったい誰だ?


「もしもし?」

「……」

「……もしもーし?」

「…………」

「おい、いたずらなら切るぞ!」

「……」

「ったく、ふざけやがって」


 俺は通話を切った。こんな時間帯に無言電話とかうぜえ。速攻で着信拒否にした。


 次の日の夜、寝る前に電源を切ったのを確認して、俺は布団にもぐりこんだ。

 

 日付が変わった頃、真夜中の二時過ぎに、またスマホの着信音が鳴った。


「おい、嘘だろ……」


 電源は切った。確実に切ったはずなんだ。なのに勝手に起動してやがる。しかも、よくよく考えたら俺が設定してるのとは全然違うベルの音だ。


 画面で番号を確認する。なんか、見覚えがあるようでないような。

 昨日の電話番号と同じような……?

 でも着信拒否にしたし。かかってくるわけないよな。

 俺は枕元のスタンドライトをつけ、仕事用のバッグの中をあさってメモ帳とボールペンを取り出し、液晶に表示されているナンバーを一応メモった。念のために。

 それから、応答ボタンをタップする。


「――もしもし?」

「………」

「おい、昨日のやつか? 何か用か?」

「………………」

「何か用かって聞いてんだよ!!」

「……………………めんなさい」


 ぷつっ、と音がして、通話は切れた。


「……めんなさい?」


 めんなさい。――ごめんなさい?


「何がごめんなさいだ、ボケーーーー! 謝るぐらいなら二度とかけてくんな!」



 俺は怒りにかられ、相手にどういうつもりか問いただすためにリダイヤルした。番号はわかってるんだ、このやろー。


「――こちらは〇〇です。お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」

 

 んなバカな。さっきは通じたじゃねえか。断じて番号は間違ってねえぞ!


 しかし、何度かけ直しても結果は同じだった。

 お客様がおかけになった番号は、現在使われておりません。


「わけわかんねー」


 俺はスマホの電源を切り、布団にもぐり込んだ。

 結局、朝になるまで熟睡することはできなかった。



 それ以来、毎晩決まって夜中の二時過ぎに無言電話がかかってくるようになった。

 しかも、最後に必ず「ごめんなさい」と言って切れる電話だ。


 そのうちに、俺は気が付いた。

 あの声を、俺は知っている。


 そう。あの妙に小声でちょっと掠れていて、みじめったらしい女の声。


「――中野か」


 あのアマ。俺の電話番号を調べて嫌がらせの仕返しをしようってわけか。上等じゃねえか。


 次の日、俺はいつものコールセンターの営業時間開始と同時に電話をかけた。


「中野って女いるだろ、出せよ」

「お客さま、このお電話ではオペレーター間の引継ぎはできません、ご用件は――」

「うるせえ! 毎晩毎晩中野が俺んちに迷惑電話かけてきてんだよ! 証拠もあんだよ! 00〇ー××12-×〇××って番号、中野のスマホかなんかの番号だろうが? あいつがかけてきてんのは声でバレバレなんだよ、わかってんだよ! おい、業務上知り得た顧客情報を社員が悪用すんのは会社的にNGなんじゃねえの!? 訴えるぞ、このやろう!」

 

 俺は、なんだかんだ理由をつけて渋るオペレーター相手にとにかく中野を出せと要求し続けた。

 30分ぐらい押し問答を続けた頃に、ぷつっと音がして回線が入れ替わる気配がした。


「――お客様」


 落ち着いた女の声。たぶん管理者だろうと思わせる、事務的で妙に威圧的な声だ。


「大変申し訳ありませんが、中野は現在、弊社の社員ではございません」

「はあ? んだよ、やめたのかよ。やめたって迷惑行為は立派な犯罪だろうが。顧客情報の漏えいはお前んとこの会社の責任だろう!? どう落とし前つけてくれんだよ!!」

「お客さま。中野は確かに弊社の社員ではありましたが、二週間前に亡くなりました」

「…………は?」

「よって、お客様の番号に迷惑電話をかけた人物は中野ではないと存じます。ご了解ください」

「おい、うそだろ」

「それでは、他にご用件がないようでしたら、以上で通話を終了させていただきます」

「うそだろ、なあ。おい」

 

 電話は切れた。

 俺はしばらく、口を半開きにした状態で何もすることができなかった。




 それ以来、真夜中の無言電話は途切れずに続いている。毎晩、決まった時間に。

 電源を切っても着信音は響く。マナーモードにしたり、音量を下げて聞こえないようにしても、なぜかその電話にだけはスマホが勝手に反応する。

 しかも、俺が応答ボタンを押さなくとも、勝手に通話が始まるようになった。

 長い長い無言状態の後、最後にかすかに「……ごめんなさい」と言って切れる電話。

 番号は常に同じで、現在は使われてないはずの番号だ。


 スマホの調子が悪いと言って、機種を変えた。番号は、会社やいろいろな取引先に登録していることもあってすぐに変更するわけにはいかず、せめて電源を切ることで通話を拒否できないかと望みをかけた。


 やっぱり、夜中に電源を切っても結果は同じだった。

 

 俺は、明日こそ番号を変える手続きを取ることに決めた。



 その夜は、スマホをバスタオルでぐるぐるに巻いて音が漏れないようにし、寝床から遠いドアポストに突っ込むことにした。せめて音を少しでも遠くし、聞こえないように。


 ポストにスマホを突っ込もうとした時、急にバイブ振動が始まった。


「うおっ」


 ビビった俺は、思わずタオルでくるんだスマホを手から落とした。

 時刻は11時。例の無言電話がかかってくる時間じゃない。


 俺はタオルの中から振動するスマホを取り出し、画面を見た。非通知番号だ。

 応答するかしばらく悩んだ末、電話に出ることにした。



「……もしもし」

「……………………」


 無言かよ。かんべんしてくれよ!


「おい、頼むからやめてくれ。中野の関係者か? 誰なんだよ!」

「……………あんたのせいよ」

「は?」


 知らない女の声だった。くぐもった、怒りを押し殺したような声。


「彼女が死んだの、あんたのせいだから。自殺したのよ。あんたがしつこくクレーム電話かけてきたせいで鬱になって首つったの。おぼえておきなさい」

「おい、誰だお前」


 電話は切れた。


 中野は自殺した? 俺の電話を苦に自殺したってのか。冗談じゃねえ。なんでそれぐらいで死ぬ。クレーム対応に悩んで鬱とか、どんだけ精神弱いんだよ!!


 今の電話は、中野の元同僚だろうか。それとも友人? 

 なんなんだ。なんでわざわざ、中野が自殺したと俺に言うんだ。


 じゃあ、真夜中二時過ぎにかかってくるあの無言電話は。


「中野ちゃんが、死んでも俺を恨んでかけてくる電話ってか……?」


 そんなことあるもんか。ぜったいに、ありえない。あってたまるか。



 俺はスマホをマンションの外のゴミ捨て場に捨てた。

 明日になったら、番号を変えた別の機種を買うつもりだった。





 真夜中に、着信音が鳴った。

 しかも、めちゃくちゃ近いところから聞こえる。枕元。

 枕の、下?

 嘘だろう……。


 俺は布団に横たわったまま、枕の下に手を入れて探った。

 指先に、固い金属の感触がした。

 がばりと起き上がり。枕を持ちあげると、

 そこに、数時間前にゴミ捨て場に捨てたはずの俺のスマホがあった。



「うわあああああああ!」



 俺は布団の上で腰を抜かした。両手をついてずり下がりながら、ベルを鳴らし続けるスマホを蹴る。

 スマホは壁にぶつかった直後に、通話状態になった。


 長い長い沈黙が続く。なぜか今回は、ザザーッ、というノイズ音が聞こえた。テレビの砂嵐状態みたいな。それから、ラジオをチューニングするみたいな、キュルキュルという耳障りな音が。


 耐え切れなくて、俺は叫んだ。


「中野か? やめろよ、もうやめてくれよっ!」



 ざざざー、ががっ、というノイズ音に混じって、女の笑い声がした。


「……ふふっ、……ごめんなさ…………ごめんなさい、ふふふふごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃあああああああああああああいいぁあああああああ!!!」



 その後、俺は朝まで気絶していたらしい。





 ――それ以来、俺は業務用に会社で支給されたスマホ以外、持つことができなくなった。


 無言電話は、それっきりかかってこない。


 ただ、夜中の二時過ぎに、マンションの部屋のインターホンが鳴るようになった。

 それから、ドアノブをがちゃがちゃと回す音がしたり。

 ベランダ側の窓を、きいきいと引掻く音が聞こえたり。


 そのうちに、俺以外誰もいないはずのマンションの部屋の中で、誰かの気配を感じるようになった。

 

 朝、洗面所で鏡をのぞいた時。

 一瞬、背後に誰かの影が映ったような。




 中野はいまだに、俺に対する嫌がらせをやめる気はなさそうだ。




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