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曇り空とレモン

作者: 茶利休

生まれ育った町の、古道具屋の白い壁に描かれた少女と青空と赤い屋根の家の絵をふと思い出した。

安穏とした古い絵柄だった。

小さな頃、こういった風景がどこかにあるような気がしていて、平穏な日々の象徴となって古ぼけた白壁の中に夢を見ていた。

オーバーオールを着た頬の赤い少女。空を描く青いペンキと屋根の赤が古い絵にも関わらず鮮やかだった。


この子は幾つなんだろう。

季節は夏だろうか。

休日だろうか平日だろうか。


その絵の背景を考えるのが好きだった。願わくばこれは特別な日の描写ではなくて、その女の子の日常が描かれたようにいつもこんな日々であったらよいと思っていた。こんな穏やかな日が世界のどこかに存在していてほしい。


明るく単純で平穏――理想。


ああ。

気づくと自分がそんな空とはかけ離れた北陸の曇り空の下で土壺に嵌って二進も三進もいかなくなっている。


現実逃避。


隣の席の女の子2人のお喋りに出てきたケイシくんとやらの字が「桂枝」だったらいいな。風流で。

今見たネットニュース。

あのお堅い官房長官が新元号発表に緊張していると笑っている。


ミスドの2階。座り心地のいい椅子。

梶井基次郎の檸檬。

ぬるくなってきたホットティー。

レモン果汁そろそろ入れようか。


窓の外、不安定な曇り空の下、繁華街の大きな通りを車が流れていく。

日曜の午後六時過。


自分の心臓以外は何だか日常であった。

ああ、何かが雲ごと私の心臓と肺を圧し潰そうとしていた。美しい解決法のない、どちらに転ばしても捨て難い物を救えない問題にぶち当たってしまっていた。

この所、意識があるうちはそれについて考え、寝ても夢に見て、日毎に出る結論が変わった。

これはいけないと思い、今日は好きに過ごそうと読みかけの檸檬をリュックに入れて出かけた日曜日。


紅茶にレモン果汁を入れる。

そんなに紅茶がカップに残っているわけでもないのに殆ど入れ切ってしまった。

しまったと思ったが遅かった。


どちらかは近いうちに転ばさなければならない。

どちらかを捨てねばならない。


わかってはいたが。


冷たくなったレモンティーを口に運ぶと、苦味と酸味で舌先が痺れた。眉間までもひくつく。


耐えきれずカップの底に少し残してトレーごと片した。明るい色のレモンティーの液面が揺れる。


結論は出ない、今は結論は出さないというのが今の最適解だ。


いつの間にか氷雨が地面を打ち付け出していた。

青い空は当分見られそうにない。


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