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俺の話を聞け

「………灰苑が」

「はい?」

「灰苑がちゃんと話し合えと、わかり合うためにも、だから」

「お互いの嫌いなとこを?」

「どうして!そうなるんだああ!!」


 話が噛み合わないな。でもどうやら私と話したいだけなようだし、紫苑が疲れた顔をしているのでベンチの空いている隣を手でポンポンと叩く。


「どうぞ」

「う………」


 恐る恐る座った彼は、ちらっと私を横目で見てから前方の何もない所に目を向けた。近くで見る横顔は、なかなかカッコいい。観賞にはもってこいだな。これで性格が良ければ惚れちゃいそうだ。


「誤解しているって何がですか?私が嫌いではないと?」

「あ、あ……うう、そうだ」

「大嫌いなんですね」

「ぐるる」


 不服そうな顔だ、竜化しそうなほどに。


「…………お前はそんなに嫌なのか?俺との婚姻が」

「嫌です」

「あぐっ」


 言った瞬間、紫苑は胸に刃が突き立てられたように息を詰め、死の間際のような苦しみの表情を浮かべた。


「だって貴方私と会って直ぐに足にキスしろって言いましたよね?!それで好感もてますか?足にキスですよ?足にですよ?どこ歩いたかわかんない靴に口付けて私を細菌感染で死に至らしめるという意図があったんですよね?足舐めさせて殺すなんて陰湿すぎやしませんか?」

「うああああ、舐めろとは言ってないし、そんな遠回しに殺したりせぬ!」

「足にキスしろですよ足にキスしろ足にキスしろで」


「黙れ」


 責めに耐えかねた紫苑が私の口をシュバッと手で塞いだ。直接窒息させて殺る気か!


「んんんー、んむむ!」

「う……うあっ」


 口を塞いだ手を、また直ぐに離した奴が、その震える自分の手のひらを見る。


「さ、触っちまった!くち、唇の感触が、やわらか、ヤバい、はああ」

「人をバイ菌扱いしないで下さい、ヒドい」

「ちがっ、あああ、もう黙れ!俺の話をちゃんと聞け!」


 奴の反応が大げさで、見ている私も次第に疲れてきたので黙って頷いてみせたら、それを確認した紫苑が短い銀髪をくしゃくしゃと掻いてから私に顔を向けて見つめてきた。


「あれは……足にキスしろと言ったのは、自分を試すためだ」


 言ってから恥じ入るように目を泳がせている。


「なるほど、私をどこまで嫌いか」

「だから黙れと………話を聞け」


 肩を落とし覇気を無くした竜が弱々しく私を見ている。


「お前言ったな、番を理由に結婚するのはどうかみたいなこと。俺も知りたかったんだ。番だから惹かれるのか、ローゼ自身に惹かれるのか」

「私にはわからないんですが、番だから惹かれるっていうのは嘘っぽいですよね。それがなぜあんな暴挙に繋がるので?」


「…………気づかなかったのか……俺はさっき告白をし」

「惹かれるからって好きとは限りませんよね、それで?」


 俯いている奴の耳が赤い。


「お前が困る姿を見た時、俺は自分がどんな気持ちになるか知りたかった。知れば自分の中にあるお前への気持ちが、真実か分かる気がしたから」

「…………初対面で、気持ちも何もないですよね?」

「……………………」


 顔を両手で隠して沈黙する紫苑を見ていると、何かが違う気がしてきた。


「ええっと、ちなみに私は初対面で貴方が嫌いだという真実を目の当たりにしまし……」

「ローゼリア」


 ガッ、と両手が私の頬を覆った。いきなりの俊敏な動きにびっくりしていると、ゴクリと喉を鳴らした奴の覚悟を決めたような顔が間近にあった。


「俺がいつお前を嫌いだと言った……う、ほっぺ柔らけ……っ堪えろ俺、む、むしゃぶりつき……だ、だめだ」

「え?いろいろわかりませんが」


 私の頬を包んだ手が、震えながら上下に撫でさするので、私の頬がぐにぐにと形を変える。変顔でもさせたいのだろうか。


「く、お、俺は!お前が!すすす」

「すすす?」


「あっ、殿下ようやく見つけましたよ!」


 探していたらしい侍従さんが広場に走ってきて、奴の腕を掴んだ。


「す、す…」

「さあ仕事が溜まっています、帰りましょう!ローゼリア様、折角の甘いひとときを邪魔する無礼をお許し下さい」

「ローゼっ」


 奴は、なぜか縋りつくような目をして、しきりに口を動かして言葉を探すような素振りを見せる。


「いえ、甘いひとときなんて。殺伐として喧騒に満ちたひとときだっただけですよ。どうぞこの竜持っていって下さい」

「は……はい、では」

「待て、待ってくれ、俺は」


 引き摺られるように連れて行かれる彼を見送り、しばらく考えた。


「すすす……に続く言葉ってあるかな」



 **********************


 その夜。私は緑水さんに体を揺すられて目を覚ました。


「どうしたんですか?」


 よほど慌てたのか開け放たれたままの部屋の扉の外から、多くのヒトの声や足音が聴こえた。


「ローゼリア様」


 ランプの灯りで見る緑水さんは、いつもの落ち着きのある彼女らしくなく動揺して、私を見たかと思えば後ろを確認するように振り返る。


「緑水さん?」


 彼女の冷たい手を、そっと握ると、我に帰ったように私に視線を合わせた。


「どうしてこんなことになったのか……陛下が…崩御なさいました」

「え!?」

「先程……突然」


 まさか?

 つい数日前に会った時には、病気とはいえ調子は良いようだったのに。


 急いでベッドから下りて、着替えを用意しようとクローゼットを開ける。


「とにかく陛下のところへ向かいます、用意を」

「お待ちを!」


 緑水さんが叫んで部屋の扉を閉めた。


「………ここにいて下さい」

「でも」

「陛下は病で亡くなられたのではありません。毒殺されたようなのです」

「え……」


 私は扉を背にした彼女の肩が小さく震えているのを見た。


「毒を盛った疑いで……殿下が捕縛されました」

「……殿下…まさか紫苑が?」


 すうっ、と体の芯が冷えて……凍るような感覚に襲われた。













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