救いの竜4
「ここ、子供の時によく遊んだ場所だな」
黒苑が懐かしげに言いながら、大剣を手にした。
白銀国の王城のある山から西へ進み、更に一つ山を越えた所にある広い野原。
「ああ、あの頃は殴り合いの喧嘩もしょっちゅうしていたが、仲直りがしたくなると、ここへ来たものだ」
太陽を受けて、目一杯花びらを開かせる花達を眩しそうに眺め、紫苑は返した。
「そんな時は、いつも先にお前が来て、俺を待っていてくれたな………黒苑」
「ここにいたら、必ず探しに来てくれると思っていたから、今も。だが……」
大剣を斜め上段に構え、黒苑は紫の瞳に闇を潜ます。
「だが今回は仲直りは無理そうだな、兄上!」
助走を付けて身体を捻った反動で加速した剣が、紫苑へ襲い掛かる。両手で槍を支えて剣を受け、押し返すと一歩踏み込み、槍先を突き出す。
「く!」
「父上、白霧、灰苑、白銀国の皆、それに黒苑……お前も。10年前、俺がローゼを見つけなければ傷付かずに済んだ者のことを思うと申し訳ない。黒苑、お前にとても苦しい想いをさせてしまった………すまなかったと思っている」
刃を身体を反らして避けると、黒苑は鼻で嗤った。
「今更だな、償いに来たわけではないだろうに。俺を救うと言ったな?そのつもりなら、俺の番を返せ!」
「………断る。俺は多くの者を犠牲にしても、ローゼを見つけたことを後悔したことは一度たりともなかった!それに、俺を選んでくれたのはローゼ自身だ!」
槍の先を、稲妻が生き物のように這い上がる。迷うことなく突き出されたそれを避けきれず剣で受けると、黒苑の身体を電流が走った。
「ぐ、う!だから、何だと言うのだ?ローゼを俺から奪ったのは兄上だろうに!」
横手に払った剣を飛びすさって避け、紫苑は初めて弟を鋭く睨んだ。
「そうだ。俺は臆病で、彼女を手にしたら、それ以外の全てから目を背けて知らないふりをしてきた。でも気付いたんだ、そうすることで彼女が傷付いていること………俺が悲しんだり悩んだりする度に、彼女も辛い思いをする。お前が狂っていくことは、俺もローゼも望んでいやしない」
「俺を救うとは、狂っていくのを止めることか?ローゼが俺を受け入れないのに、貴方に俺を救えるのか?」
「……………………………」
「俺を殺しに来たんだろう?それとも俺に殺されに来たのか?」
何度も頭を振り、紫苑は対峙する弟と同じように、苦しそうな顔で声を絞った。
「分からない………だけどお前を見捨てないし、ローゼを離したくない」
「それなら、貴方が死ぬしかないだろうに!」
叫んだ黒苑が地面を蹴った。刃の軌跡が幾度も兄に向けて流れる。
紫苑は、後退りながらも剣を長槍で受け止め続けた。
「兄上に分かるか!どんなに愛しても、愛されない苦しみが!他の竜を受け入れた番を目にした俺の苦しみを!」
槍を避けて、大剣が紫苑の腕を僅かに斬った。
「黒苑っ」
「貴方が憎い!貴方はいつも俺から大切なものを奪い去る!」
脇腹を剣が掠める。
「どんなに顔が似ようが、魂の形が似ようが、同じ日に同じ場所で孵った貴方に俺はなれない!同じ番を愛しても選ばれないなら、貴方を消し去り、俺が貴方になるしかないじゃないか!」
傷を負ったのは紫苑の方なのに、苦悶に顔を歪めて、血を吐くように叫ぶのは黒苑の方だった。
腹の傷を片手で庇った紫苑は、初めて聞く弟の本心に目を見張った。だが直ぐに悲しそうな顔をした。
「お前はローゼを本当に愛しているのか?選ばれることを望むのは、お前の欲だろう?お前は………ローゼの気持ちを考えたことはないのか?ローゼの心を愛さないのか?お前が誰かを害するたびに傷付いているローゼに何も感じないのか?」
虚を突かれ、間合いを取った黒苑は剣を下げた。
「………兄上には分かるまい。相手を傷付けても求める想いなど……ああ、そうか。俺はそこから、狂って…」
ハハ、と乾いた笑いを漏らす。
「狂うほどの想いが愛情じゃないなら何だと言うのだ?俺はそれほどにローゼを愛している!」
「違う」
長槍を下げ、紫苑は俯いた。
「黒苑、お前は本能で求めているだけだ。執着、独占欲、自己満足……竜族の残酷な習性が、お前を狂わせている」
「貴方も同じだろう!」
「いいや、俺は少なくともローゼの幸せを願っている」




