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俺は捜してる

 

「聞いた?ローゼリア様が陛下に婚約破棄を願い出たそうよ」

「知ってる!まさかあの紫苑様を振るなんてねえ。とても勇気がいることだわ、すごいわ」

「番であるのに振るなんて、なかなかできないことよ。なんか尊敬しちゃうわ」

「紫苑様に振られるヒトはいても、振ったりする相手はいなかったものね。正直スカッとしたわ」


 ヒソヒソヒソヒソ……


 侍女さん達が私を見る目が違う。

 おかしい……

 ほんの少し前は、私のことを警戒や困惑の目で見ていた彼女達が今、不思議と熱い眼差しを向けてくる。


「あはは!ローゼ傑作!」


 何がそんなにおかしいのか、灰苑様が体を折り曲げて笑い転げている。


「笑いすぎですよ。結局陛下に反対されて婚約破棄できなかったんですから、ここは悲しむとこなんです」

「ぶ、ははは」


 私が項垂れているのに、なんで楽しそうなの?


 でも、そんなふうに笑える灰苑様に安心する。お母様のことがあるから辛い思いもしているだろうに、こんなふうに屈託なく笑顔を向けてくれて良かった。笑う理由はいただけないが。


 城にある中庭は大変広い。城の騎士達が竜化して鍛練ができる運動場があったり、川の流れる散歩道があったりして周りを一周すれば一時間は掛かるのではないかと思う。

 その中の一画に、良い香りの花が咲き乱れる植物園のようになっている場所があり、大樹の根元にあるベンチで私と灰苑様で3時のおやつにしている。


「なんだかなあ……」


 足をぷらぷらさせながら、灰苑様は私に困ったような顔をする。私があいつの話をする時は、この子竜は大体こんな表情をする。


「うーん、ローゼは兄様を誤解してるんじゃないかな?」

「そうですか?私は正しくあのヒトが冷酷なボンボンにして挙動不審で落ち着きのない竜だとわかっていますよ」


「あははは、ボンボンって!そっか、ローゼの前だとそうなるんだね!ふうん、番を前にして、ある意味凄く強靭な精神力の持ち主だ」


 また笑いが振り出しに戻ったようだ。


 そんなに笑うとこかな?

 灰苑様の笑いが治まるまで、紅茶を飲みクッキーをかじる。

 クッキーは私のお手製だ。

 午前中お妃教育なるものがあるが、午後は自由にしていいので厨房を借りてお菓子作りをしている。手を動かす作業は苦ではない。

 作ったお菓子は灰苑様や黒苑様、侍女さん一同にお裾分けして味をみてもらっている。奴はナシだ。


「はあ、もう絶望的です。婚約破棄どころか結婚式の日取りが2か月後に決まっちゃうなんて、愛のない夫婦生活が目に見えてるのに」

「そうかなあ?でも君の長寿は約束されるよ」

「そ、そんなの余計嫌です」


 この子分かって言ってるのかな?


 確かに竜と結婚した人間は老化も止まり長寿になるという。 それは竜の精を身に受け続けることで、僅かに竜化するからだ。妊娠して竜の子を生めば尚のこと……


 あ、あいつと……………あいつと?!


 あのアメジストの瞳が……

 あの大きな手が……長い指先が…

 あの柑橘系の香りが……

 あの腰に響く美声が……


 わ、私に……!


「いや待って!あいつは私を嫌ってるんだからないわ!ないない、しっかりしろ私」

「ローゼ、想像したの?」

「え、な、うー、もうおませな子ね!」


 誤魔化して、灰色髪をくしゃくしゃと撫でると、くすぐったそうに声を出して笑う。

 灰苑様は、とても可愛い。紫苑とは結婚しなくていいから、この子の姉にはなりたい。


「ローゼ、大丈夫だよ。兄様は冷静沈着で、政を行う時は非情な決断を下すこともあるけど本当は優しいヒトだよ。きっとローゼを幸せにしてくれるよ」

「冷静と優しいの部分が違うので、それは信じられません。でも……」


 灰苑様を抱き締める。驚いていたが、すぐに私に甘えて身を預けてくれた。


「結婚から逃げられないなら私……紫苑を好きになるように努力します」


 それを聞いて、軽やかな笑い声を立てていた灰苑様だったが、急に体を起こして立ち上がった。


「噂をすれば……兄様の匂いが近い。ローゼを捜しているのかも」

「だめ、灰苑様、いつものお願いします」

「了解、クッキーの礼を返すよ!でも結婚するまでだからね」


 いつもの妨害工作を依頼すると、悪戯っぽい笑顔で灰苑様が駆け出した。

 竜の中でも鼻の利く彼がいてくれて助かる。

 背後の大樹の裏から二人の声が聴こえてきた。


「兄様みっけ!」

「灰苑、またお前……」

「兄様、暇なら遊ぼう!」

「俺は用事が」

「わあい!」

「こら、灰苑!俺はローゼを捜して……」


 なかなか楽しそうな様子なので、そうっと大樹の陰から覗いてみた。


 紫苑に肩車をさせて灰苑様は、はしゃいで喜んでいる。

 うん、お兄さんもぶつぶつ何か言っているが、まんざらでもなさそうだ。ちゃんと落ちないように灰苑様の足を持って歩いてやっている。


 片親が違っても兄弟の仲は良さそうで、微笑ましい。


「………いいなあ」


 チクリと胸が痛んだ。

 紫苑が少しだけ笑ったのだ。それは弟にだけ見せるのだろう気を許した優しいものだった。

 陛下に婚約破棄を願って拒否られた時に、一度見せた意地悪そうな笑みとは違う、とても優しい笑み。私には見せたことない種類の笑顔。


 私はずっと一人で生きてきたから、あんな笑顔を向けてくれるヒトがいる灰苑様が、羨ましい……のかな?














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