表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/71

導く竜2

 

 重たそうな厚い雲が空を覆い、舗装された道を歩く紫苑が、嫌そうに天を睨んだ。


「降りそうだね」


 濡れるのは嫌だな、また風邪を引いたりして心配させたくない。


「体が冷えると動きがどうしても鈍くなる。何かあっても対処できないかもしれない」

「あ、そっか。竜族だものね」


 気温の変化に弱い彼の、緩慢になった様子を見てみたいと思ったのは黙っておこう。


 ここはアースレンの中でも有数の商業都市ゴーラだ。アースレンは白銀国と並ぶ巨大国家だが、周りには人間の治める数十の小国があり、各国からの物流の大半がゴーラを通り、首都ソリュシアへ向けて運ばれる。


 たくさんの店が並び、珍しい他国の品々が店頭に並んでいて見ているだけで楽しい。雨に備えて、屋根の無い店はパラソルを代わりに広げたりしている。

 人通りも多くて、見慣れない顔立ちや民族衣装を着た人もいる。


「どこかでご飯にしようか?」


 繋がれた手を逆に引っ張って、『多国籍レストラン・ドラゴンブルー』と書かれた看板のあるブルーで統一された建物に入ってみた。

 店内は、ベタな名前の割にはシックでお洒落な雰囲気の内装で、私達は隅の窓際の席に座った。


 メニュー表には、『美食家の竜も唸る』との謳い文句と共に長い料理名が並んでいる。


「…………………よくわからないな」

「…………人気メニュー『黄金色の雫~希少茸マニアッソンのエキスは美容にいい、そのパスタと前菜三種とデザート付き、お好みでパン付けます~』を2つお願いします」


 選ぶことを放棄した王子様に代わり、注文を頼んだ。分からないときは、人気メニューを選べばハズレはない。


 メニューを見て楽しんでいたら、紫苑が私をじっと見ていることにふと気付いた。


「紫苑?」

「………ゴーラの町は楽しいか?」

「うん。私自分の住んでいた町以外、殆ど出掛けたことがなかったから、凄く新鮮で面白いわ」

「そうか」


 窓からは、ひしめき合う店や賑やかに人々が行き交う光景が見える。こんなに人がいたら、私達二人なんか紛れても分からないんだろうな。

 ほんの10年前に戦争をしていたとは思えないぐらい都市部では開発が進み、戦の傷跡は表面上は目につかない。まだ遠い地方では荒れている部分はあるが、それでもめざましい復興は、実は白銀国の手厚い資金援助のお陰らしい。


「ここを通って北へ進めばサンザル山脈に出る。目立たない所で竜になって、山脈を越えてずっと遠くの小さな国にでも……」


 そう言う彼の表情に、微かな不安が覗いている。


「誰も知らない所で、山奥の洞穴でもいいからお前を完全に隠してしまって、それから」

「どうしたの?」


 向かい側からテーブルに置かれた彼の手を握ると、降り始めた水滴が硝子を伝う影が、彼の横顔に掛かった。


「…………きっとこの天気のせいだな」


 私の手を両手に包み、紫苑は目を伏せた。


「お前の家の周りにいた見張りは、全て人間だった」

「え、黒苑様の手の者ではないの?」

「………もしかすると」


「お待たせ致しました。人気メニュー『黄金色の雫~希少茸マニアッソンのエキスは美容にいい、そのパスタと前菜三種とデザート付き、お好みでパン付けます~』です」


 紫苑が言いかけた時、注文の料理が目の前に運ばれてきた。きっちりメニュー名を省略せずに言い、店員さんが皿を置いた。


 湯気の立つ黄金色のスープにからめられたパスタは、とても食欲をそそる。


「何?何か言いかけたよね?」

「いや、憶測だからいい。それより食べるか」


 私の手を離し、紫苑はまずパンを手にした。


「………また今度、私ご飯作るね」

「ああ、あの食堂の料理はどれも旨かったな。ローゼも厨房で修行がてら作っていたな」


「うん。色々料理を教わったんだ」

「いつも仕事に真剣に取り組んでいたな。客には誰にでも笑顔を絶やさなかったし……そこのところは俺は気に食わなかったが。ち、男共の緩んだ顔といったら、そいつらは皆俺が灸をすえてやったがな」


笑顔なんて自覚してなかったな。


「………営業妨害してたのね」


 以前働いていた食堂に私を見に通っていた紫苑を思い出すと、笑いが零れる。あの頃、彼がどんな気持ちで見守っていたか私は全く知らなくて、紫苑はヤキモキしていたんだろうな。


「お前の手料理、楽しみにしておく」

「うん」


 でも何十年も何百年も洞穴に隠されて手料理作っていたら、きっと飽きるだろうな。


 窓に打ち付ける水滴の音を聴いていたら少し寒さを感じたので、熱々のパスタを口に運んだ。

 モチモチした麺とスープの旨味に、頬が落ちそう。


 紫苑と出逢わなければ、こんな美味しいパスタを食べることもなかっただろう。そう考えると不思議だ。


 一人だったら、私はあの町から出ずに一生を送っていたかもしれない。でも今の私には、以前のように一人で生きていく強さは無い。

 だって、紫苑が傍にいるから。


「寒くない?」

「いや、暖かい」


 また私を見ていた彼は、問いを緩く否定した。


「一人じゃないから」












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ