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番を知る人間

 

「こんなに……」


 白霧様が用意してくれていた鞄を開けると、私と紫苑の着替えやタオルに生活用品と財布に大金が詰まっていた。

 なんて気の利く方だろう。こんなにしていただいて感謝してもし足りない。


「ご無事だったらいいのだけれど」


 私達がアースレンに来て3日が経とうとしていた。白銀国の出来事は、まだこちらまで伝わってこない。国王崩御の報せは、おそらく伏せられているようだった。


 もうすっかり熱も下がったのだけれど、「休め」と煩い竜がいるので、部屋で大人しくしている。

 暇なので掃除をしたり、窓の外を見たりしていた私だったが、そこで白霧様から頂いた鞄を思い出したのだった。


「ん?」


 鞄の中の着替えの間に、一冊の本が挟まれていた。

 取り出すと、それは桜色をした手のひらサイズの本で割りと厚めの物だった。


「……『番とは?~貴女にも訪れる運命の出逢い~』って、白霧様……これを私に読めと?」


 竜族の女子は、こういうのを読むのかな、ちょっと意外。

 可愛らしい表装だし、タイトルは夢見る女子が好みそうな感じだ。


 表紙を見ただけで気後れしそうだったが、思い留まる。


「いやこの際、ちゃんと読んでおかなくちゃ。番については、私は感じ取ることはできないし、紫苑の私に対する気持ちを理解する為にもなるよね」



 これからどうなるか分からないが、彼とこの先も一緒にいるなら知っておくべきだろう。

 一人頷いて、ベッドに寝転んだ。

 幸い彼は、宿の厨房に昼食を取りに行って、まだ戻って来ない。甲斐甲斐しい竜だ。とても王子とは思えない。


 手にした本の最初のページを開いてみた。


『番とは、魂の深い部分で惹かれ合う、いわば運命の伴侶ともいえる存在。竜族には、番う相手を本能的に求める習性があり、これは人間には感じ取ることはできない』


「……運命の伴侶」


 これを書いた人はロマンチストなのかな。運命だなんて、大袈裟だ。


 番の定義のような話の後は、番を見付けられる確率の低さや、番を見付けられなかった竜族の生きることの苦しみや諦念感等が記されていた。

 これは私も知っていたり、白霧様に教えてもらったりした話だったので、ざっと目を通すとページを捲る。


「これは気になるかも」


 そこには、番を見つけた瞬間の竜族の感情について記されていた。


『まさしく雷に打たれたような衝撃と共に、心の奥底から沸き上がる感動と多幸感で満ち足りた気持ちになる。相手しか見えなくなり、世界が薔薇色に輝いて見える。尚これは、雄雌どちらの場合も同等の心情になる』


「ええ……?」


 確かに紫苑も、たった8歳の私を目の前にした瞬間、声を震わせて泣きそうなぐらい喜んでいたように思う。

 でもこんな気持ちになるのなら、彼らには一目惚れと変わらないんだろうな。本能で恋に堕ちちゃうなんて、素敵……なのかな?


「待って、番ってそもそも何で『そのヒト』でなければならないの?」


 なぜ紫苑や黒苑様にとって、番が私でなければならなかったんだろう?

 世の中には、彼らともっと相性の良いヒトはいただろうし、彼らに似合いのヒトがいたはずだ。私より美人なヒトは沢山いるし、賢いヒトも優しいヒトも魅力的なヒトもいた。


 まして、私は人間だ。

 生まれも育ちも国も種族も違う。わたしなんかより、ずっと彼らの傍らに立つに相応しい竜族の女性がいただろうに。


 指で文字を辿ると、ちゃんと書いてあった。


『番の相手に美醜は関係ない。相手の容貌、貴賤、身分、性格等よりも深い部分、魂のレベルで惹かれ合うからだ。その為、稀に種族を越え番を得ることもある』


 読んでいて、200年前に番となった竜族と人間の話を思い出した。

 その時は竜族の女性が、人間の男性と結ばれたのだと聞いている。彼らは今もひっそりと何処かで暮らしているらしい。


 人間の彼は、どんな気持ちだったのだろう。性別は違うが、私と同じような立場だった人だ。

 最初は、私のように戸惑ったのだろうな。

 人間にはない長寿を得た彼は、幸せにしているのだろうか。


 想像もつかないな。

 私は、これからずっと紫苑と生きていくのだろうか。その覚悟が、まだ足りない。


 次のページを捲る。読んでいたら、番って深い。


『番に出会った後に気を付けたいこと』

「気を付ける?」


『激しい渇望、独占欲、監禁したい欲、直ぐに巣籠もりしたい欲、誘拐したい欲、子作りしたい欲に駈られるが、深呼吸して落ち着こう。相手の了解を忘れず、理性を呼び戻すこと』


「な、なに、犯罪!?」


『尚これは雄の竜族に、かなり強烈に沸き上がる衝動であり、雌の比ではない。相手を本意ではなくても傷付けてしまう恐れがあり、危険なら相手を一時的に避難させるべきである』


 その時だった。部屋の戸を開けて紫苑が戻ってきた。


「ローゼ、何読んで」

「………そこで止まって、ちょっと距離を置こうか」

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