心を乞う竜5
「………そっか、私」
「何だ?」
「ううん、ごめんなさい。私ずっと忘れていたんだね」
昔のことを思い出したら、黒苑様が多分あの時から紫苑を欺くことを考えていたことがわかった。でもこの事は、このヒトには話さなくていい。
知れば、きっと悲しむだろう。兄弟なのだから。
「………ありがとう、紫苑。長い間私を支えてくれて。働いていた食堂が、10代から50代ぐらいまでの未婚の男性に人気が無かった理由がわかってスッキリしたわ」
「なんだかトゲがあるな。でも10年ぐらい短いと思っていたんだがな………とても長い年月のように思えた」
私の膝から起き上がった紫苑は、照れているのか目を伏せ気味だった。それでもベッドの端に腰掛け、私の傍に寄って聞いてきた。
「………なあ、お前は俺のこと本当はどう思ってるんだ?昔を思い出しても、それでも俺を……俺のことを」
弱気になって語尾が小さくなる彼に、笑いを堪える。黒苑様の言葉は、幼く傷付いた私の心に付け入って操り、紫苑の心を疑い受け入れないように仕組まれたものだった。
でも全てを思い出した私に、どうして紫苑を嫌うことができるだろう。今までの彼の言動の数々は不器用で素直じゃないけれど、それでも私のことばかりを思ってくれたものだった。
番だからという理由だけじゃない。
そこに心が伴っていた。これが好意や愛情じゃないなら、なんだというのか。
「この前私……好きって気持ちわからないって言ったよね?」
「あ……そう、だな。まだわからないか……」
ガッカリしている彼の顔を見つめる。人間よりも強い力を持つ竜族の、それも戦で手柄を立てた武人でもある王子が、私の言葉に一喜一憂してしまうなんて。
「紫苑、教えてくれたじゃない。ドキドキしたりするのが好きだって、私は今………ドキドキしてるよ。さっきギュッてしたいって言ったよね?」
「そうか………………………へ?」
聞き間違いかと思ったのか、彼は顔を上げて私をようやく見た。
「でもそれよりも……」
「ローゼ、今なんて?」
「動くな、紫苑」
いつかのを真似て、私は彼の頭を両手で固定した。
そして顔を少し傾けて、彼の頬に軽くキスを落とした。
目を丸くして固まった紫苑を直視できない。
「私は、貴方が可愛いと思うよ」
「……………は、あ…か、可愛い?」
「貴方が思う好きっていうのとは違うかもしれないけど……私は」
かあっと顔が一気に赤くなって、慌てて両手で隠した。
「わ、わたしは貴方がいとおしいと、思って……る」
「………………………」
熱い。熱のせいだけじゃない。
紫苑は黙っている。
ダメだ、顔が見れない。
「あ、えっと、私」
「ローゼ……ローゼ」
顔を隠していた手を、やんわりと剥がされてしまった。
「か、可愛いは、あまり嬉しくない、な」
直ぐに抱き締められて、そんなことを誤魔化して言われる。
体のラインを確かめるように、背中をゆっくり撫でられて、私も遠慮がちに彼を抱き締めた。
広い背中だ。ずっとずっと私だけを思って、待っていてくれた背中。
「……っ、ロ、ゼ」
「な、泣いてるの?」
泣きそうなのは私ではなく、彼だった。
次第に力が込められて、彼の胸に強く押し付けられてしまう。私の髪に頬擦りしている紫苑は、おかしくなったのか小さく呻きながら、ずっとスリスリスリスリしている。
「はああ……いと、いとおしいって、好きだろそれ、もうほんと……ようやくようやく報われた……」
「あ、あの、しえ……ん」
「ああ、熱い、ローゼは熱い」
熱があるからだって!
息苦しくなって、彼の肩を掴んで引き離そうとしたら、ようやく気が付いたらしい。
「ローゼ、悪い。熱があったんだった」
「ハアハア、ちょ、トカゲが私をころそうと……」
「トカゲじゃないし」
差別的発言を受けても、紫苑はそれでも嬉しそうだった。優しく私を寝かせて、彼は少し迷った挙げ句、火照った額にキスをした。
仄かな冷たさが、とても心地良くて、くすぐったい。
「まだ寝ていろ」
「うん。紫苑も怪我をしてるし休んだら?」
「俺は平気だ」
傍の椅子に座り、私の手を握った紫苑は、幸せそうな蕩けるような笑顔だった。
「ずーーーーーーーーーっと傍にいる」




