天下る竜4
「右だ、もう少し寄せてくれ」
竜の背の上で、バランスを保ちながら立ち上がった紫苑が指示を出す。
バサリバサリと大きな翼を上下に動かし、私達を乗せた緑の竜が空中を飛んでいる。その左右と後ろには、追っ手の竜達が迫る。
離宮に乗り込んできた追っ手は撒いたつもりだったが、どこかで他にも見張っていたらしく、竜化した者が追いかけてきたのだ。
「ローゼ、身を低くしていろ!」
「わかった!」
私の後ろに回った彼が長槍を構えるのを見て、頭を両手で押さえて竜の背に上半身をくっ付ける。
ヒュン、と風を切る音がして、右側から爪を立てようとした竜の首に長槍の一撃が決まり、悲鳴を上げた竜が落ちていく。
「次、後ろだ!俺の合図でスピードを下げろ!」
伏せたまま、頭を巡らせて背後の紫苑を見ると、風圧を物ともせずに、真後ろの竜に対峙している。腰まである上着が生き物のように忙しなくはためいて、彼は牙を剥く巨体を前にしても落ち着いていて、じっと好機を窺っているようだった。
「…………今だ!」
合図に、乗っていた竜が減速する。ぶつかりそうになる距離に近付いた竜に、紫苑が長槍の柄で顔を打った。
打った瞬間に長槍に小さな稲妻が走ったので、痺れたようになったのか、フラフラと竜が傾き、下へと姿を消した。
戦い慣れている。状況を冷静に見定め、人型を取りながらも竜に引けを取らない。
真上から飛び掛かってきた新たな追っ手に、紫苑が素早く反応し、長槍を突き出す。
それを避けた竜が、再び態勢を立て直すと前脚を向けて飛んで来る。
狙いは私。
追ってくる者は皆、私を連れ去ることを命じられているようだ。
「させるかよ!」
間合いを図って振りかぶった長槍の刃が、その前脚に突き立てられた。血が散って、高い悲鳴を上げる竜の鼻っ柱を、今度は柄で殴ると小さな稲妻が竜の顔から頭まで駆け上がった。
そこを、乗っている竜が尾を使って腹を打った。
衝撃で気絶したのか、声を途切らせて竜が落ちていくのを見届けた紫苑が、他に追っ手がいないのを確認すると、私の後ろに座った。
「ローゼ、平気か?竜の耳を掴んでいろ」
「う、うん」
長槍が、持ち主の意思に呼応して小さくなった。装飾品となったそれを、紫苑は自分の片耳に付けた。耳元で光る紅水晶が、よく似合っていて男性的な色気を醸し出す。
「………触るぞ」
お腹に遠慮がちに彼の手が回ってきて、慌てて前を向いた私は、緊張で体を強張らせる。
背後で、彼はどこを見ているのだろう?
回された手は、宛てがうといった方が正しい。力は込められていなくて、柔らかく包むような触れ方だった。
私が落ちないように、気遣っている手だった。
私達を背にして、しばらく歩いて移動していた竜だったが、追っ手に気付いた時から長い時間飛行している。
紫苑は彼女に労いの言葉を掛けた。
「よくやってくれた……名を聞くのを忘れていたな」
「グギャ?!」
「白霧に仕えし竜よ、礼を言う」
「グウ!」
アースレンに行くには、離宮から再び王宮のある方角へ向かわねばならない。さすがに大きく迂回して進むので、王宮は目視できないほど遠い。
竜の飛行速度は速いが、追っ手との戦いで時間が掛かってしまった。辺りは夜の闇が差し迫っていた。
アースレンに入るのは、明日の朝になるだろう。
私が考えていたら、地上から鐘の音が聴こえてきた。それも一つではなく、一斉に他の場所からも鳴り響いている。
「なに?」
「………白銀国の王や一族が死んだ時に鳴らされる『弔い鐘』だ。父上の葬儀が行われているのだろう」
紫苑は、そう言うと背後から私の髪に顔を埋めるようにして俯いた。
「紫苑?」
「………できることなら見送ってやりたかった」
鐘の音に耳を傾けているのだろうか。
竜族は、肉親への愛情が薄いという話を白霧様から聞いたけれど、本当にそうなのだろうか。紫苑を見ていたら、そんなことはないように感じる。
もしかしたら彼は、竜族の中でも情に厚い優しい竜なのではないだろうか。
黙祷を捧げるように、じっとして黙りこくる彼を、私は慰めたいと純粋に思った。
勇気を出して回された手に片手を軽く重ねてみた。
驚いたようにピクリと手が動いたと思ったら、紫苑の片手が私の手を捕らえて、拙い動きで懸命に指を絡めようとする。
不器用な指に、彼も緊張しているんだと感じて応えるように導いた。
指が絡まると、今度は気持ちが落ち着いてきて不思議だった。
そうして、ただ互いに黙って鐘の音に耳を澄ましているだけ。
それなのに髪にかかる紫苑の吐息が火のように熱いと感じるのは、私の感覚がおかしいのだろうか。
眼下には、淡い灯火で彩られた暗闇の町。町を過ぎて、幾つもの山を越えた先が、私の生まれた国アースレン。




