天下る竜3
夕暮れの王宮の正門へと降り立った白い竜は、地に脚を付けた瞬間に、白髪の女へと姿を変えた。
直ぐに控えた侍女が、彼女に黒衣を纏わす。
裾を引きながら、宮殿内へと足を運んだ彼女の前を、黒髪の青年が出迎えた。
「白霧様、お待ちしておりました」
「…………………紫苑と灰苑はどうした?」
「お伝えした通り、兄上は国王を殺害して未だに逃亡中です。そればかりか、我が番を自分の番と偽り誘拐したのです。灰苑は、それを止めようとして負傷して治療を受けています」
前を見据えたまま、横に立つ黒苑の言葉を聞いていた白霧は、聞き終わるや「あはは」と笑い声を立てた。
「よくもまあ、すらすらと宣いおって」
「貴女こそ」
冷ややかな眼差しを受けながら、黒苑は敬語を取り払って淡々と返す。
「兄上の血の匂いがした方角の先には、離宮がある。途中、川を昇って匂いを消したようだが、姉弟のように仲の良かった貴女を兄上が頼らぬ訳がない。俺がそのことを考えないとでも?」
「知らぬわ。灰苑の元へ行く」
歩き出す彼女の前へと割り入った黒苑が、低く押し殺したような声を出した。
「ローゼリアは、俺の番だ。俺から奪う者は許さない」
「紫苑の番だ」
「違う!俺だけの番だ」
強く否定する彼に、白霧が不快げに眉をひそめる。
「そなたは、ローゼの意思をちゃんと聞いたのか?独り善がりで想いが通じるとでも思っておるのか?」
「それは、ローゼが俺のものとなってから考えたらいいことだ」
「だから雄は嫌いじゃ」
白霧は言うだけ通じないと、黒苑の横を通り抜けようとした。
だが黒苑が合図すると、騎士達が一斉に彼女と彼女の侍女達に刃を向けた。
「控えよ!妾は白銀国の王妃ぞ!」
一喝する彼女に、向ける刃が、たじろぎ揺れる。
「そうだ。王妃である貴女には、次の国王を指名する権利がある」
「それが望みか」
「俺が国王になれば、ローゼを堂々と迎え入れることができる。誰にも兄上にも否定はさせない」
小柄な白霧を見下ろし、黒苑は回答を待つ。
「灰苑は……人質か」
「………貴女次第だ」
黒苑を睨み付けていた白霧だったが、思案げに目を伏せてから言った。
「その話は後だ。今は赤明を見送らせてくれ」
「必ず後で言質は取る」
髪を払い、扇子で口許を隠した白霧は、何喰わぬ顔をして刃の間を進んだ。
予想通りではある。
本性を現したこの竜が、それを求めることは分かっていた。
あの日。紫苑がローゼを連れて自分の元にやって来た時、傷付いた身体で彼は言った。
「もし今後、あんたが黒苑に王位を指名するよう迫られた時は、迷わず承諾すればいい」
「本当にいいのか?妾は納得できぬ、あのような奴を王にするなど」
「あいつは理由が何であれ、王になるなら国を良く導くだろう。もしかしたら俺なんかより向いているんじゃないだろうか」
痛む肩を押さえて、紫苑は落ち着いて話す。
国を追われて、王位を失い、罪を着せられても、静かで満ち足りていた。
「そなた、これからどうする気じゃ。白銀国にいれば、いつか見つかるやもしれぬぞ。なればいっそ、妾が力を貸すゆえ黒苑を!」
「いいんだ。あいつには可哀想なことをしたんだ。俺はあいつに可能な限り、俺の持てるものを譲りたい」
「そなたは、優しすぎるぞ」
苛立つ白霧に、目を向けた紫苑は「そうでもないぞ」と唇を歪めた。
「俺はローゼだけを取る。それだけはあいつが何と言おうと絶対に譲らない。ローゼだけがいればいい、奪おうとするなら地の果てだって逃げてやる」




