金持ち社長の唯一無二には。白容堂のプリン編
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
玄関で挨拶をすると、鹿島は持っていた紙袋を渡そうと手を差し出した。
「あの、これ……」
あまりの緊張に、この紙袋の中に何が入っているのかをど忘れし、そして思い出す。
「あー、えっと、そうそう白容堂のプリン」
「え、うそっ‼︎ あの一日限定200個の有名なやつですねっ。わああ、ありがとうございます」
「に、200個って、限定の意味あるのかな」
「何を言ってるんですかっ、鹿島さんっ」
紙袋を受け取ると、ガバッと開けて中を覗き込む。
「1日にですよ、200人なんですよ」
「う、うん」
「……こほん、もう一度言いますけど。たった1日にですよ、今日という1日にですよ、200人しか食べられないってことなんですよ。ってことは、病院のスタッフのみんなが食べたいと思っても、食べられない人が100人もいるってことなんです」
「あー、うん、」
「鹿島さんの会社は、何人お勤めされているんですか?」
「え、っと、二千人ちょっとかな」
「ずわあ、ってことは、残り1800人は食べられないってことになりますね。選ばれし200人なんですよっ」
「……そうだね」
「そして、私たちは……その中の……2人」
「…………」
「では、いただきます」
以上の会話が交わされている間に。
玄関で紙袋に入れて渡したはずのプリンが、食卓のテーブルに置かれていて、しかもスプーンまで用意してある。
鹿島は慌てて、イスに座った。
目の前の小梅は、プリンの蓋をいそいそと開けて、スプーンをぐっと差し込んでいる。スプーンの上でぷるんと揺れるプリンを口に入れると、途端にほわあっと顔を緩ませた。
「んんんー美味しいです」
「よ、良かった」
鹿島は視線をプリンへと落としていたが、顔を少しだけ上げて小梅をちらっと見た。
(ちょっと待てよ、なんなんだこれ)
今日。
初めて。
小梅の家へと遊びに来たと言うのに。
前日からそわそわして、社長、仕事中ですよ、いい加減にしてくださいと、ぴしゃりと秘書の深水に怒られた。
何を持っていこうか考えているうちに何がいいのか混乱し、サツキフラワーの皐月に女子ランキング一位のスイーツを聞き出し、そしてこの白容堂のプリンを、鹿島自ら並んで買ったというのに。
(こっちは緊張して、吐きそうだったのにな)
完全に小梅のペースで、あまりにもすんなりと家へと迎え入れられた鹿島は、苦く笑った。
けれど小梅の、この笑顔といったら。
小梅の手元を見る。
プリンはすでに一口しか残っておらず、鹿島は慌てて言った。
「たくさん買ってきたから、もっと食べなよ」
「えええ、そんな贅沢はできませんっ」
箱に入っている残りの三つを、冷蔵庫へと運ぶ。
「あと三日は食べられるんですね……ああ、幸せです」
へら、と笑う。つられて鹿島も、にこっと笑った。
「じゃあ、俺のこれ、食べていいよ」
「そんなことはダメです。鹿島さんもちゃんと味わって食べてください」
そしてそのままキッチンに立つ。振り返って、笑うと「って、いただいたものエラそうに、って感じですね」
恥ずかしそうに、前を向く。
ああ、後ろから抱き締めたい。
鹿島は、首の後ろがそわっとするのを感じながら、プリンを手にした。
「じゃあ、いただくよ」
プリンを口に運ぶ。至福の甘みを、小梅と共有する。
嬉しさのあまりにやにやしてしまう口元を、スプーンを持つ手の甲で押さえながら、鹿島は小梅の後ろ姿を見た。
「今、コーヒー淹れますから、待っててくださいね」
(うん、いつまでだって待つよ)
心で、おい、おっさん恥ずっと思いながら、鹿島はプリンを口に運ぶ。
ふと、小梅の手元に視線が移った。
(あ、あれ?)
そこにはコーヒーカップが二客とマグカップが二つ、湯のみが二つ、並べてあり、インスタントコーヒー、紅茶のティーパック、そして日本茶を淹れるための急須。
(俺が君の家に初めて来るというのに、君はいつもと変わらないんだなと思ったけれど、)
全ての飲み物が揃っているのを見て、心でぷっと吹き出した。
(君も、緊張しているのだろうか)
心なしか、背中を自分へと向ける時間が長いような気がして、鹿島はそっと立った。
そろっと、小梅へと近づく。こちらを見ずに、小梅は言った。
「こ、コーヒーで良かったですか? 紅茶やお茶もあります」
俯くと、その白いうなじが見えて、口づけをしたくなる。
「コーヒーでいいよ」
耳元で囁くように言う。
心臓は爆発しそうだが、もっと近付きたいし、君に触れたい。
白かったうなじが、ほんのり薄紅に染まっていくのを見て、鹿島の心は満たされた。
小梅が照れたように言う。
「やっぱり、もう一個、プリン食べちゃっても良いですか?」
ふふ、と吹きながら、鹿島は小梅の隣に並んだ。
「いいよ、もう一個ずつ食べよう」
隣の小梅が顔を跳ね上げた。
嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑うと、「私のプリン、一口あげます。だから鹿島さんのプリン、一口ください」と言う。
同じ味なんだけど、と思ったけれど、うん、と頷く。視線はもう小梅の唇に釘づけだ。
「鹿島さんの世界と私の世界、こうやって半分こ」
はにかむ小梅に唇をそっと近づけると、プリンの甘い香りがして、鹿島は至福の中、そっと目を伏せた。