第一部・星に産まれし者達
混沌として定まらない現実の世界の中で、どうすれば少しでも良くなるか、物語はSFですが、中心として、描きたかったのものは、生きる者の意志とか感情です。純文学では描ききれないSFストーリー、を目指すつもりで書きました。もうすぐにでも、掻き消えそうな命の中で、数人の友人の掛け替えの無い、報いようのない友情と愛情と好意に支えられて、最後に書いてみたくなりました。駄作だとは思います。稚拙な物語だとも思います。
けれど、何か少しでも、読んでくれる人の心に残ればい幸いに思います。どうかよろしく!
「アシュラ」第一部・ 星に産まれし者達
―序・その名はアシュラ―
大きな宇宙の中の無数に在る銀河系の一つ。その銀河系の中でも小さな太陽系の中の惑星の一つ。大陸としては小さな大陸が在った。そこはダーク大陸と呼ばれ、二つの国が、ほぼ中央を走る山脈を境に治めていた。その片方の国、ガイラ国の中にある傭兵訓練所。そこからこの物語は始まる。
そこはどこの国にでもある傭兵部隊の訓練所だった。希望者や、それぞれの技能や能力を買われて推薦されて入ってくるもの。よそでは使い物にならないような食い詰め者、色々といたが、即戦力として戦地に送られる為の実践的な訓練所のグランドの片隅である。四人の若者が訓練所の建物から出て、広いグラウンドを歩いている。
「特務手当がつくな。」と二十代前半の男が嬉しそうに話し掛ける。
「そうだな、残業代もつくかもな。これで彼女に何かプレゼントできるぜ。」
と、三十代そこそこの男が答える。その横で仏頂面の二十代前半の女がつぶやいた。
「彼女いるんだ。腑抜けて足、引っ張らないでよね。これでも私たち、特殊任務なんでしょ?」
「ゲリラ活動って聞いたぜ。全部で八人、二週間ほどの作戦らしい。ちと長めだけど、今までと同じだろ?偵察に行って、写真撮って、現地でパっと遊んでさ。あとは銃やランチャーの手入れでもしとけばいいんだろ。」
「ま、そうだろうけどね。暴発なんかされたらシャレんなんないからさ。」
がっしりとした柱が剥き出しの、あとはただごつい造りのの屋根がドンと乗っているだけ、何の味も素っ気も無いあずまやに彼らは集まっていた。いつもの訓練が済んでからの、いきなりの召集だ。四人の同期の若者たちが到着した時、ベンチの片隅で寝そべっている、一人の男がいた。薄汚れた風体の、いかにも一癖あり、といった風情の四十代前半の男だった。四人のうちのもう一人は女、だ。二人とも前線に投入される兵士としては華奢で、ファッションモデル張りに端正な顔立ちに見えるが、訓練でも、それまでの任務の成績も優秀だった。娑婆でも、ひとかどのアスリートとして名を馳せていたのをスカウトされ、それ以来ここに馴染んで居着いている。
この訓練所の特徴は、凡そ軍隊らしくない所だった。軍隊としての行動が少ないのだ。その殆どの任務が小数による陽動であったり、前哨であったり、偵察調査のたぐいだったり、ゲリラ・スパイ活動もあった。今は停戦中で、隣国とのイザコザもそれほど多くはない。こうしてマメに活動をしているからだ、と内外からの評価も高いのだ。軍隊でいうところの、特務部隊、のような部隊ではあった。
五人が手持ち無沙汰に待っていると、二十代半ばの男を中心に、三人が現われる。やっと揃ったか、と五人が立ち上がった。
「待たせたな。点呼を取るぞ。ナミラ。」
はい、と辛口な発言をしていた女。全員が百七十から百八十近く背がある中で、一人だけ百六十そこそこで小柄に見えた。
「ユウラ。……カルラ、マイラ。よし……、あんたはタガラだな……。今回は遠足じゃないぞ。気合い入れろよ。」
初めに来ていた四十代の男が、のっそりと起き上がりながら、ニヤっと笑った。
タガラ「フン、いつもそう言われてるよ。」
「そして俺の後ろが、カラ、副官だ。俺が命令しない時はこいつがする。それと、セイラだ。そして俺の名前はアシュラ。これから二週間、俺の命令で動いてもらう、いいな?」
タガラ「ほお!やっぱり!あんたがあの有名なアシュラさんか!」
アシュラ「有名かどうかは知らん、どうでもいいことだ。」
タガラ「そうでもないだろ?お前さんが動く時、必ず死人が出るって噂だぜ?そりゃ、味方にも出るけどな、ひとたび戦いが始まれば、敵さんは間違いなく全滅させられる。死神にすら見放されたアシュラってのは有名だろが。」
カルラ「……それ、俺たちも講義で何度か、歴戦の勇者って話しで聞かされました。でもどんな人だとは聞いてなかったです。」
アシュラ「……俺が、その、アシュラだ。よろしくな。ま、それなら話が早い。これからの作戦は今までとは違う。みんな軍事行動に出るのは初めてじゃないから、装備品などの漏れはないと思うが、点検してくれ。通常のパックは使わない。俺のほうで用意した。こっちのを使ってくれ。」
それは通常の、つまり今まで彼らが常備していた装備品ではない。拳銃もライフルもナイフも食料も携行する装備品のどれもが目新しい。
アシュラ「この銃は今までのものより小型軽量だが、威力は今まで以上だ。一応は小型拳銃の格好をしているがな、弾は鉄甲弾を使用している。威力的にはマグナム弾程度の効果を実証済みだ。でも反動は少ない。手首を折る心配はない。弾数は二十連発。弾装はワンタッチだ。こっちはやはり小型化されたライフル……」
一通りの説明を受け、着装していく。正午に集合命令が出て、打ち合わせが済むまで、3時間。他の生徒、つまり傭兵たちの姿もなくなり、校舎も校庭も人影がなくなった。
アシュラ「さて、これから出発するが何か質問は?」
カルラ「アシュラ、質問があります。」
アシュラ「なんだ、カルラ」
カルラ「今回の作戦の概要は理解しました。目的地が隣国のバリスのスタイヤである事も。しかし、ここからスタイヤまでは。国境をはさんですぐ、とはいえ二百キロはあります。移動手段は?」
アシュラ「今までの作戦ならば、近くまでヘリで移動、ってことだけどな。今回は全く違う。徒歩で移動する。そして……もう既に実戦に入った、と思ってもらっていい。」
実戦!みんなが口々に言う。
アシュラ「そうだ。実戦だ。みんながこうして集まったこの瞬間から、俺たちは作戦を開始している。集合場所をこうして校庭の外れにしたのも、そのせいだ。誰にも聞かれないためだ。……そして目立たずに出発するためだ。」
マイラ「何のためですか?」
アシュラ「今回の作戦の内容は、我々の中でもごく一部の者にしか知らされていない。そういう性質のものだからだ。だから装備も取り合えずは通常通りで来てもらった。さっき渡したものは、最新の武器装備ばかりだ。試験、の意味合いもあるから作戦終了後は報告書も出してもらう。それと……。」
そろそろ夕闇が迫ってきた校庭をじっと見やってからアシュラが言った。
アシュラ「多分、全員が通常行動だと思っていると思うが……カラ。」
カラが水の入った大きなバケツを運んでくる。隅に積んであったドロにかけた。
アシュラ「カモフラージュだ。ここで服と顔にドロを塗りたくっていく。俺たちはここから闇に紛れて出発する。」
勿論遊びではない、ことは全員が端から分かっている。だが、いきなりドロだらけで、いきなり作戦行動を開始する、のは異例の出来事だった。怪訝には思ったが、それでも普段からの訓練は身に染み付いている。隊長の命令は絶対である。ここは娑婆のプレイスポットではない。平和が保たれてるとはいえ、戦闘行為が無い、とはいえ、戦場に一番近い場所、だった。
ほどなく真っ黒に汚れた一団が出来上がった。男たちはいいにしても、いずれ劣らぬ美形だった女たちも目だけがぎらつくゲリラの集団になっていた。
表通りに出る事もなく、雑木林を抜けるルートで移動を開始。夕暮に紛れて速やかに郊外に抜ける。街を後にし、暫く林や森の間を早足で通り抜けていく。殆ど駆け足に近い。そんな事くらいで音を上げる者などいなかったが、いきなりの早足の移動は、今までのどの訓練よりも、どの作戦よりもずっとハードだ、みんなそう感じていた。やがて大きな川に到着する。
アシュラ「カラ、お前は橋を渡らずにこっちから行って、退路を確保。打ち合わせ通りにな。カルラを連れて行け。他のものは銃を着装。いつでも撃てるようにしとけ、だが命令なしには絶対に発砲するな。」
命令は淡々としていた。余計な言い回しも無かった。だが次第に全員がピリピリと緊張を高めていく。今までとは違う。それはすでに聞いた。何がどう違う、のかはよくわかってはいなかったが、。これは実戦なのだ。こうして今は何事もなくても、次の瞬間には銃撃戦が始まるかもしれない。生きるか死ぬかの戦いが始まるかもしれない。全員の緊張が否が応にも高まっていく。
国境の道路は封鎖されてもう二年になる。バリス側には勿論、味方である筈のガイラ軍とも接触することなく、六人は国境を越えた。自軍のと接触すら避ける、と言うのも初めてである。マイラ・ユウラ・カルラ・ナミラの四人は今まで幾つかの作戦に参加していた。出身地も入ってきた時期もばらばらではあったが、いつの頃からか四人が一つのユニットにでもなっているように、組まれるようになっていた。たまたま出来上がったチームなのだが、フォーメーションも良く、その能力は高く評価されていた。
いつも通りの作戦だろう、と初めはタカを括っていたのだ。銃撃戦もなく、偵察行動をして、挨拶代わりに、そこら辺の片隅に爆弾仕掛けて素早く撤収、それが今までのパターンだった。実際に敵軍と戦うシーンに比べればままごと遊びのようなものではあったが、それなりの効果はあったし、それなりの充実感もあった。いつでも臨戦態勢にあるのだ、と誇示し牽制することはできたから。
バリス領内に侵入して二日が経つ。かなりの強行軍をこなしてスタイヤまであと半分、にまで迫った所で、隊員たちは初めて作戦の具体的な内容を聞かされる。バリスにも同じような部隊が出来上がったということだった。ゲリラ戦専門の特務部隊である。それは当然考えられた展開ではあったが、看過できない事件が起こったのだ。
話は二カ月前に遡る。バリス側から侵入してきた小さな部隊がガイラの前線補給基地の一つを潰したのだ。死者は六名、いずれもその基地に配属されていた技術仕官だった。そこを守る兵隊たちの監視と防御の目を潜って、それは速やかに実行された。兵士たちが気づいた時には、基地は爆発炎上していた、という事件だ。その調査、と思われる作戦にも、さきに書いた四人は参加している。事態を飲み込むのは容易だった。
その後の調査検討の積み重ねの上、バリスのゲリラ部隊を牽制霍乱、若しくは破壊活動も、事態がのっぴきならないものであれば、一つの基地を丸ごと殲滅することも視野にいれ、今回の作戦となった。ただいきなり表立っての軍事行動は避けなければならない、との配慮から少数による遊撃戦、となった訳だ。アシュラはまだ二十代半ばでありながら、しかも戦争経験はまだ五年、と浅いながらも、世界各地での名だたる激戦に参加し、いずれにおいても際立った功績を残していた。指令本部からも一目を置かれ、うわさに拠ると、どこかの大国の政府首脳や経済界とも太いパイプを持っているのでは、と思われていた。
アシュラと彼の部隊は、大体は二十人から三十人前後の小さな部隊だったらしい。ほとんどの作戦においては単独行動が多かったらしいのだが、複数の人数で動く時でも遊撃隊、としての色が濃く、大規模な軍事作戦においても、常に自立して行動していた。司令部はどんな時もそれを咎めなかった。無茶を言い、自軍の足を引っ張るような行動も無かったから、というのが表向きの理由ではあるが、アシュラの意見は殆ど採用されていたのだ。六人の移動中、タガラが中心になってそんな話に花を咲かしていた。
アシュラ「大体の所はタガラに聞いたな?俺がどんな男かもわかったろ?作戦の成功の為なら、味方の死をも厭わない。部下を踏み越えてでも作戦は遂行する。今回はこれだけの人数で動いているから、大きなことは出来ないが、それでも能力は充分に発揮してもらう。躊躇ったり力を出し損ねてくたばったりするなよ。部隊はお前らに、普通の軍人さん達より高い金を払ってるんだ。」
タガラ「あんたが……今自分で、贔屓目に言った通りの男なら、俺はこの作戦、ペナルティを払ってでも断ってたぜ。あんたが……ほんとに味方を利用してまで自分の功名考えるような下衆な野郎ならな。でもなきゃとっくにその首、掻き切ってるぜ。」
セイラ「それは無理よ。今回はあたしがいるからね。」
タガラ「なんだ、アシュラさんよ……、このセイラはあんたのお守りで来てるのか?」
アシュラ「そうだ。その意味合いが大きいらしい。俺も迷惑してるのだがな。とにかくこの先は破壊活動が主体になる。レーダーや通信設備は見つけ次第破壊する。万が一にも敵に見つかった場合は、やられる前に始末する。いいな?」
五人が頷いた。
アシュラ「重ねて言っておくぞ、今回は偵察じゃない。実戦だ。戦闘になった場合、敵は殺さなければならない。タガラ以外は人を殺した経験は無いだろう。今のうちにストレスと仲良くしておけ!いいな!」
一斉に動き出す。ここで実戦経験、つまり敵を殺傷した経験を持つのはアシュラとタガラだけであった。タガラも歴戦のつわものであった。特にスバ抜けた能力は無い代わりに、その戦闘能力は高かった。味方の窮地も何度も救っている。六人はアシュラとセイラを中心に横に広がり、タガラはしんがりについた。
―初めての戦闘・アシュラ負傷!―
ほどなく事態が動いた。アシュラが通信線を発見したのだ。枝々を這うようにカモフラージュされてはいたが、すぐにその元を突き止める。何の変哲もないようなバンガローからそれは繰り出されていた。散開し辺りを窺いながら包囲をせばめていく。作戦開始から約五十時間が経っていた。今は真夜中ではあるが、バンガローの中では何人かが起きて動いている気配があった。
セイラが催眠ガスの缶を放り込む。大人しく黙らせる事が出来ればそれに越した事は無いからだ。だが、予想もしなかったことが起こった。ガスが噴出した途端、警報が鳴って強制排気装置が働いたのだ。つまりはこうした突発事態が起こる事が想定されていたのだ。敵の反応は早かった。そこにいた四人、それと別の部屋にいた五人。あと何人かいるらしかった。
アシュラ「タガラ!マイラを連れてそっちを叩け!機材は全て破壊しろ!連絡される前に急げ!」
言いながらアシュラが突っ込む。ライフルが火を噴いた。続いてセイラ。ユウラとナミラは一瞬怯んだ。それは無理も無い。初めての実戦だった。命令には絶対服従であったし、これが戦闘行為であることは充分に承知していた。けれど銃撃戦は初めてである。怯まない方がおかしかった。数秒遅れる。通常ならばそれが命取りのロスタイムだった。
ユウラとナミラが顔を覗きあった瞬間、戸口の方からライフルの音が聞こえ、二人の背後で人が倒れる音がする。見ると、敵が二人、バトルナイフをかざした格好で倒れていた。別の部屋にいた敵の兵士が背後から近づいてきていた。それをセイラが始末したのだった。
セイラ「早くおいで。こういう時は止まったら命取りだよ、わかったかい?」
アシュラはすでに中の四人を片付け、奥の部屋に飛び込んでいた。更に激しい銃撃戦の音。ガラスが砕け物が飛び散る音がする。誰のものとも分からない喚き声も聞こえたが、数分でおさまった。やがて別の場所で爆発音が聞こえ、銃声が響いた。タガラ達が命令を遂行した音だった。
素早くそこを片付ける。割れて壊れたものは仕方ないが、死んだ兵士達は皆埋めた。墓、とは分からなくしておく必要があった。作戦が終了するまでは気付かれないよう、最大限の努力を払わねばならない。深い穴を掘って、破壊した機材や敵兵士達を埋めて目立たなくする頃には夜があけていた。作戦3日目の朝が明けた。
アシュラ「タガラの報告ではまだ連絡はされてはいないようだった。だが油断はするな。既に有事を想定した行動を取っているようだ。この後も戦闘は避けられないようだ。……どうだ?マイラ、ユウラ、ナミラ。大丈夫か?」
ユウラ「すみませんでした。情けない事に動けませんでした。」
アシュラ「……怖かったか?」
ユウラ「いえ!そんな事は有りません!」
アシュラ「……怖がっていい。」
三人は怪訝な顔をする。タガラがニヤっと笑った。
アシュラ「人を殺すにしても、殺されるにしても、怖いと思わなくなったらおしまいだ。そいつは人間じゃなくなっちまうもんさ、単なる殺人機械だ。俺たちは機械じゃない。」
タガラ「それだよ……俺が聞いたのもな、アシュラさんよ。あんたが軍隊に入らなかった一番の理由はそれじゃないかって専らの噂だぜ?敵さんをバンバン殺す割には甘ったれた事抜かすやつだってな。」
アシュラ「ふん、あんただって似たようなもんだろ?軍隊やめてまでこっちに来た理由、俺も少しは聞いてるぞ。」
道路から外れた森の中を素早く移動しながら彼らは話していた。
タガラ「ああ、そうだよ、多分その話も間違っちゃいねえ。俺たちは消耗品じゃねえんだ。みんな国へ帰れば家族があったり仲間がいたりするんだ。それを単なる捨て駒に扱われちゃたまんねんだよ。それでもな、どうしてか、戦争のピリピリした空気が好きでな。あそこに入っちまったって訳だ。あんたの噂を聞いたのがきっかけだけどよ。会えて嬉しいぜ、アシュラ。いや、同じ作戦に参加させてもらって感謝してるぜ。」
それには答えず、アシュラは二人の方を振り向く。
アシュラ「なあ、マイラ、ユウラ」
二人は緊張気味に返事をする。
アシュラ「戦争なんてものは無い方がいいに決まってる。でもそれでも起こってしまう。誰かが戦うことになる。矛盾してるがしかたないんだ。……出来るならば殺さないで済むならその方がいいが……死なないで済むならそれに越した事は無いが……、いざとなったら躊躇うな。その為の訓練を積んできたんだぞ?」
走りながらも言葉を続ける。
アシュラ「誰かを守る為だと思え。そうでなければやってられないぞ。ここは街中じゃない。戦地だ。普通の暮らしの中では人道主義とは人を愛し、守ることだ。戦地で言う人道主義とは、」
ユウラ「仲間を守り、国を守ることですね!」
アシュラ「そうだ。よく出来た。その意気で頼むぞ。」
更に一日が経った。四日目の朝、スタイヤの手前、三十km近辺の所で彼らは止まった。いくばくかの偵察の後、今回の目的地に着いたことを教えられる。バリス軍の秘密部隊の一つ、である。夕方になるまでに退路を確保し、ある程度のトラップを仕掛けておく。目標は敵の主要な施設の破壊。特に武器庫や補給路の破壊だ。持ってきた爆薬はそうは多くない。高性能爆薬ではあるが、広範囲の破壊には向かない。
夕方、別れて行動していた、カラとカルラが合流した。相当困難な仕事をこなしてきたようで、ひどく疲れていた。敵と出っくわす事は無かったが、その分かなりな難所越えをやってきたようだった。二人の休憩も兼ねて、八人は夜がふけるのを待つ。時間になったら作戦開始、その成功の如何を問わず速やかに撤収。それが作戦の概要だった。
そして夜になる。セットした爆薬の最終点検をして、もう一度打ち合わせをする。そして速やかに散開。少ない人数で最大の効果を上げる為に、ミスは許されない。マイラとユウラも銃を構え直した。アシュラの合図とともに、カラがスイッチを入れる。幾つかの建物が一斉に派手な火柱が上がった。武器庫でも爆発が起こり、中の火薬類が次々と誘爆していく。八人は一斉に移動を開始した。
混乱が生じている間に撤収しなければならない。手近に現われた敵の兵隊を次々に狙い撃ちしながら走り抜ける。いつの間にか全員が、正確な射撃とそれに続くリアクションをスムーズにこなし始めていた。車両による追跡を止める為に、車輌の類は潰せる限り潰し、道路も塞いだ。アシュラとカラの作戦は万全だった。そのまま一気に走り抜ける。八人は一人の負傷者を出す事も無く、再び鬱蒼とした森の中へと紛れ込んだ。
アシュラ「全員いるな?負傷した者は?……よし。ここまではいい。カラ、」
カラ「おう。」
アシュラ「とりあえず作戦は成功、ということだ。だが自陣に戻るまでは素直には喜べない。警戒は解くな。どんなトラップが待ち受けてるかは分からん。追撃の手段は絶ったが、どうも気に入らん。」
タガラ「順調すぎる?慎重というか……気苦労が絶えないな。」
アシュラ「人一倍用心深いと言ってくれ。それに何より、俺は臆病もんだ。あんたみたいに敵地で生あくびが出来るほど豪胆にはなれん。」
その時だった。ふいに風を切る音がして、アシュラが伏せろ!と低く言うと同時に近くの木の枝がビシュ!という鋭い音と共に砕けた。サイレンサー付きの狙撃銃だ。狙われている。全員が地べたに貼りついた。見回すと五〜六百メートルの距離の所に小さな家がある。ごく普通の住宅だ。だが身を隠して狙い撃ちが出来るのはその場所しかなかった。木立に紛れて八人を倒すのはよほど正確な腕をもってしても困難であった。その証拠に確実に狙えた筈の一発目を外している。アシュラはそう判断した。それはタガラもカラも同じだった。
アシュラ「悩み事は片付けとかなきゃならんな。」
カラ「そうだな……。命令してくれ。俺が出る。」
アシュラ「お前にはこのあと案内してもらわなければならない。タガラ、出てくれ。ユウラ、ナミラ、行けるか?」
勿論です!二人が同時に頷いた。アシュラがニコっと笑う。初めて見せたその笑顔は凡そ戦場には相応しくないニコヤカな笑顔で、初めて見た四人、ユウラ、ナミラ、カルラ、マイラはドキっとしてしまった。セイラとカラはクスっと笑い、タガラまでにやついていた。
タガラ「全くお前さんは憎めない上官殿だな。そんな風に笑われたら、ロバでも木に登っちまうぞ。」
本人だけが気がついてない。アシュラの笑顔は値千金の影響力があった。普段あまり笑わないだけにその効果は絶大なのだ。
アシュラとカラは後方援護、タガラとセイラを先頭に、マイラとユウラが続く。カルラとナミラが少し遅れて動き出す。敵の狙撃は躊躇い撃ちになっている。おそらく目標を見失ったせいだろう。こちらの動きには何の淀みも無い。目標の家までの距離を一気に詰め、取り付いた。タガラの合図、そして陽動と共に攻撃開始。炸裂弾を放り込み、一呼吸置いてから飛び込む。あとは銃撃戦だ。
タガラ、マイラ、ユウラで五人の敵を倒した。セイラは援護に回り、それでも残っていた二人を片付ける。カルラとナミラが飛び込んできた時、形勢はほぼ決していた。油断無く銃は構えたまま、周囲の警戒をする。生存者が一人いた。セイラが鋭く誰何する。応えた声は若い女だった。飛び掛っていって銃を押し付けると悲鳴をあげて震える。武器を持っていないのを確認してから、取り囲むようにして立った。
アシュラとカラが入ってくる。みんなが一斉にアシュラの方を見た。アシュラはその女を見る。その瞬間、アシュラが叫んだ!
アシュラ「手りゅう弾だ!みんな逃げろ!」
全員が騙されていた。その女は非戦闘員の弱い女ではなかったのだ。こちらが全員集まるのを待って、自らの命を賭けて、一撃必殺の反撃のチャンスを窺っていた。そしてそのタイミングの取り方は全くムダが無かった。戦いなれている者だけが身に付けたスムーズさで手りゅう弾のピンを抜いていたのだ。その直前の目の動きもわずかな動作も、アシュラだけは見逃さなかった。
実戦慣れしていたセイラ、タガラ、カラは咄嗟にダッシュしドアを蹴破るみたいにそこを飛び出す。だがルーキー四人は一瞬出遅れた。女がニヤリと笑う顔を横目に見ながらアシュラが吠えた。初めての怒号だった。マイラとユウラを蹴り出すようにして押し出して、一瞬怯んだナミラとカルラを庇うようにそこを飛び出した。
その瞬間爆発が起きる。女がどうなったかはわからない。恐らく粉々になってしまっただろう。先に飛び出した五人は転がりながらも爆発の衝撃からは逃れてすぐに起き上がった。だがアシュラ達三人は?爆煙自体は大きくないが、破壊された瓦礫から立ち上る煙がしばらく視界をさえぎる。
完全に崩れ去った家の瓦礫の中から三人を探し出す。二人はすぐに動き出した。ナミラとカルラだ。アシュラだけが立てなかった。背中に炸裂した破片が刺さっていた。大きく抉れて真っ赤な血が流れ出している。それでも特殊メッシュ仕立ての戦闘服が直撃を和らげ、致命傷には至ってなかった。ナミラとカルラが泣きべそをかいて抱き上げる。セイラはそんな二人をなだめながら引き剥がし、すぐに治療にかかる。カラから治療用の薬を受け取り、テキパキと服を切り裂き、治療を開始する。
心配そうに治療の様子を見守りながらも、タガラ達は誰に言われるまでもなく周囲の警戒を始めた。やがてアシュラの意識が戻った。
アシュラ「すまん、俺がやられたのか?みんなは?」
ナミラ「私たちは無事です!全員無事です!隊長だけが!私たちを庇って!すみません!」
アシュラ「……、そうかそれないい。バカな事を言ってるんじゃない。これは戦闘だ。お前らのせいで怪我した訳じゃない。」
ナミラ「でも!……、でも……」
アシュラ「これは戦争なんだ。いつ誰がどこで死んだって、それは誰かのせいじゃない。よく覚えとけ。」
それを聞いていたタガラが小さく、ユウラにつぶやく。
タガラ「まったくよ……、必死な形相して部下を庇っておいて、甘ちゃんな上官だぜ……。」
それを聞いたユウラがタガラの襟首を掴んで締め上げる。だがタガラの目に涙が滲んでいるのを見て、その手を緩める。
ユウラ「タガラ…………。」
タガラ「やってられねえよな?あんなシーン見せ付けられちゃあ、こいつの為ならいつ死んだっていい、って思っちまうじゃねえか。なあ?」
ユウラは大きく頷いた。
そこにいた六人が全員同じ思いになっていた。実戦が初めてであった四人ですら、この先もずっとこの人と共に戦おう、などと思い込み始めていたのだ。現実的な考え方ではない、とはどこかで思ってはいたが、妙に確信めいて思えていた。セイラとカラは初めからそのつもりで従がってきている。今までの戦いの中で培ってきた、アシュラを取り巻く人間関係は彼ら以外にも幾つもあって、彼が声をかければ集まってきそうな猛者たちがあちこちにいると言う話だ。四人はその話が決して誇張やうわさではない、と今、痛烈に感じていた。戦場において交わされる絆の強さに勝るものはないのだ、と改めて痛感していた。
アシュラ「戦いの中では決して気を許せない、それがわかったろ?」
カルラ「よくわかりました。信じたくはなかったですが……、相手は何も出来ない一般人だと油断してしまいました。」
アシュラ「決め付けるのは難しいさ。俺だっていまだに迷う。怯える。臆病だからこそ何とか生き延びてきただけだ。」
ナミラ「隊長の……アシュラの、臆病、はもう信じません。ほんとに臆病だったらこんな怪我しません。次は私がアシュラを助けます。」
アシュラ「ばか言ってんじゃねえよ。次は無いかもしれないだろ?」
ナミラ「私たち傭兵の契約条項、知ってますよね?多少のペナルティを払ったって、作戦と上司は選べるんです。だからタガラだってそうしたんでしょ?カルラとマイラ、ユウラとはずっとチーム組んできました。私たち役に立ちます。だから一緒に行動させてください。」
アシュラ「お前たちが有能なのは知ってる。だから今回の作戦の話があった時の人選でお前たちを選んだ。この八人でならこの作戦を乗り切れると判断したからだ。……何より……」
カラ「突発的な事態が起こってもこいつらなら対処できるだろう、と言ったのさ。あはは、そんな怪訝そうな顔をするな。そのうち分かることだけどな。ガイラを取り巻く状況は意外に複雑になってきてる。アシュラは以前からそれを危惧していたってことだ。今回の事も、予定外の予定、って事さ。」
カルラ「予定外の、、、予定っすか?」
セイラ「そうよ、想定するのは難しいけど、ちょっと間口を広げて想像力豊かにしとけばすぐに理解できる、ってこと。わたしもアシュラにそれを教わったわ。だから今回はボディーガードする、なんて偉そうについて来ちゃったんだけど、ちとまずったわ。だからあんた達のせいじゃないのよ、これはわたしが甘かったの。」
アシュラ「うるせ〜んだよ、かっこいいこと抜かしてんじゃねえぞ、セイラ。」
セイラ「はい……終わったわ。傷、痛むだろうけど、あんたはタフだからもう平気よね?」
アシュラ「……泣きながら言うんじゃねえよ、セイラちゃん。なかなか可愛いじゃねえか。抱きつきたくなるぞ。」
そのあと傷口の包帯を叩かれたのは言うまでもない。
カラとセイラの、アシュラとの出会いは五年前に遡る。二人ともガーランド大陸の北にある、メイカーグの出身だった。その中でも最も北に位置する海沿いの町でハクト、と言う名前の町の出身である。北方の荒海に漁の為に船を出す、古くからの海洋民族が住む町だった。カラはそこで幾つかに分かれて存在している組合のような組織を束ねる若頭をしていた。気性の荒い連中を束ねる役どころを担っていて、度量もあり、よくみんなをまとめ上げて人望もあった。
そんな所へヒョイと現れたのが、サーシュマから小さな船で遥々とやってきた十九歳のアシュラだった。見かけは優男で荒事にはとんと縁の無い青二才に見えたのだ。育ててくれたお婆さんが死んで、冒険の旅に出たんだ、というその若者を、当然のようにその地の荒くれどもは、向こうっ気の強い坊やをたしなめるという、気性の荒い連中の独特の、思いやりの心を持ってからかった。
酒場で飲んでいて、初めのうちはニコニコと受け流していた若者も、そのからかいが度を過ぎてくると、酒の勢いもあって言い返すようになる。それはどこでも見られる、ありふれた光景である。飲んだ勢いでお茶目をするのは、男たちにとってはあまりにも平凡な出来事だったから。
カラもそんな中にいて、みんなと笑い合ってはからかっていたのだが、アシュラが段々と無口になるのを見て、さすがにやばい、とみんなを止めに入った。だが男たちの勢いはそんな程度じゃ止まらない。しつこく絡んだ男がいて、自分の席を立って、かあちゃんのオッパイでも、などという古典的な軽口を、アシュラの顔を覗き込んで吐いた。
無口になったアシュラがその顔に思い切り、グラスのビールをぶっかけた。それが始まりの合図だった。本気で殴りかかる男、おお俺も混ぜろ!と紛れ込んでくる男。混戦している後ろから料理の入った皿を打ちかます女、とお定まりの乱闘シーンの始まりである。誰が誰を殴っているのか、分からない状況であるとはいえ、どう見ても華奢な優男一人に対して、海の荒くれ大勢、と言うのはちと不公平だし分が悪すぎる。カラは取り成すつもりもあって、割って入りアシュラの味方をするつもりで声をかける。そこへアシュラの伸び伸びと振りぬくパンチが綺麗に決まってしまった。
カラ「……まあ、な、その時のびちまった訳じゃないんだ。ただな……どこにでもいるような坊やだと、ま、年は俺より三つ下なだけだったがな。油断してたら思い切りほっぺた抉られてな。ぶっ飛んでたって訳だ。……でかなり後ろへ転がって、なんとか気を取り直して立ち上がった時にはとんでもない事になってた。」
アシュラはその時から実戦タイプだった、というのだ。初めは遠慮がちに取っ組み合っているのだが、どんどんとスピードもパワーも増していくのだ、とカラがつぶやく。序盤で結構パンチをもらっていたから、アシュラもあちこち血を流していた。それでも、何人もの荒くれを相手にしているのに一歩も退かずに、真っ向勝負を挑んでいるのだ。おまけに派手に殴られ蹴られ、戦意を喪失する者までいる。何人かが既にうずくまり、或いは大の字にのびていた。
ケンカのきっかけを作った男はまだ元気で、しかも仲間が倒されて引くに退けなくなっていた。お決まりのコースで、酒ビンを固いテーブルに叩きつけ、鋭く割れた方をアシュラの方に向け、罵ったのだ。その瞬間、アシュラの手が動いて、近くに突っ立っていた男の腰から、魚を捌く時用のナイフを器用に抜き取って身構えていた。そのまま、ナイフをクルクルとまわす。いかにも手馴れた仕草だった。
初めのうちは多少笑っていた顔には、もう何の表情もなくなっていた。淡々と獲物を狙う狩人のような目つきに変わっている。力んでいる訳でもなかった。むしろ穏やかにすら見えたのだ。カラはやばい、と感じた。本能と言えたかもしれない。こいつはもしかしたらとんでもない奴なんじゃないか、一瞬のうちに頭の中を警戒の声が走り抜けた。
カラは拳銃を抜き、天井に向けて数発立て続けにぶっ放す。天井の板が砕けて落ちてきた。
カラ「そこまでだ。つまらんイザコザでえものを出すんじゃない。ダンザ、退け。おたくも収めてくれ。いきさつは見ていた。こちらのダンザの悪ふざけが度を過ぎていたようだ。承知してもらえるなら感謝する。どうだ?」
いいよ、とアシュラはあっさりとナイフを引っ込めた。また器用にクルクルと回しながら、抜き取った男に近づき、鞘に収めた。やるんなら受けるし、遠慮するつもりは無いけどさ、やめようって言うならそっちのがずっといい。そう言ってニコっと笑ったのである。なんと豪胆な男だ、とカラを初めその場にいた男たちは、いや女たちも感心していた。
そのあとは、カラが全員に酒を振舞い、仲良く肩を組んで改めて大騒ぎになった。その出来事が、カラとの出会いであり、その時はそれで済んだのだが、そのあと、何かがあって、ダージェでの戦いに参加したアシュラがふらっと現われたのが、それから一年後だった。当時明るくニコニコとしていたアシュラがまるで別人のように暗く塞ぎ込んでいたのだ。
カラは爆薬を扱わせたら右に出る者はいない、と自他ともに認める男だった。アシュラはどうやらそれが初戦であり、手酷く負け戦を味わったらしかった。肉体的にはどこも怪我していなかったのだが、精神的なダメージがかなり重かった。カラの顔を見るなり、戦いに関する知識や技術をなんでもいいから教えてくれ、と頭を下げたのである。
そこにテーブルが無かったら土下座でもしたかもしれない、そんな思い詰めたアシュラの様相にカラは押されてしまった。
カラ「なのにさ〜。こいつが殊勝な態度を取ったのは恐らくあれが最初で最後だな……。今思えば、あれは単なる錯覚、思い違いだったような気がしてならん。格闘技も爆弾の知識も色んな武器の扱いもやんなるくらい片っ端から覚えやがってな。いつの間にか一番でかい態度になってた。いや……決して偉そうにはしないんだ。これがくせもんでな。あのさ、とか、やんわり言うくせに、いつの間にか、仕切られてるんだ。」
それからまたアシュラは消え、三度目の邂逅の時、すでにアシュラは幾つかの通り名を背中に背負っていたのである。アシュラはハクトの町を、そしてカラを気に入っていたのだろう。それからは何度か訪れるようになり、いつの間にか、という感じで行動を共にするようになっていた。その頃に知り合って、アシュラに惚れこんだのがセイラだった。やはり気性の荒い娘で、通りを歩けば声をかけてくる男には不自由をしなかったセイラを端から女扱いせずに淡々とかわしたのがアシュラだった。やはりカラ達と、飲んだ勢いでからんで、あっさりと袖にされてしまい、いつか泣かせてやるとまとわりつくようになり、その結果、カラと同じ運命を辿る羽目となってしまったのだ。
セイラ「今でこそね、こんなしゃれた物言いするけどさ。出逢った頃はとんでもない堅物だったね。気を許すととことん緩むくせにね。そうでない時は決して誰も寄せ付けないんだ。ま、分かりやすいっていえばそれまでなんだけどね。」