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【神立】神の国学園へようこそ  作者: 尾形よしあ
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第五話:少年期

 パウロ先生の体育の授業。

 

 走るのが嫌いな俺にとって、千五百メートル走は苦痛以外の何でもない。


 昔から思うんだが、何が楽しくて走るのかが理解出来ない。

 マラソン選手を見てみなよ。笑顔で走っている人なんて誰もいなくて、みんな辛そうにしてるじゃない?辛いんなら止めたら良いんじゃねぇのって思うんだよね。


 そんな考えの持ち主なので、頑張って走る気なんてありません。

 

 そう言う訳でダラダラ走っていたらパウロ先生が後ろから近づいて来て、竹刀で尻を叩いて来るのでたまったもんじゃなかった。


 競走馬じゃないんだっての……。


 そんな俺に比べてエリエルは凄いよ、一位だもの。

 運動神経抜群でイケメンか。この調子だと成績も優秀なのだろうから、俺が万一にも勝てる要素は無いと見た。


 「あー疲れた。もうヘトヘトだよ」


 俺の目の前に、スポーツドリンクのペットボトルが差し出された。


 「お疲れ様です、伊佐也さん」


 「エリエルか、これ貰って良いの?」


 「どうぞ。飲んでください」


 「ありがとう」


 エリエルから貰ったスポーツドリンクを勢いよく飲む。


 「ふぅーい、うめぇ」


 我ながらオッサン臭いと思ったが、元はオッサンなので仕方ない。


 「走るのはホント好きじゃないんだよねぇ……。それに比べてエリエルはスゴいね、ぶっちぎりの一位だもの」


 「地上にいた時から、体を動かすのが好きだったんですよ。それに、小さい頃から親の仕事の手伝いをしていましたしね。プリエルも一緒に」


 「大変だったんだな」


 「あまり大変だったとは思いませんでしたよ。あの時代では、それが普通でしたからね」


 家の手伝いなんてろくにせず、友達とファミコンや野球ばっかりしていた誰かさん(俺の事である)とは大違いだ……。

 

 突然ワァッという歓声が上がった。

 グラウンドの向こう側ではクラス対抗のソフトボールをやっているんだが、どうやら誰かがホームランを打ったようだ。

 

 「盛り上がってるねぇ。誰が打ったのかな」


 「晶子さんがホームランを打ったようですよ」


 「高校の頃ソフトボール部だったって聞いたけど、まさかこれ程だったとは……」


 母さんがホームベースを踏むと、クラスの皆からの胴上げが始まった。

 母さんのちっこい体が何度も宙に舞う。この感じだととんでもない結果を出したんだろう。

 

 「おーい母さんや」


 「何なのよその呼び方。年寄りみたい」


 「試合に勝ったの?」


 「勿論よ。あたしがいれば負ける事なんてないわ」


 スコアボードを見ると、二十対零の数字……。圧勝にも程がある。

 相手チームの面々は、ボロ負けしてグッタリしている。コテンパンにされて泣いているのもいる。

 相手が悪かったとはこの事か。


 「高校の時にもソフトボールをやっていたんだよな。守備はどこだったの?」


 「エースで四番よ、スゴいでしょ」


 母さんがピースサインをビシッと出しながら、自慢気に言った。


 「心臓が悪かったのによくやってたよな。しんどくはなかったのか?」


 「あの頃は全然しんどくはなかったから、思いっきり走り回ってたわよ」


 「母さんのパワフルさは、小さい頃から遺憾なく発揮されていたんだな。俺もよくキャッチボールの相手をしてもらってたし」


 「晩ごはんの準備が終わった後にやったわねえ、懐かしいわ」

 

 

 ──小さい頃の思い出が甦る。

 


 小学校の頃は、特に何をする訳でもないのに朝早くに登校して、休み時間はいつも走り回り、放課後は友達とゲームをするか暗くなるまで近所の公園で野球をしていた。

 

 特に予定がない日は、母さんと一緒にキャッチボールやバドミントンをした。

 

 そして悪さをすれば力一杯のビンタを食らって鼻血を出していた。

 ビンタはとても痛くて大泣きをしたけども、あの頃はとても楽しかったと思えるのが不思議だ。


 思い出というのは、どうしてこんなに綺麗に輝き続けるんだろう。


 ◇ 


 母さんは先天性の心臓弁膜症というもので、いずれは手術をしなければならないと言われていたらしい。

 

 だが若い頃は特に体の不調は無かったそうなので、ソフトボール部で活躍していたり、一人暮らしをしていた兄の食事を作りに行ったりと、アクティブな毎日を送っていたそうだ。


 そんな母さんが心臓の手術をしたのは、俺が確か小学四年生の時だったか。


 俺はほぼ毎日、放課後にお見舞いに行っていた。

 そして暗くなるまで病室にいた。

 つまり、勉強なんて全くしてなかった。母さんとの時間の方が大事だったから。

 

 手術は心臓の弁を金属製の弁に換えるもので、かなりの長時間に渡るもので、親戚の叔父さんも駆けつけてくれていた。


 親父から「お前と雪彦は、おじさんと一緒に帰りなさい」と言われたが、母さんの事が心配で、側にいてあげたくてグズっていたのを覚えている。


 手術は無事終わり暫くして帰宅したが、やはり心臓の手術をした為、あまり無理は出来なくなった。

 にも関わらず、キャッチボールの相手をしてくれた。


 確か俺が二十代後半の頃だったかな。

 親父と母さんと俺で焼鳥屋に行った時に、俺を産む際に医者から「あなたの体で子供を産むというのはリスクが大きく、母体が耐えられない場合もある」と言われた事を教えてくれた。


 だがそのリスクを覚悟の上で、産む決心をしたのだそうだ。


 そして、一人っ子では大変な事もあるだろうから、互いに協力してやっていけるようにと、弟の雪彦を産む事も決めたそうだ。


 それを聞いた俺は、涙を堪える事が出来なかった。


 あれだね、うちの母さんは【母は強し】を地で行く人だ。


 そんな人生を送った母さんが、今では天国で元気に暮らしている。


 ◇


 「今度はあんたのクラスと勝負したいわね」

 

 「俺達が負ける結果しか想像できないんですけど……」


 「勝負する前から負ける事を考える奴がいるか!!」


 

 怒られた…。



 

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