第三話:善き隣人
朝、寝ぼけたままリビングに向かうと、そこには3人がいた。
「なんで皆ここにいるんだよ」
「朝ごはんは皆で食べた方が楽しいじゃないの」
せっせと朝ごはんの準備をしながら母さんがそう言った。
「随分と気合い入れてやってるね、一体どうしたんだよ」
「病気していた時は色々大変で、あまり料理出来なかったからね。その分こっちで健康な体を頂いたからには、色んな事をめいっぱいやろうと思って」
乳ガンに心臓、脳梗塞に脳出血の手術をしてたから、確かにしんどかっただろう。
でも高校の時はソフトボール部だったらしいし、俺が小学生の頃にはキャッチボールやバドミントンの相手をしてもらった事もあった。
元々体を動かす事は好きらしい。
すっかり元気になってくれて本当に嬉しいよ。
そんなやり取りをしている内に朝ごはんの準備が整い、四人が席に着く。
向かいにエリエルとプリエル、俺の隣は母さんだ。
「いただきまーす」
ごはんにベーコンエッグ、納豆、焼きシャケ。完璧な朝ごはんだ。これがまた美味しい。皆で食べるから一層美味しい。
◇
マンションを出て学校を向かっている途中、変なのがいた。
学ランの背中から翼が生えているのだが、片方が白く、もう片方が黒い。そんな奴が辺りを頻りに気にしながら歩いている。
「な、なぁ、あいつは誰だ?」
俺はエリエルに聞いてみた。
「あぁ彼ですか。彼はサタニエル君。半分天使で半分悪魔なのであの姿なんです」
また個性的な奴だ。
「なんであんな姿なの?」
「彼は元悪魔なんですが、自分のしている事に疑問を持ち神様に悔い改めをした結果、あの様な姿になり天国へ導かれたんです」
「へぇ、そんな悪魔もいるんだね。でも何故あんな中途半端な姿なのさ」
「悔い改めをしましたが、元は悪魔ですから全て芝居である可能性もあります。だから悔い改めが本物であるかを見極める為に、あの姿でいてもらっているんです。まぁ天使見習いみたいなところでしょうか」
「なるほど元は悪魔だもんな、全部ウソでーすなんて事もあるかもしれないね」
「えぇ。でも本人もその姿を気にしているようで、周りの目を気にし続けた結果、すっかりビクついた性格になってしまいました」
「あんなビクビクしてたら不審者扱いされちゃうんだから、堂々としていれば良いのに。だってさ、元は悪魔かもしれないけど今は天国にいるのよ。それが答えじゃない」
母さんの言う事はもっともだ。
あんな調子じゃ、完全な天国の住人になれるのは先の話になりそうだ。
ちょっと声をかけてみたくなった。
「おーい」
声をかけられたサタニエルは、ビクッとした後に砂煙を上げながら猛ダッシュで走り去って行った。
漫画かアニメみたいで、ちょっと感動してしまった。
「はええ、あっという間に見えなくなっちゃった」
「サタニエル君も同じ学園の生徒さんですから、後でまた会いに行ってみましょうよ」
プリエルがそう言ったので、昼休みにでも様子を見に行ってみる事にしよう。
昼休みになり、四人でサタニエルのクラスにやって来た。
だがサタニエルはいないとクラスの子に言われ、もしかしたら図書館にいるかもと教えて貰ったので向かう事にした──
図書館?
図書室じゃないの?
と思いながら図書館へと向かう。
◇
「デッッッケェ!!」
あまりの大きさにあっけにとられ、口をポカンと開けて見つめた。
「普通の学校じゃなくてマンモス校だから、これくらいの大きさが必要なのよ」
母さんがそう言った。
「それに全世界の聖書や神学書は勿論、あらゆる専門書、参考書、辞書、絵本、漫画、ラノベ。地上にある書籍は全てここにあるのよ」
「そんなに!! 一生かかっても読みきれないじゃん」
「バッカねぇ、こっちでは死ぬ事なんてないんだから、時間はいっくらでもあるのよ」
「あ、そっか、こっちでは死ぬ事なんてないんだもんね」
やっぱりまだ頭の整理がついてないみたいだ。
でもこっちで暮らしていくにつれ、少しずつ分かっていくだろう。
時間はいくらでもあるんだし。
「念の為に言っておくけど、あんたがベッドの下に隠していたようなエロ本はないからね」
「いや、聞いてないから。やめてそういう事言うの」
そうだサタニエルを探しに来たんだった。
さてサタニエルは何処にいるんだろう。
こうも広い図書館だと探すのも大変そうだ。
「あそこに丁度良い方がいますから、あの方に聞いてみましょう」
エリエルが図書館内の大きなカウンターに向かって歩きだしたので、俺達は後に続いた。
カウンターには、眼鏡をかけたおっとりとした雰囲気の女性の姿の天使が座っており、大きな本に何かを書いていたが、俺達に気付き声をかけてくれた。
「あらあら大坪伊佐也さん、ようこそ学園図書館へ」
「ど、どうも。俺の事をご存知なんですか?」
「えぇ、伊佐也さんの亡くなった時の年齢、経歴、好きな音楽、好きな映画、好きな女性のタイプ、伊佐也さんのコンプレックス、何でも知ってますよぅ」
「あは、あははは」
変な汗が額から出てきた。
おっとりとした雰囲気でおっかない事を言い出したぞ。
一体何者なんだこの人。
「この方は天使のラジエルさんと言って、全ての知識が書かれた書を持っている方なので、何でも知ってるんです。そしてこの図書館の最高責任者なんですよ」
プリエルがそう教えてくれた。
ラジエル、ラジエル。
もしかしてメガテンに登場した天使か?
じゃあ、あの大事そうに抱えている本がそれなのか。
「はい、何でも知っておりますよぅ。それでぇ今日はどういったご用件なんですかぁ?」
「えっと、ここにサタニエルがいるって聞いたんですけど、何処にいるか分かります?」
ラジエルはペラペラと本をめくる。
「サタニエル君でしたらぁ、2階の神学コーナーにいますよぅ。
彼はいつもそこでキリスト教に関する書籍を読んでいるんです」
「分かりました、行ってみます」
「サタニエル君は色々あってお友達がいないみたいだからぁ、ぜひ仲良くしてあげてくださいねぇ」
「サタニエルも大変なんだな」
「そうですね、天国に来るまでが波乱万丈でしたから。それに天国に来てからも周りから警戒されていますしね。私も心配していたんです」
◇
二階の神学コーナーに着くと、真剣に読書をしているサタニエルがいた。思いきって声をかけてみよう。
「よう」
そう言って肩をポンと叩くと、サタニエルがいなくなった。
「あれ?どこ行った」
エリエルが机の下を指差すので覗いてみた所、サタニエルがブルブル震えて隠れていた。
「なぁ、お前はサタニエルっていうんだろ? 俺達はお前をどうこうするつもりはないんだよ。話をしたいだけなんだ。だからとりあえず、そこから出てきてくれないか?」
俺がそう言うとサタニエルが答えた。
「そ、そそんな事言って、僕をからかうつもりなんじゃないのか?」
「そんなつもりはないって、心配しなくていいから」
……出てこない。
なかなか手強いかも。
「サタニエル君。私達は貴方に酷い事はしないから安心して」
プリエルが助け船を出してくれた。
「あたしが引っ張り出そうか?」
「こら母さん余計な事すんな」
しばらくして、サタニエルは机からモゾモゾと出てきた。
「サタニエル君に紹介するね、私はプリエル、そして私のお兄ちゃんのエリエル。それから大坪伊佐也さんに、いざやさんのお母さんの晶子さん」
サタニエルはモゾモゾしながらうつむいたままだ。
「俺達はただサタニエルと話がしたいだけなんだ。それだけだよ。まぁそこに座ってくれよ」
どうにか分かってもらえたようで、少し落ち着いてくれた。
そしてそれぞれ席についた。
「サタニエルは元悪魔なんだってね。それでどういういきさつで悔い改めをしたいと思ったんだい」
サタニエルは一息ついてから、ゆっくりと話始めた。
「僕は以前、地上の人間を堕落させて信仰を棄てさせる仕事についていたんだ。
当時はその事には何も疑問に思わずやっていたんだけど、ある日突然“これでいいのだろうか”って疑念が湧いて来たんだよ。
これをこのまま続けていくのが正しいのだろうか、それとも他の道があるのだろうかってね。
その疑念が日に日に大きくなっていって、仕事に手がつかなくなってしまったんだ」
「変わった悪魔だね、こういう人……じゃなく悪魔って他にもいるの?」
「いや、僕が初めてで、前例が無いんだって。
そんな僕だから、他の悪魔達からは、頭がおかしくなったんじゃないかとか散々言われたよ。
途方に暮れながら地上をフラフラ飛んでいる時に、たまたま教会を見つけて中の様子を伺ってみたんだ。
すると、あるクリスチャンが『ろくに学校にも行かず、親を泣かせる事ばかりしていた私がキリストを知り、悔い改めをして、洗礼を受けて私は生まれ変わる事が出来ました』って話をしていたんだよ」
「そうそう。そういう人って結構いるんだよ。元ヤクザの牧師さんとかいるしね」
「それを聞いて、僕なんかでも悔い改めが出来るんだろうかと考えていた時に、空から声が聞こえたんだ。
『私は、いかなる者の悔い改めであっても受け入れる』って声が。
それで必死に『お願いします、私のこれまでの行いを恥じ、悔い改めを致します。どうか罪をお赦しください。』と叫んだら、次の瞬間には天国の門の前に立っていたんだよ」
「ずいぶん苦労したんだなぁ。偉い、サタニエルは偉い」
サタニエルの話で、三十過ぎからすっかり弱くなった涙腺が弛みだした。
俺が泣いていると母さんがハンカチを差し出してくれたので、思い切り鼻をかませてもらった。
「安心してくれ、俺達はサタニエルの味方だ」
「そうよ、そんな奴がいたらあたしがビンタ食らわせてやる」
「待った、すぐ手を出すのはやめろ」
母さんのビンタの威力が凄まじいのを、俺は知ってる。
結局は俺が悪い訳なんだが、小学生の時はしょっちゅうビンタを食らってた。
それも生易しいものじゃなくて本気のビンタだもんだから、毎回鼻血を出していた。
ついでに言うと、お気に入りのおもちゃを外に投げられたり、外に追い出されたりもした。
要するにスパルタ母ちゃんだったわけだ。
ただし心臓手術をするまでの事だけどね。
「母さんのビンタを受けて無事に済む奴なんていないだろ。辺りを血の海にするつもりか?」
「まーた大げさな事言っちゃって。そんな事するわけないじゃない。ていうかいい加減に晶子ちゃんと呼びなさいっての」
「それは絶対に断る。それに俺がかつての被害者なんだから、ガチのビンタは絶対にダメだ」
「ちぇー」
……マジでやる気だったな。
「あの、君達どうしてそんなに親身になってくれるの?」
「お前の話を聞いてたら、とても嘘をついてるとは思えないからだよ。ただそれだけの事さ」
「私も伊佐也さんの意見に賛成でーす。いじめ、いくない」
「せめて私達のような者もいるんだって事を、覚えておいて下さい。これからはきっと、こんな人が増えていきますよ」
「さっきも言ったけど、そんな奴がいたら……」
「だからそれはやめろってば」
「ひぐっ、うっ」
サタニエルが泣いている。
「あ、ありがとう。君達本当に良い人だね。こんなに優しくされたのは初めてだ」
「改めてよろしくな。助けを借りたい時は、いつでも言ってくれ」
俺はそう言って親指を立てた。
「いざやさんは、Aチーム所属だったんですか」
「ちょっと言ってみたくなった。ていうか良く知ってるな」
◇
昼休みが終わりそうなので、クラスに戻ろうとしていた時、俺達に向かって一人の男性が歩いてきた。
細身で高身長、髭が綺麗に手入れされており、緩いウェーブのかかった長髪が風になびいていて、とても優しい笑顔を湛えている。
「貴方をこちらへ導いて本当に良かった。父なる神も喜んでおられますよ。どうかこれからも、光ある内に歩んでください」
そういうと男性は去っていった━━
「誰だいあれ」
「イエス様ですよ」
「えぇぇぇーーーー!?」