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【神立】神の国学園へようこそ  作者: 尾形よしあ
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第十五話:荒ぶる者

 お昼休み━━


 俺は学園の中庭で、いつもの顔ぶれと他愛のない話をしながら昼食を取っていた。

 平和そのものといえる、穏やかな学園生活の一ページ。

 


 長閑(のどか)な時間が流れていく。



 “このまま平和な日々が続くと良いな”


 そんな俺の願いは、一瞬で塵と消えた。


 

 どこからともなく爆音が聞こえてきて、この音の元はどこかと辺りを見回すと、何と空からだ。


 映画のマッドマ○クスに出てくるような、車体に鉄板を張り付け装甲を強化し、何の為か分からないトゲトゲがあちこちに付けられ、タイヤは炎に覆われている車が三台、学園へと爆走してくるのだ。


 

 「やだ凄く嫌な予感がする、帰りたい」


 

 「伊佐也、あんたヘタレなの?逃げる気!?そんな子に育てた覚えはないわよ!!」


 「いや絶対危ないって、ヤバいってば!!」


 ブオンブオンブオーーーーン!!


 トゲトゲの車が俺達の前に止まった。

 ほら言った通りだ、嫌な予感が当たったじゃないか。


 俺はあれなのか、遠くに住んでる奥さんに会いに行ったら、たまたまテロリストが現れちゃって戦う事になった人みたいな、巻き込まれるタイプなのか?


 トゲトゲの車のドアが開き、現れたのはサタニエルの母さんだった。


 服装はあの時と変わらずエプロン姿にサンダル履きで、手には竹箒だ。

 あの服装には、譲れないものがあるのかもしれない。


 それに続いて、鉄製のホッケーマスクみたいな物を被った、いかにも子分の様な連中が十人、車から降りてきた。

 が、何故やる気を感じないんだろう?

 サタニエルの母さんに、無理矢理連れて来られたんだろうか?


 

 「ここで会ったが百年目!! 今日こそはうちの子を返して貰うわよ!!」


 「うっさい、あれだけやられといてまだやる気なの?こうなりゃこの間以上に、痛い目を見ないと分からないようね」


 マズいな、前回以上に酷い展開になりそうだ。


 「と、とにかくサタニエルを守らないと」


 「伊佐也さん、私に良い考えがあります」


 エリエルが何か良い案が浮かんだようだ。


 「サタニエル君を守る為に戦いましょう」


 エリエルは光輝く剣を構えた。


 「エリエルは剣の(たしな)みがあるだろうが、俺には無理だってば。天使長ミカエルから基礎を終わったばかりなんだぞ」


 「伊佐也さん、あなたなら出来ますよ。多分」


 同じく剣を構えたプリエルが、何の根拠もない事を言い出した。

 多分て何だよ多分て。

 何か言うなら、せめてもう少し上手い事言ってくれよ。


 そう思っている時、エリエルとプリエルにもう一人が加わった。

 

 「サタニエル、お前も戦うつもりなのか!?」


 「僕は今まで皆に守って貰っていたけど、それではいけないと思うから」


 「よく言ったわサタニエル。うちの伊佐也とは大違いね」


 「えらい言われようだな……。分かったよ、俺もやるよ」


 「そう言ってくれると思ってたわよ」

 

 「ほう、母親と戦うっていうのね。分かったわ、全力で来なさい」


 皆が戦闘態勢に入る。

 と思ったが、やっぱりサタニエルの母さんの子分達の様子がおかしい。

 やっばり戦う気が無いんじゃないのか?


 「ねえサタニエル君、あたしの思い違いかもしれないけど、あの子分ぽい人達って、無理矢理連れて来られてたりしない?」


 俺と同じ事を考えていたプリエルが、サタニエルに尋ねた。


 「えっと……あの人達は、うちの店の従業員だと思う」


 「従業員?お前の実家って、店でもやってるのか?」


 「うちは【ベーカリー地獄(ヘル)】というパン屋をやってるんだよ。ついでに言うと、あの車は店で配達とかで使っている車なんだ」


 なんとまあ分かりやすい店名だろう。

 どこにあるのか直ぐに分かる。

 これがもし地上にあったなら、センスの悪い人が経営してるんだろうとか、変なパンしかないと思われるのは確実だ。


 しかしあんな車を配達に使うとは、さすがは地獄。

 きっと地獄では、ありふれた普通乗用車なのかもしれない。


 「プリエルさんの言う通り、無理矢理連れて来られたんだと思う。息子として申し訳ない気持ちだよ」


 

 ベーカリー地獄(ヘル)の女将さんと従業員達と、俺達が向かい合う。

 従業員は、あからさまにため息をついている。

 恐らくは手当てはつかないのだろう、気の毒に。


 「3、2、1で一気に攻め込みましょう。皆さん準備は良いですか?」


 「お、おうよ」


 「さ……」


 エリエルがカウントし始めようとした瞬間、うちのガキ大将が飛び出した。

 「ほらこれだ、ったくしょうがないなぁ」

 俺達は急いで母さんに続いた。


 しかし意外な事が起きた。

 母さんが攻撃を加えるかなり前に、ベーカリー地獄(ヘル)の従業員の皆さんが「うわあぁぁぁぁーやられたぁぁぁー……」と言ってヘロヘロと倒れて行ったのだ。


 ……よっぽど嫌だったんだな。


 「ちょっとちょっと、何なのよあれ」


 うちの母さんも急ブレーキをかけて、こっちに戻ってきた。


 

 さて、倒したわけじゃないんだが残るは一人、大ボスだ。

 


 この間は、母さんとの一騎討ちで引き分けに終わったが、今は俺達がいるのだから勝率はあるだろう。

 

 「ったく、全然役に立たないじゃないの。明日から時給減らすから覚悟しときなさいよ!!」


 ベーカリー地獄(ヘル)の女将さんから、残酷な言葉が放たれた。

 これはあまりにも酷い。やられたフリをしている従業員の皆さんは涙目だ。


 「母さん、それじゃああまりにも可哀想じゃないか。もう少し働いている皆の事を考えてやれよ」


 「サタニエル、一丁前な口を利くようになったじゃないの。それも神様とやらのお陰なのかい?」


 「そうだよ、僕は神様のお陰で変わる事が出来たんだ。もうそっちには戻らずに、こっちで暮らし続けるんだ!!」


 サタニエルの母さんが歯ぎしりをし、こめかみに血管が浮かび上がる。

 旦那さんはどんな人、悪魔なんだろうとふと思った。

 もしかすると、これ以上におっかないのだろうか?


 「サタニエル君の気持ちが分かったでしょう。彼の気持ちを尊重してあげて頂けませんか?」

 

 エリエルが説得しようとしている。


 「実の息子が突然居なくなった気持ちが、あんた達に分かるの!? 分かるわけないでしょ!!」


 サタニエルの母さんが心情を吐露し、うっすら涙が浮かぶ


 「あたしと旦那の願いはね、サタニエルが立派な悪魔として成長して、いずれは店を継いでくれる事なのよ。だけど自分がしてきた事に嫌気がさしたと言って、突然いなくなったのよ? この悲しみが分かる!?」


 ピンク色に可愛い鶏の刺繍がされたハンカチで、涙を拭っている。

 子供が自分の元から去って行った訳だから、それはさぞ辛いものがあっただろう。

 寂しくもあるだろう。

 だから危険を承知の上で、天国まで乗り込んできたんだ。


 「母さん、これは殴り合いをしてどうにかなるもんじゃないんじゃないか?」


 「そうみたいね。でもどうしたら良いのかしら」



 「この件、私に任せて貰えないかな?」


 

 どこからともなく声が聞こえた。

 というより、心に直接響いてきたという感じだ。

 

 この声の主は、あの方だった。


 「あ、あんたはイエス・キリスト!?」


 そう、イエス・キリストその人だった。

 

 微笑みを湛え、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 サタニエルの母さんは勿論だが、俺達もその圧倒的な神聖さに足がすくんでしまう位だ。


 「初めましてサタニエル君のお母さん。どうかお願いがあります。お母さんとサタニエル君、そして私との話し合いの場を設けさせて頂けませんか?今必要なのは争いではなく、話し合いであると私は考えます」


 突然現れたイエス様にお話をしませんかと言われ、サタニエルの母さんは戸惑っている。


 「は、話し合いですって?」


 「戸惑われるのは当然の事です。ですが安心して下さい、悪魔のお母さんと元悪魔の息子さんが、天国で親子喧嘩をするのは初めての事ですから、私も少々戸惑っておりますよ。ハハハッ」


 神の子イエス様が冗談を言ったが、周りはどう反応していいか困っている。


 「…冗談はさておき。父なる神は、必ず物事を良い方向へと導いて下さいます。そう言う訳ですので、私とお話をしませんか?」


 「そうだよ母さん、まずは話をしようよ。母さんだって喧嘩なんてしたくないだろう?僕の母さんは、本当は優しい母さんなんだから」


 「あんたって子は…。分かったわよ、じゃあ何処で話をすれば良いの」


 サタニエルの母さんが竹箒を下ろした。

 説得を受け入れてくれたようだ。

 これから良い方向へと向かってくれると良いのだが。


 ◇


 ━━おかしい、こんな展開になるとは思いもしなかった。



 てっきりイエス様とサタニエル親子の三者面談で、話をするもんだと思っていたんだ。




 だがなぜ俺達、大坪親子が参加しているんだ? 


 

 この不思議な五者面談が、空き教室で始まってしまった。

 


 机を四つくっ付け、一方に母親二人、もう一方に息子二人が座り、上座にイエス様が座った。


◇ 


 ━━さて、ここでのやり取りを詳しく記したい所なんだが、長時間に渡って続いたので、ここでは要約させて貰う事にする。


 最初は強い物言いだったサタニエルの母さんだったが、次第に落ち着きを取り戻した後は、心情を切々と話し始めた。


 サタニエルの母さんは常に血の気が多い訳ではなく、愛する我が子が突然居なくなった為に混乱し、この様な力にものを言わす行為に至ってしまったという事だ。

 サタニエルが言うには、普段は家族思いで優しい母親らしい。


 何処に住んでいる母親であろうとも、家族を愛する気持ちは同じなのだ。


 その話を聞いていたうちの母さんが、「その気持ち分かるわぁ。うちの子は色々とアホなんだけど、この絆を絶つ事なんて出来ない大切なものだからね。もしこの子が突然居なくなったら、あたしも必死こいて探し回るわ」


 嬉しいんだが、色々とアホとはどういう意味だと問い詰めたかったが、堪える事にした。


 色々な会話をし、それぞれが本音で語り合った。


 そしてイエス様はこう言った。


 「お母さん、彼の気持ちは一時のものではありません。彼は切実に悔い改めを求めていらっしゃいました。ですから息子さんを私に預けてくださませんか?決して悪いようには致しません。ですが日頃の様子が分からないままではさぞ不安でしょうから、時々はこちらにいらして下さって構いません。そうすればお母さんも安心出来るでしょう。但し、こちらのルールには従って頂きますが」


 悪魔が天国に来て良いと許可を与えるとは思わなかったので、かなり驚いた。

 でもさすがは神の子、サタニエルの母さんがこっちで手荒な真似をする事は、もうないと判断したのだろう。

 

 そしてサタニエルの母さんはこう言った。

 どうか良くしてやって欲しい。

 でももし息子が天国で辛いと感じているようであるなら、限界を感じているようなら、その時はイエス様が判断をして欲しいと。

 


 「おーい。おーーい、くみ子!!」


 「外で誰か呼んでるけど、くみ子って誰?」


 「僕の母さんだよ」


 「ず、随分と和風な名前なんだな…」


   

 どうやらサタニエルの親父さんが、奥さんを迎えに来たようだ。


 外に出て行くと親父さんは、「うちの妻が大変ご迷惑をおかけしまして」と平謝りだった。

 眼鏡をかけ、小柄で腰が低く、謙虚な印象だ。

 こういう悪魔もいるんだな。


 そして二人は手を繋いでトゲトゲの車に向かい、奥さんを助手席に乗せる。


 「トゲトゲに頭を刺さない様に気を付けて」


 「はーい、あなた。サタニエル、辛くなったらいつでも戻ってきて良いんだからね」


 ラブラブだな。

 そして爆音を鳴らしながら去って行った……。

 

 それに続いて、従業員の皆さんも車に乗り、去って行く。

 大変な目に合ったんだから、ゆっくり休んでくれよな…。


 「ふう、これで一先(ひとま)ずは終わったかな。少々問題はあるものの、良い親御さんを持ったねサタニエル君。大切にしなさいよ」


 「は、はい。イエス様にそう言って頂いて、とても嬉しいです。僕も両親を心配させない様、こちらで頑張ります」


 「その意気だよ。それに君には素晴らしい友人達がいるのだから、困った時は遠慮なく頼って良いんだからね。それが友人というものだ」


 「おうよ、俺達はお前の友人だからな。いつだって側にいるぞ」


 「皆さん、お話合いは終わったようですね」


 「お疲れさまでしたー」


 「エリエルとプリエル、二人ともまだ残っていたのか?」


 「だってサタニエル君が心配だったから、あたし達だけ帰るに帰れなくって、終わるまで待ってる事にしたんです」


 「さあさあ、皆さん帰りましょう。その前にイエス様にお礼を言いましょう」


 エリエルに促され、皆で「「ありがとうございました!!」」と感謝の意を伝えると、イエス様は「君達に祝福あれ。さあもう日が暮れたから、家に帰って休みなさい」と言ってくれた。


 ◇


 空を見上げると満点の星空が広がり、一つ一つが輝いている。

 暖かい黄色の星の光が街を優しく照らしている。

 

 そっか、それで天国には街灯が一つもないのか。


 神様が創造してくれた月と星が夜の明かりとなって、照らしてくれているんだ。


 


 

 


 

 

 

 

 


 


 


 




 


  

   


 


 


 


  

 

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