第一話:召天
「こんにちは、大坪伊佐也さん」
誰かにそう呼ばれ目を開けようとすると、強烈な眩しさに目が眩んだ。
「ごめんなさい、眩しかったですか。だけどすぐに慣れるから大丈夫ですよ。ゆっくりと目を開けて下さい」
──恐る恐るゆっくりと目を開けると、目の前には大きな、というかあまりにも巨大な門が浮かび上がる。
そしてその周囲は一面真っ白な世界が広がっていて、果てが見えない。
巨大な門の横に重厚な作りの机があり、翼のある一人の男性がそこに座っていた。
男性が立ち上がり軽く頭を下げた。
「改めてこんにちは大坪伊佐也さん、天国へようこそ」
男性は天国へようこそと言った、確かにそう言った。
「あれ、もしかして俺、死んだの?」
「はい、その通りです。あなたは死にました」
男性は笑顔ではっきりと、そう言った。
「マジですか。でもよく覚えてないんですけど、何で死んだんでしたっけ、俺」
「伊佐也さんは教会での日曜礼拝を終えた帰り道でした。自転車に乗ってご自宅へと向かっておられました。しかし考え事をしていた時ハンドル操作を誤り、歩道と車道との段差にタイヤを取られ車道側に転倒、そこに運悪く車が……という経緯によってです。大変痛ましい事故でした」
そうだ思い出したぞ──
俺は前の仕事を辞めて転職活動をしている最中で、それがなかなかうまくいかないまま二ヶ月が経って、もうダメかもしれないと精神的に参っていたんだ。
でも教会の日曜礼拝は毎週欠かさず通っていたんだが、その帰り道、急に自分の頭の中で色んな不安事がグルグルし始めて転んじゃったんだっけ。
その後の事はよく覚えていないが、しかしあっさり死んだもんだな。
こうもあっけなく終わりが来るとは。
「それで、俺はここにいる訳ですか」
「そういう事です。本当に大変でしたね」
「これから俺はどうなるんです?」
「伊佐也さんには、これから天国で暮らして頂きます。住まいもちゃんと用意されてありますよ」
「ちょ、ちょっと待って。何で俺みたいのが天国に行けるんですか」
「あなたが相応しい方だからですよ」
「俺なんて出来損ないのクリスチャンですよ。こんな奴よりももっと相応しい人はいくらでもいるでしょ」
そう、俺は敬虔なクリスチャンなんかじゃない。
日曜礼拝には毎週行っていたが、毎日祈るわけじゃないし、聖書も毎日読まない。
教会役員なんてのをやってたが他に人がいなかったから渋々引き受けただけで、本当は断るつもりだったし。
ゲーム好き、アニメ好き、マンガ好きのサブカル大好きっ子(三十八)だからお金を浪費しまくってたし。
……そんな奴が天国に行っていいわけないじゃん。
「これは神様の決められた事です。つまりですね、伊佐也さんは天国に相応しい方であると神様が判断されたのです。もし納得がいかないのであれば神様へ不服申し立てをする事もできますけど、どうしますか」
笑顔から少し寂しそうな表情に変わる。
不服を言うという事は神様に対して歯向かう事になるのかな。それは止めておいた方が良さそうだ。
「分かりました、従います」
「ありがとうございます。では詳しい説明……、その前に私の自己紹介がまだでしたね。私は天国の門の管理を仰せつかっております、天使のエリエルと申します」
名前をエリエルと言った天使は再び笑顔になり深々と頭を下げた。
金髪に青い目、透き通るような肌、時おり見せる屈託のない笑顔。白くゆったりとしたローブを着たかなりのイケメンだ。身長は百八十センチ位だろうか。
年齢は十代後半位に見えるが……、そもそも天使に年齢なんてないよな。
「先程もお話しましたように、伊佐也さんにはこれから天国で暮らして頂きます」
「はい……」
「そうするにあたって、あなたはこれからどのように過ごして行くかを決めて頂きます」
「どういう事?」
「具体的に言いますと、年齢、容姿、性別の決定。それに小中高、或いは大人、どの段階から天国の生活を始めるか。です」
「そんな事まで決められるの!?」
俺は驚いて返事をした。
「ええ、天国では可能なんですよ」
天使エリエルが笑顔で答える。
しかし天国って凄いね。
「ですがこれは今後のあなたの生き方に関わる大きな決め事ですから、しっかりと考えて下さいね」
マジかよ、これって最近のゲームによくあるプレイヤーのキャラクターエディットみたいなものか。
そう言われるとどうしたらいいのか迷うな。
実際キャラクターエディットをする時も、ああじゃないこうじゃないと数時間悩み込む性格なんだよね。
「それで、一体どうすればいいの?」
「と言っても特にして頂く事はありません、とても簡単なんです。ただこの天国の門を通ってくだされば良いんです」
「たったそれだけ?」
「はい。門を通る際に聖霊があなたの心を読み取り、希望に沿った姿にしてくださいます」
まぁ何て簡単なんでしょう。
というか超展開過ぎて頭がついて行かないよ。
なんでもアリじゃないの天国。
「では大坪伊佐也さん、心の準備は出来ましたでしょうか」
「はい…」
「では、この天国の門を通り新たな生活をお過ごしください。
天国にいます全ての者は、あなたを歓迎致します。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように」
──天国の門の扉に向けて、俺は一歩を踏み出した