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邂逅

 ある日レオは、魔法そのものを見上げていた。


 精霊は、この始原の森より生まれたといわれる。

 それは事実だったのだと、眼前の存在を見て思わない者はいないはずだ。

 彼とも彼女ともつかない輪郭のぼやけた木漏れ日のような姿が、幼い子供の身にも分かりすぎるほど強い魔法の力を一帯に広げ照らしている。


 あれは、なんと呼べばいいのだろう。

 四大精霊の理を全て纏ったように美しく壮大な力。

 レオは圧倒的な光あふれる力に魅了されていた。


 ――よもや、未だその魔法がこの世に留まっていたとは思いもしませんでした。


 からからと鈴のような、雨粒が水面を打つような声が辺りに弾ける。弾けながら近付き、耳の側で跳ねた。


 ――愛しき我が君よ、あなたのお帰りを祝福します。


 その内容に、レオの鼓動はさらに跳ねた。

 光が揺れたように形にならない言葉を()()()。本当に声だったのだろうか。

 だがその思慕の言葉は、胸の深い場所まで染み渡るように伝わっていた。


 木漏れ日が精霊を中心に渦巻き、ひらひらと頭上に舞う。ここが地上なのか、遥か遠い空に浮かぶ星屑の波間から見下ろしているのか。感覚を失いながらも、眼前に佇む精霊の存在感は少しも揺らぎはしない。


 こんな素晴らしい精霊に、すごい力があると言われたも同然で、レオは今しがたの不安などすっかり忘れて幸福に満たされていた。


「あなたは、精霊の王なの?」


 思わず出たレオの問いに返ったのは、さざ波。精霊の笑い声だ。嘲りではなく温かなものだが、幼子をあやすようでもある。腹は立たなかった。実際に迷子になって泣きべそをかき、彷徨っていたところを助けられたのだから。

 それよりも、圧倒的な光景が胸苦しいほどで、夢うつつの頭に決して忘れないようにと焼き付けるのに懸命だった。



『いいかい、現在の人間には魔法力が強すぎて、とても耐えられない。決して森の奥へ入ってはならないよ』


 そう大人たちに言い聞かされていた、始原の森の奥地にある元素の滝。

 古い呼び名でフォン・エレメントゥムと呼ばれるそこへ、辿り着けたわけではない。しかし先ほどレオは、散々迷ったあげく森の外へ向かうどころか奥に入り込んでいるのだと、滝壺から響く水音を聞いて知った。血の気が引くだけでなく、実際にひんやりとした霧に肌が濡れて体温が奪われていくのを感じて慄いていたのだ。


 近付きすぎたと気付いたところで、はたして戻る道はどこかも知れない。言いつけを守るべきだった。友達に弱虫とからかわれたからなどという、子供のつまらない意地で深く入り過ぎた罰なのか。もう父母には会えないのかと、寒さとは別の震えが足を大地に縫い留めていた時だ。


 かの精霊は現れて、両手を広げた。行く手を遮るように霧を背にして、戻る道を示してくれたのだ。




 瞬きした次に目に映ったのは、木々の間隔が広い森だ。名を呼ぶ声が聞こえ、そこが森の入り口だと気付いた。

 そこで無事に村長率いる捜索隊に助け出されたレオは、彼らの気も知らず、興奮して精霊に会ったとしきりに喚いた。捜索隊に参加していた村の大人たちに、一時は頭をやられたと思われたようだが、村長と幾人かの強い魔法の持ち主は青褪めていた。特に村の相談役でもある魔法使いが顔色悪く手招く。


 そのままレオは村長宅に連れて行かれ、恐ろしい顔つきで問い詰められた。


「災厄の、魔法の気配が、迸った」


 レオは驚いて言い募る。

 そんな恐ろしいものなど何もなかった。奥に入り込まないように、帰り道を教えてくれたのだからと伝えたはずだ。

 村長らの怖い顔付きよりも、高揚した精神とは裏腹に疲労を訴えていた体に抗えず、ぐずってしまい有耶無耶になったのだと思う。信じて聞いてくれるなら、あの感動の全てを何度でも話したいとさえ思っていたのに、気が付けば自宅の部屋だったのだから。


 翌朝には両親にこっぴどく叱られたが、二人の腕はレオの命を確かめるように体を包み、強く抱きしめた。その時の震える温もりは忘れていない。


 だから未だにレオは、両親を責める言葉を出せないでいる。


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