犬と猫
「君は猫のように見える」
「私はどちらかと言えば犬が好きよ」
「それはあまり関係ないんじゃないかな?好きなものに似るってあまりないよ」
彼女はとても愉快そうに口角を上げる。
やっぱり猫みたいだ。誰かの言うとおりに行動することなんてきっとしない。
「猫だろうと犬だろうと、別にどうでもいいでしょ。私がニャンと鳴いたところで何も起こらない」
「君がそんな風に鳴くところを見てみたいよ」
「嫌よ。どうせ似合わない」
意外と似合うと思うけど、言葉にはしない。
わざわざ彼女を不機嫌にしたくない。
こんな風に話を続けていたい。
「それに私、猫は嫌いよ」
「そうなんだ。なんで?」
「とても身勝手で愛情を注いでもそれを気にしないで、どこかに行ってしまうじゃない」
大して思い入れの無いように言う。
多分適当に理由を作っているのだろう。
自分の嫌いなものに対してはあまり理由なんて語りたくない。
僕も彼女もそんな風にできている。
「それはこうも言い換えられるかもしれない」
「あら、何?」
「とても自由で愛情を注がれるのが怖いから逃げるのかもしれない。それはとても優しい事だと言ってもいい」
それでも自分の好きな人に似ているものが悪く言われるのはあまり愉快じゃない。例え彼女が言ったとしてもできるだけ好きになってほしいと思う。
それが身勝手な願いだとしても、僕からしたら自分で自分を否定しているように見えてしまう。
本当は猫に大した思い入れなんてない。
だから甘く、柔らかいそんな言葉で僕は肯定する。
それは猫というよりも、彼女をだ。
それだけは僕がすることだ。僕が一番していたいことだ。
「それは優しいと言うよりも臆病って言うんじゃないかしら?」
「そうかもね。でも臆病だってきっと優しいからそうなるんだ」
「私、結構わがままよ?」
「わがままだって優しい事さ。つまり何も諦められなかったってことだろ?」
彼女の言葉一つ一つを僕は好意的に解釈する。
僕は彼女の全てを否定しない。
それは優しさではない。
臆病なのかもしれないけれどそれは優しさではない。
わがままなのかもしれないけれどこれは優しさではない。
彼女のものとは何一つ違う。
僕は、僕を否定する。
彼女を肯定するために必要なことだから。
「それじゃあ、なんで犬が好きなの」
彼女は僕に向かってほほ笑んだ。
「だってあなたにとても似ているから」
「僕が?」
「ええ、とても私に従順でしょう?」
「まあ、そうだね。僕は君の犬と言えば犬だ」
「そう。私は飼い主」
犬というのは確かに僕に合っているかもしれない。
でもたった一つ間違えている。
「鎖でつないでいるのは僕だけどね」
そんな風に僕は彼女を縛り付けている。
彼女に僕はここにいるように強いている。
それでも彼女はフッと笑う。
ほら、やっぱり猫みたいだ。
「それじゃあ、あなたは私を愛してくれていると言うことでしょう?」
ああ、やはり君は美しい。
その目でその声で僕に鎖をつなぐ。
彼女は何も間違えてはいなかった。
僕はどこまでも彼女の犬だ。とても従順な君だけの犬だ。
「お願いだから、いきなり僕のことを捨てないでくれよ」
「あら、私は何も捨てないわよ。私はわがままな猫でしょう?」
「わがままなくらいが可愛いさ」
「嬉しいことを言ってくれるわね」
僕は君にわがままな命令をして欲しい。
それが僕のわがままだ。僕だけのわがままだ。
とても身軽な猫にどこまでもついていくそんな犬であろう。
「じゃあ、一つわがままなことを言いましょう」
「なに?」
「尻尾を振らないでよ。とてもわがままなことよ」
彼女の言葉を待つ。
その口からの言葉を待つ。
「私と結婚してくれない?」
「喜んで」
それは本当なら僕のセリフだけど、それが彼女のわがままだ。
僕は彼女を抱きしめる。
彼女は僕の首に甘噛みした。