パリ、冬の日にて。
ドアを開けるとパリだった。
見回せば金髪、赤髪、黒髪のオンパレード。
自分でも何を言ってるのかわからなくて、開いた口が塞がらなかった。
おかしい。
俺は確かに、仕込みの食材を取りに冷蔵庫に入ったはずだ。
しかし、俺は何故かフランスに居る。昔に修学旅行で行ったセーヌ川とかそのままだ。
ただ、橋桁に南京錠はかかっていなかったが。
さっきも言ったが、黒髪の人は居ることは居る。
でも、顔つきが日本人のそれではない。
どう見てもエジプトとかそっちの血が混じった顔つきだ。
昔、世界史の授業で「フランスとエジプトは交流があった」と聞いたが、
だからだろうか。そういった顔や毛色になるのは。
あとだ、通る人は民草でも美形が多い。
エキゾチックな血がそうさせてるのか。
短足胴長の日本人からしたら羨ましい限りだ。
ふと振り返ってみるが、私が通ってきたドアは何処にもない。
仕事中だったので、着の身着のまま白の和装の仕事着に戴帽である。
料亭の料理人とかが着けてるアレだ。
そんな変な格好でザルを両手に抱えて突っ立ってるもんだから、
周りの視線がすごく痛い。
今通って行った人など、こっちを見ずに顔を伏せて笑っていた。
そりゃそうだ。
そういえば、通る人の服装がどこか古めかしい。
オシャレの国にしてはすごく変だ。
民草と言ったが、それはそれは質素だったからだ。
少なくともTVで見るような人の、華やかな服装は見られない。
質素さにほんの少し華美さを重ね合わせてるような、そんな感覚である。
時々通る高いシャッポの男性は貴族だろうか。
立派な馬車に乗っている。
ぼーっと見とれていたらスリに絡まれそうになった。
危ない。
財布はロッカーの中に、鍵をかけて置いてきてしまっているから使えないが。
言葉は無論分からない。
巻き舌のかかった言葉が聞こえてくるだけで、意味など分からない。
ただ、不思議と感情だけは伝わるので、
馬鹿にされてるな、とかそういうのは分かる。
こんな格好をしているのが悪い、と言われたらそれまでなのであるが。
仕方なくセーヌ川のほとりで黄昏る。
正直この格好は肌に堪える。
捲った袖を伸ばしても、所詮肌着程度の薄さの服だ。
「灰色の町」にふさわしく、日は重い雲に隠れて今にも雪が降りそうだ。
冷蔵庫に入るときはスカジャンを着るときがあるのだが、
その時は調達する食材も少なかったのでそれもない。
後の祭りだが着てくればよかった。
ただ、持ってきていたものが2つだけあった。
片刃の包丁と100円の瓦斯ライターである。
うちは着火は手動だったので、煙草は吸わないがライターは惰性で常備していた。
くすねてきたともいう。
そうして頬杖をついていると、子供が何やら早口でまくし立ててくるのが聞こえた。
しかめっ面をした其れは、明らかにこちらを警戒していた。
ストリートチルドレン。
ふとそんな言葉が浮かぶ。
歳は7~10歳程度だろうか。
彼に続いてゾロゾロと5名ほど顔を出してくる。
どれも男の子ばっかりだ。
女の子は居ないのか、少し期待したが今のところ居ないらしい。
しかし、どこかで見た顔だなと、じっ、とその目を見る。
ふと、あっ!っと声を上げてしまった。
さっきのスリじゃないか。