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トランプ



カードが配られる。テーブルを挟み、向かいあった男二人が、同時にそれを受け取った。一人は髪が長く、顔には髭を蓄えており、この部屋の薄暗さも相まってか表情がよく読み取れない。もう一方の男は対照的に髪が短く、顔は赤ら顔で、この薄暗い部屋の中でも不自然な程、強調して浮かび上がって見えた。一層気味が悪いような気がした。

部屋に灯されている電燈は一つしかなく、そのために明かりの真下に設置されたテーブルの周り以外は一切が暗闇となっていた。この部屋の広さがどの程度のものなのか、それすらも今一判然としない。テーブルの周りを見物人たちが取り囲んでいるようであるが、表情を目視することが出来る人物は全体の中のほんの一握りで、残りの大多数は光の届かない暗闇の中に沈み込んでいる。聞こえてくるざわめきから察しても、それ程少人数ではなさそうだが、やはり、暗闇のために一切の詳しい状況は判然としなかった。二人の男は配られた自分の手札を確認していたが、髭の男が割り合いに落ち着きながらカードの順番をゆっくりと入れ替えているのに対し、赤ら顔の男は明らかに落ち着きがなく、「あー」とも「だー」ともつかないような妙な声を上げながら、必死にカードを動かしている。テーブルの奥、二人の間には全身黒い服を着たディーラーらしき男が立っており、今の今までその存在に気が付かない程、見事に闇に溶け込んでいた。そのディーラーが口を開く

「1回戦を開始します。カードを選んでください」

二人の男は再び自分の手札を眺めた。かなり長考している様子だったが、依然として髭の男は落ち着き払い、悠然とした雰囲気をさえ醸し出している。一方の赤ら顔の男は、尚も、さっきまでと変わらずに落ち着きがなく、妙な声を上げながら短い髪を掻きむしっている。テーブルの上には5本の星型の旗が置かれており、勝った方がそれを受け取ると見られる。おそらくは全5回戦の3本先取であるのだろう。やがて髭の男がカードを一枚、テーブルの上に伏せた。一方の赤ら顔の男は尚も落ち着きがなく、自分の手札に何かの言葉で話しかけていたが、やがて差し迫られたかのように髭の男に続きカードを一枚、テーブルの上に伏せた。ディーラーが再び口を開く

「出揃いましたので、カードをオープンします」

そう言うとディーラーは両手を伸ばし、カードを同時にめくった。

髭の男「♠︎の3」赤ら顔の男「♡の7」

場に緊張が走った。カードはオープンしたが、勝敗はすぐには告げられない。ディーラーが口を開く

「結果を発表します」

そう言うと少しの間を置いて、何やらそれらしいBGMが流れてきた。妙に愉快な場違いとしか思えないメロディーが鳴り響くが、姿を目視できる人物に、誰一人として表情の緩い者はいない。皆、一様に険しい表情をしている。大袈裟な締めのシンバルが打たれ、場違いなメロディーが鳴り終わる。それと同時に、赤ら顔の男が座っている椅子が強烈なスポットライトによって照らし出された。

奇声が上がる。赤ら顔の男は叫びながら椅子から立ち上がり、喜びを露わにした。光の中で、がたがたとテーブルにぶつかりながら動き、飛び跳ねたりしている。ディーラーが星型の旗を横から手渡そうとしたが、赤ら顔の男は、それをひったくるようにして受け取り、息を荒げながら再び気味の悪い奇声を上げた。一方の髭の男は椅子から動かず、依然として落ち着き払っているように見えたが、表情までは良く見えず、詳しい状況は判然としない。ディーラーが口を開く

「2回戦を開始します。カードを選んでください」

無機質に発せられた言葉に興を削がれたのか、赤ら顔の男は身体の動きを止め、ぼそぼそと何かを言いながら再び自分の席に着いた。髭の男は既にカードをテーブルに伏せており、悠然としている。赤ら顔の男の方は先程よりもかなり余裕が出てきたと見え、今度は髭の男の顔をまじまじと見つめながら「あー」とも「だー」ともつかないような奇妙な声を上げ、やがて叩きつけるようにしてカードをテーブルの上に伏せた。ディーラーが口を開く

「出揃いましたので、カードをオープンします」

両の手が伸ばされる。

髭の男「♠︎のJ」赤ら顔の男「♦︎のQ」

「結果を発表します」赤ら顔の男は待ちきれないと言わんばかりに、椅子の上で小刻みに震えている。BGMが流れる。鳴り止むと同時に髭の男の椅子が強烈なライトによって照らし出された。

奇声が上がる。赤ら顔の男は勢いよく立ち上がり、ディーラーに向かい何かを叫んだ。身振り手振りを交えながら怒りを表しているようだが、何を言っているのか意味まではわからない。髭の男は落ち着きながら星型の旗を受け取る。ディーラーが意に介さず口を開く

「3回戦を開始します。カードを選んでください」

尚も奇声を上げながら、それでも何かを悟ったかのように渋々席に着いた赤ら顔の男は、血眼になりながら再び自分の手札を眺めた。どうやら数の大きさで勝敗が決まる訳ではないらしい。

やはり髭の男が先にカードを伏せる。負けじと赤ら顔の男もカードを伏せるが、先程とは異なり顔には明らかに不安の色が浮かんでいた。例のごとくディーラーの手でカードがめくられる。

髭の男「♣︎の4」赤ら顔の男「♦︎の10」

「結果を発表します」

赤ら顔の男がディーラーの顔を眺める。その表情は酷く恐ろしかったが、それでいて許しを請うような色が浮かんでもいた。BGMが流れる。締めのシンバルが打たれ、髭の男の椅子がライトで照らされた。

奇声が上がる。頭を掻きむしりながら、断末魔のような叫び声を上げ、赤ら顔の男は椅子から跳ね上がった。最早、何処に向かって叫んでいるのかわからないが、何か不平めいたことを言っているのだけは伝わってくる。

「4回戦を開始します。カードを選んでください」

最早、正気を失っているようにさえ見える赤ら顔の男が、それでもディーラーに襲いかからないことが、むしろ不思議でならなかった。

はじめて赤ら顔の男が先にカードを伏せる。血走った目で髭の男を睨み付けるなり、息を荒げながら例の甲高い奇声を上げた。髭の男は、そんな事はまるで意に介さないかのように、ゆっくりと自分のカードをテーブルの上へ伏せた。

「出揃いましたので、カードをオープンします」

ディーラーは相も変わらず無機質に言葉を発する。

髭の男「♣︎のJ」赤ら顔の男「♡のQ」

2回戦の組み合わせの柄違いだった。先の2回戦では髭の男が勝利している。赤ら顔の男の表情が絶望に染まった。

「結果を発表します」

依然として髭の男は落ち着いているように見えた。BGMが流れる。私の頭の中に、いくつかの疑問が浮かぶ。ー

そもそも何故、カードオープンから結果の発表までに時間がかかるのだろう。何故、両者は(少なくとも赤ら顔の男は)カードオープンの時点で勝敗の判断が付かないのだろう。今までの結果から見ても数の大きさで勝敗が決まっている様子はない。柄に優劣があるのかもしれないが、それだけならトランプである意味もない…。

BGMが鳴り止む。それと同時に、赤ら顔の男の椅子がライトで照らし出された。

場がざわつく。拍子抜けした赤ら顔の男は、今まで上げていた奇声を突然ぴたりと止めた。きょろきょろと辺りを見回し、茫然としながら星型の旗を受け取る。恐怖から解放されたような無表情の後、気味の悪い笑みを顔いっぱいに浮かべてみせ、身体を小刻みに震わせた。髭の男はと言えば、相変わらずの静寂ぶりであったが、髭の先には僅かに光るものが見え、それは部屋の中の薄明かりを反射させながら、ぽたりぽたりとテーブルの上に滴り落ちていた。猛烈な汗をかいていることがわかった。

「5回戦を開始します、残りの一枚を伏せてください」

ディーラーの声が響く。最早両者に選択の余地は消え、最後の一枚に全てを託す運命しか残されていなかった。

「カードをオープンします」

やはりディーラーの声は無機質だった。カードがめくられる。

髭の男「黒のジョーカー」赤ら顔の男「赤のジョーカー」

場が騒然とする。驚きの声やひそひそ話しが、あちこちから聞こえ、短い悲鳴や笑い声までもが部屋の中に響いていた。髭の男が最後まで切り札を温存していたことには納得が出来るが、あの赤ら顔の男が、こんな風に冷静で辛抱強い選択をしていた事に驚きを感じた。-いや、本当に切り札ならば4回戦で出しておくべきだったのでは?後のない場面であんなにも取り乱しながら切り札を温存するなど、明らかに得策ではない。5回戦確実に勝つための戦略とも取れるが、4回戦で負けていれば終わっていた事を考えると、やはり赤ら顔の男が冷静であるとは思えなかった。しかし、この場合どうなるのだろう?ジョーカー同士の優劣とはなんだ。最後がこんな形になるとは思わなかった。おそらく、ジョーカーは切り札として見て間違いないだろう。-いや、そんな事じゃない。もっと根本的に、そもそも、この勝負のルールとは一体どういったものなのだろうか?

「結果を発表します」

BGMが流れる。テーブルを挟み、向かい合った男二人が真っ直ぐに顔を見合わせている。髭の男も赤ら顔の男も、まるで放心したかのように、ぴくりとも動かない。周囲の人間達は、先程の騒がしさを収めて全員黙り込み、両者を刮目している。彼等は何を、どこまでわかっているのだろう?そもそも何故、この二人の勝負を、こんなにも真剣な様子で眺めているのだろう?-私は姿を目視する事が出来る人間の表情を窺った。-彼等は一体、何のために?何の目的で彼等を?-しかし、表情からは何一つ読み取れない。-そもそも私とて一体、何のためにこんな事をしているのだろう?一体、何の目的で彼等を?こんなにも薄気味の悪い場所で、こんなにも暗澹とした気持ちを抱きながら、それでもどうしてこんな風に、彼等の戦いの様子を、ただただ切実に眺め続けているのだろうか…?ーBGMが鳴り止む。髭の男の椅子がライトで照らされた。

奇声が上がる。長髪の髭の男は叫びながら椅子から立ち上がり、はじめて感情を露わにした。がたがたとテーブルにぶつかりながら動き、飛び跳ねたりしている。

奇声が上がる。赤ら顔の男は叫びながら椅子から立ち上がり、ディーラーに向かい怒鳴り声を上げた

「どうなっているのか説明しろ!そもそもこのゲームのルールとは何なんだ?意味は何だ?何を基準に勝敗を決めている?何故ジョーカーが負けるんだ!全て何もかも訳がわからない!だいたい俺は何も望んでいない!勝ったらどうなる?負けたら何をされるんだ?そもそも何で闘わされているんだろう?どうして何の説明も無いんだろう?何を基準に勝敗を決めている?黒が勝ち赤が負ける理由はなんだ?意味はなんだ?」

ディーラーは闇の中に溶けかかり、しばらく何の反応も示さなかったが、やがて赤ら顔の男の方へと向き直り、ゆっくりと口を開いた。

「ルール?」

「意味?」

ディーラーの無機質な声の他に、部屋には一切の音が消え去っていた。

「そんなもの始めから無かったじゃないか」

薄暗い部屋の中心で赤ら顔の男は放心した。嘘みたいな無表情のあと、赤い顔を一層、赤くしながら怒りの表情を浮かべ、断末魔のような叫び声を上げると、ついにディーラーに飛びかかった!

「ふざけるな!」

しかし、それよりも僅かに早く、今まで何処に隠れていたのか、闇の中から複数の黒い服を着た男達が勢い良く飛び出し、赤ら顔の男を床の上に叩きつけた。低い呻き声と床を打つ鈍い音が響く。赤ら顔の男はただちに押さえ込まれた。抵抗しようと必死にもがいているが、黒服の男達に手際よく自由を奪われていく。

「何故、俺がこんな事をされなければならないんだ!」

大声を上げながら尚も必死の抵抗を続けるが、じたばたさせていた手足は見事に縛り上げられ、赤ら顔の男はついに完全に身動きが取れなくなった。それでも赤ら顔の男は奇声を上げ続けていたが、黒服の男達の内の一人が腹に一つ拳を見舞うと、低い呻き声を最後にその声も止んだ。その後も幾つかの激しい暴行が加えられ、やがて赤ら顔の男はぴくりとも動かなくなった。

場が騒然とする。小さく短い悲鳴や、驚きを漏らすような低い声がいくつも聞こえたが、その中には複数の微かな笑い声も混じっていた。-彼等は何を、どこまでわかっているのだろう?私は言い知れぬ不安を感じたが、何故か周りの人間たちの表情を覗き込む気にはなれなかった。黒服の男達は動かなくなった赤ら顔の男を抱え部屋から出て行こうとする。その間際、最後の力を振り絞り、赤ら顔の男が叫び声を上げた

「意味が無いなんて、おかしいだろ!」

その声も虚しく、赤ら顔の男は部屋の外へと担ぎ出されていく。声を上げたことに対する制裁としてか、黒服の男達の内の一人が赤ら顔の男の腹に拳を一つ見舞った。しかし、赤ら顔の男の呻き声は、今度はもう上がらなかった。やがて男達は闇の中に完全に沈み込み、姿が見えなくなった。しばらくすると扉の鍵を開けるような小さな音が部屋の中に僅かに響き、直後に何かが軋むような音が聞こえた。しかし、そうであるならば、その後に然るべくあるであろうはずの扉の閉まる音は、何故かいつまでも聞こえてくることがなかった。

部屋に再び静寂が戻る。周囲の人間達は、いつからか皆、再び黙りこくっていた。その中で自分の鼓動の音だけが酷くやかましく、外に漏れ出しているような気がしてならなかった。何故か室内の緊張感が異様に高まっていく。それが訳もなく確信として感じられた。誰かが耐え切れず

「あ」

と小さく声を上げた。それを待っていたかのようにディーラーが口を開く

「意味がないなんて、おかしい?」

有機的な響きが、はじめて感じられる。

「今更何を言っているんだ」

ディーラーの表情は闇に溶けかかり、判然としない。「何もかもに意味なんて無いだろうに」

部屋が、ゆっくりと暗転していく。

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