七
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「へぇ、ビレンジタウンもそうだったんだ……」
残念そうにアッシュは言った。空から見つけられないように、木の陰に四人は隠れて、情報を交換し合う。
「ニルヴァも、か?」
葉々の合間からの光を手で遮りながら、アッシュは頷いた。ミサエルは座り、木にもたれかかっている。
「ねぇ、僕らあの時の攻撃を喰らっても良かったんじゃない?」
「いや、そういう訳にはいかないんだよな」
レクタードはミサエルへと歩み寄り、片膝を付いて目の高さを合わせた。
「だって考えてみろ。普通にログアウト出来なくなっていたのだから、死んでログアウト出来るとも限らないだろう。いったい何が原因でバグが起き、どんな影響を与えているかも分からないんだ。死ぬわけにはいかないさ」
それもそうか、と目をそらす。レクタードはミサエルの隣に座りこむと、大きく伸びをした。
「そういえばさ、ノイズにまみれた奴らを攻撃した時、全く効かない事を知っていたみたいだけど。あれはなんで?」
「それはあれだよ。元からの仕様で、味方への攻撃は通らなかっただろう。もしあれの判定が味方のままなら、こちらの攻撃は全く効かないのは当然の事だからな」
大きく左右に揺れながら、葉がレクタードへと舞い落ちてきた。それを手に取り、天へとかざす。厚めの濃い緑の葉は、まばゆい木漏れ日を遮断していた。
「お嬢さん、結局こいつとの戦いには勝てたのか?」
親指でミサエルを小突きながら、アッシュに尋ねる。わずかに頬を膨らませ、ミサエルはレクタードから顔をそむけた。
「勝ったよ。誘導スキルを使って飛斬で狙撃した。私ごと、ね」
「おぉ、さっすが」
「うるさいよ、おっさん。ハンデ貰っといて喜ぶなよ。そもそもおっさんは死んだくせに」
ミサエルは、喜ぶレクタードに冷たく言い放つ。それだけに先ほどの敗北は、彼の心に響いていたようだった。
「いんだよ。ロールプレイング、って意味わかるか?」
嬉しそうに笑いながら、ミサエルの背中をバンバン叩く。あまりに鬱陶しかったのか、ミサエルは立ち上がりアッシュのそばへと移動した。
「どうしようも連絡がつけられませんね。ログイン中でも運営に連絡がつけられるように、改善する必要がありそうです」
長い間メニューを弄っていたギルジスが、ついに音をあげる。ずっと立って作業をしていたために疲れたのか、アッシュの側に大の字になって倒れこんだ。
「まったく、運営もなかなか糞だよなぁ。キャラは一つしか作れないし、レベルが上がった時の武器や職によってステータスは決まってくるし。特に銃系武器の強さがおかしすぎるってのに、いつまでたっても調整されないしさ。どうしてこうも銃が強いのかねぇ……」
「まぁね。防御特化でもさ、頭に被弾するだけでも一撃でやられちゃうんだから。これだったら始めから攻撃特化にすれば良かったかなって、今でもおもうよ」
ギルジスの真似をして寝ころぶミサエルに、アッシュも同意する。レクタードは手にしていた葉を指先でクルクルと回し、それを悲しそうに眺めていた。
「そうだったか、すまないなぁ」
「なんであんたが謝るのさ。悪いのは、ロクにプレイもせずに下手くそな調整をした運営だろ。そもそもログアウトできなくなるなんて、よっぽどなんだな」
容赦のないミサエルに、全員が黙りこむ。せめて監査が終わるまでは、データの配信を行うべきではなかったと、心の中で反省していた。
「ところでお嬢さん、一緒にいた黒髪のお嬢さんはどうしたんだ?」
アッシュは答えなかった。代わりに、背負っていた盾を手にし、目つきを鋭くさせる。
「敵が来た。雑魚だけど、気を付けて」
猿のような見た目の、小型のモンスター。森林エリアでは良く見る雑魚の一種であるのだが、これまでとは全く違っていた。
「ノイズ……」
背中と腕からノイズが噴出し、それぞれ羽と刃を形成していた。大きく羽を羽ばたかせて空へと舞いあがると、腕の刃を構え四人へと急降下する。
「モンスターもノイズにやられるのか」
二丁の拳銃を交互に放ち迎撃するが、弾丸は全て空を裂き、一発たりとも当たらない。ギルジスが銃を構え、スコープを覗く。圧倒的なスピードで回避を続けるその敵へ、超回転するライフル弾が放たれた。
「これまでの比ではありませんね……」
当たったかに見えた弾丸は、いともたやすく腕の刃ではじかれる。ギルジスほどの火力があれば一撃で倒せるはずの敵が、これほどまでに強くなっている事に驚きを隠せなかった。
「僕も!」
レクタードの弾丸を避けつつ、左右の刃を巧みに操り、ギルジスの狙撃をはじき続ける。彼らのおかげで敵の進行ルートが制限され予測しやすくなっている。直線攻撃は当たらない、当たってもあまり効かない。狙うは座標攻撃、弾丸と弾丸との狭い隙間を、敵のスピードや行動、仲間の動きを全て予測し溜め始める。完全不意打ちの攻撃は、敵の体内で爆発を起こした。
「よっし!」
木より少しだけ高いくらいの位置を、爆風に乗って黒煙が広がっていく。完全なヒットに喜ぶミサエルであったが、敵を包み込んだ黒煙に鋭くノイズがほとばしった。
「カウンター!」
刃を振るい、襲いかかるモンスターへとアッシュは飛び出した。瞬間的に輝く盾に刃は当たり、空中で敵を大きくのけぞらせる。盾から右手を離し強く握りしめると、その拳を明るく輝かせた。
短い動作で腕を下に引き、体勢を戻そうとする敵の腹部へと撃ち当てる。わずかに距離が離れた瞬間に、アッシュは再び両手で盾を構えた。
「誘導スキル完了。任せたよ!」
アッシュが殴ったその位置に、小さなレティクルのような物が付いている。三人は取り囲むと、一斉に攻撃を開始した。
「あれが誘導スキルね。なるほど、何もない時よりも当たりやすいや」
爆発による黒煙の中から、天へと敵は離脱し一回の宙返りで向き直る。ノイズの羽を大きく羽ばたかせ、再度四人へと急降下しようをしたその時だった。
ガラスが割れる様な音と共に、空に巨大なヒビが入る。ヒビは度重なる衝突音と共に広がっていき、わずかに見えた隙間からは明るい空間が広がっているのが見えていた。この時だけ時間が止まったのかのように、四人と一匹、そして付近の動く物すべてがそれへと魅入る。
一際大きな音を立て、一つの巨大な角が出現した。それは一旦ヒビの中に引っ込むと、空だったもの破片をガラス片の如くまき散らしながらその姿を現した。
街一つ、なんて大きさではない。この世界の全てを包み込めるのではないかと思わせるほどの巨体で、とても長く、蛇のようなものであった。
「なんだ、あれ……」
羽も無しに飛ぶ姿は、さながら竜のよう。しかし禍々しく、真っ黒なその姿はとても神聖なものとは思えない。真っ赤な眼を四つ持ち、鼻先から伸びる角が地面を抉る。ほんの先端が触れただけだが、巨大な大地の欠片が空へと舞った。
「ウロボロス、今回のアップデートで実装された超大型レイドボス。最悪だね……」
ようやく、尻尾の先端がヒビから出てきた。大きく周囲を取り囲み、一部の体は、霞んだ空の向こう側へと消えている。ウロボロスの頭が、再びこちらへと戻ってきた時だった。
「ライゼル!」
「はぁ?」
「あそこに、ほら。いるでしょ!」
走り出そうとするアッシュを止めながら、レクタードは必死にその姿を探した。示される指先をどれだけ探しても、その姿は見当たらない。あるのは木ばかりで、人影すら見当たらなかった。
「どこ?」
「ほら、頭のところだってば!」
もう一度よく見ようと目を凝らした時、変化は起きた。噴出する銀の輝き、それは龍の背中から二本の柱となって天へとのぼる。ゆっくりとそれは左右に開かれ、一組のノイズが、その巨体に見合った羽を形作っていた。