六
六
近代ヨーロッパを思わせるような、石つくりの駅舎が眼前に迫る。重厚な金属の響きをまき散らしながら、蒸気機関車が減速しながら侵入していくのが見えていた。
「なんだこれは……」
小野田は思わず呟いた。積み上げられた石壁を輝くノイズがほとばしる。それは決してそこだけに留まらず、そこかしこにあふれかえっていた。
「釘城監督、これはいったいどういう事ですか」
声を荒げながら、近くにいたレクタードへと詰め寄る。
「何が原因か、僕にもわかりかねます。早急な原因究明の為、一度ログアウトしましょう」
レクタード自身も何が有ったのか、全く分かっていない。確かに、テストプレイの時は全く問題が無く作動していた。
「分かりました。しかしこのことは、上に報告させていただき――」
「危ない!」
ほとばしるノイズが三人へと高速で接近する。転がり回避する二人だったかが、完全に背を向けていた小野田だけは反応が遅れ、尖ったそれが体を引き裂いた。声にならない悲鳴を上げて、彼は銀のノイズに包まれていく。
「監督……」
彼は、まとわりつくそれを振りほどこうと暴れまわる。しかしその行為は、逆にノイズをまき散らすばかりで、一向に取れる気配がない。細かなノイズは地に落ち、壁に付着し、そこからゆっくりと侵蝕していく。
小野田のあまりに苦しそうなその様子に、思わずギルジスは走り寄ろうとする。だがレクタードはその手をしっかりとつかみ、手放さなかった。
「ギルジス、あのノイズには触れてはいけない。小野田さんには申し訳ないが、このままで僕らだけでもログアウトしよう」
素早くメニューを開く。いつもと同じ位置にあるログアウト、二人はそれをほぼ同時に選択した。
「あれ」
何も起こらない。普段なら輝く光に包まれて、現実へと帰還しているはずだった。
「確かに、ログアウトボタンを押しました」
「俺もだよ」
混乱する彼らへと、多量のノイズがオブジェクトを包み込みながら迫ってくる。レクタードは慌ててギルジスの手を掴むと、ノイズから背を向け逃げ出した。
「監督、あれを見てください!」
転びそうになりながら、ギルジスは指を指す。先ほどまで小野田がいた場所、そこはノイズによってその殆どが侵蝕されていた。
小野田は全身をノイズ化させ、恨めしそうにこちらを見ている。辛うじて元の形状だけがわかる状態で、彼は口を開いた。
「ワ・lウル悚・繽?レlカツツツ・|ォユZ・ウル悍・t鎹橡ヤオkラrォユZRRイ~奝「「・タモ#ラ7lリp・メメメ***"tw扼欄・X(A>渮jオ<3цsn6尓J襌?¬¬゜ァO¬暁R\\・・V/・d5v"・FWョt・*j秀8H・z・・Wヨj篁R|n""ホ^'唾擎Lゥ・妖スI邏レe著@~歙・メハワ/・瀇¬モXNウ・・ョ公・・uロ・ ネ~.jヤ徠R+]ユG5dノ/鎧ァヌZe桑:USロFp¬
劯"「セ}瀅・スo゜セQnn諟3^{昉ソ・ク2}毖G yトd2」
頭が痛くなるような雑音が木霊する。それが小野田の声であり、叫びであった。
「小野田さん……」
ギルジスは心苦しそうにつぶやいた。一切脇目を振ることなく、レクタードは走り続ける。
「振り返るな、前を見るんだ。俺たちだけでも助かるんだ」
行く手を塞ぐようにゆっくりと、巨大なノイズが地面を伝い、呑み込み始めている。二人は慌てて近くの路地へと飛び込んだ。
絶対にスピードを緩めてはいけない。
絶対にノイズに呑まれては行けない。
その意識だけが二人を追い立てる。狭い路地を抜け、大通りへと出ようとしたその時、二人は何かにぶつかった。
尻餅をついた緑の髪の少年、肩から鞄を斜めにかけて、中の本は外へと転がり出ていた。
「あ、卑劣なチビ太郎」
「ミサエル、だ」
ゆっくりと迫るノイズに気が付き、急いで少年を立ち上がらせる。幸いにも少年の身体はどこもノイズに浸食されている様子は無かった。本を急いでしまいながら、ミサエルは叫ぶ。
「くっそ、何なんだよあいつら。僕のギル面みんなあれに呑まれちまって」
「嘆くな、取りあえず逃げるぞ」
街と外とを区別する門を抜け、三人は森へと逃げ込む。だがどこにも安寧など無く、先ほどまでと同様、そこらじゅうにノイズがほとばしっていた。
「絶対にノイズに触れたりするんじゃないぞ」
確認を込めた忠告に二人は頷く。
「ねぇ、ログアウトできないのは僕だけじゃないよね?」
慎重に、それでいて急いで。レクタードを先頭に三人は森の中を進んでいく。
「大丈夫ではないですが、私たちもでした」
「やっぱりか……」
三人は、地面を抉りながら走ってきたノイズを避ける。ノイズが来た先、すなわち正面から、それにまみれたいくつもの人影がゆっくりとふらつきながら歩いてきていた。
「これでも喰らえ!」
鞄から本を取り出し、爆発魔法をそれへと放つ。使い込んだ彼の魔法は、敵の頭部で見事に爆発した。
「うっし」
爆発により多量のノイズが飛び散った。その飛沫は木々に付着し、ゆっくりと侵蝕を始める。黒煙をその身に纏い、ノイズの影は全く何事も無かったのかのように前進してきていた。
「効いていない?」
唖然としていたミサエルがギルジスに突き飛ばされる。先ほどまで彼が立っていたその場所を裂くように、ノイズが高速で抜けて行った。
「やっぱりノイズが飛び散っただけか。逃げるぞ」
誰も通ったことのないような荒れた道を、所々走っているノイズを避けながら、やみくもに突き進む。少しだけ開けたところへ出た瞬間、激しい轟音が周囲に響き始めた。
「この音は……」
三人は思わず立ち止まり、天を仰ぐ。競り立つ木々の合間から、一瞬だけ、巨大な影が飛びぬけて行ったのをしっかりとその眼に焼き付けていた。
「フォートレスドラゴン!」
金属の鎧に身を包み、機械的な羽は、羽ばたくたびに軋む音を響かせる。背中に背負った二機のジェットエンジンが唸りをあげ、大きくこちらへと旋回してきているのが見えていた。
「こんな時にレア種がくるとは……」
「フォートドラゴンの?」
叫ばなければ聞こえないほどの音の中、ギルジスはミサエルの質問に無言で頷く。強力な風圧を手で遮りながら、レクタードは敵をしっかりと見据えていた。
敵は旋回を終え、三人へと加速する。龍の二つの赤い目が、彼らをしっかりと見定めた。
「来るぞ!」
腹部に取り付けられた武器庫が開き、二発のミサイルが発射される。それは長く細い煙を吐きながら、眩い光と共にまっすぐ彼らへと接近していく。
「右からだ、右に攻撃を集中させるんだ!」
腰に下げていた拳銃を抜き、眩いそれへと撃ちこみ始める。小さな弾丸は分厚い、鋼鉄のそれに弾かれ続けてはいるが、的確に当て続けていく。
「一発だけしか耐えられないかも」
ミサエルも本を取り出し、レクタードに続く。これまでとは比にならない速度の対象に、当たり判定までのラグを予測し爆発させる。
「ギルジス、まかせたぞ!」
「わかってますよ」
いつの間にか手にしていた、銃口の長い銃を手に、片膝を付いてミサイルへと向ける。右目を取り付けられていたスコープへと当てて、引き金へと指を当てた。
「いきます!」
白い輝きが、銃口から渦を巻きながら吸い込まれていく。その渦が止まると同時に、低い銃声と、輝く弾丸が吐き出された。
スキル、激成弾。
撃った反動で大きく下がるも、強化された弾丸は飛来するミサイルを貫通し、空中で爆散させた。
「よし。ギルジス、もう一発行けるか?」
「間に合いません!」
弾倉を抜き捨てながらギルジスは叫ぶ。残されたミサイルは、既に彼らの目と鼻の先にある。もう撃ち落とせないとわかったレクタードは、ミサエルの方を向くとニッコリと笑いかけた。
「うっし、あきらめるぞ。伏せ――」
「諦めるなぁ!」
絶叫と共に赤色の物が飛び出してきた。それは二人の間を翔けぬけると、背中の巨盾を構える。ミサイルが巨盾へと当たる瞬間、それは一瞬の輝きを放った。
スキル、反射。
大きな、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。速度と威力を倍にして、ミサイルは、放った者へと返された。
「お嬢さん……」
盾を持った彼女の背中に、レクタードは安堵の声を漏らした。自らのミサイルが直撃したドラゴンは、黒煙を上げながら離れたところへと落ちていく。その様子を見届けると、アッシュはようやく振り返った。
「私の体力はあと少しだけなんだから、諦めないでよ!」
泣くように怒る彼女に怒鳴られて、レクタードは苦笑いした。
「なかなかに自分勝手なお嬢さんだ」
と。