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Sin Spec Record  作者: 直斗
バースト
5/21

 五


 ブラインドによって薄くスライスされた陽光が、一人の男性に浴びせられている。黒いスーツに身を包み、机に突っ伏したその状態で、彼は一向に起き上がる気配を見せなかった。

「監督、起きてください。間もなく小野田さんが来られますよ」

 同じくスーツに身を包み、後ろで髪を一つに結んだ女性が、彼の背中を強く揺らす。騒がしさとはかけ離れたその部屋で、彼は静かに覚醒する。

「あぁギルジス、じゃなかった。佐藤さん、おはよう」

 まだ眠り足りなさそうな様子で、やわらかい背もたれに身を任せている。

「全く、寝ぼけるほどの夜更かしはダメです、って普段から言ってあるでしょう。私がログアウトしてから、いったい何時までやってたのです?」

 ブラインドをあけながら、佐藤は彼へと問いかける。眩い、朝の太陽が、室内に温もりを伝えていた。

「あのあとね。残念ながら、僕もやられてログアウト、だよ」

 ぼさぼさの髪を更にぼさぼさにしながら、困ったように笑いかける。それを見た佐藤のため息が、静かに響いていた。

「で、またログインしたのです?」

「いいや、残り10分ほどでアプデが始まる時間だったからね。それに今日の事もあるから、さすがに寝たよ」

「それで、このざまですか」

「アプデの状況は?」

 佐藤の嫌味を聞き流し、状況を確認する。

「予定通り、午前10時に終了する見込みです。システム監査人の小野田さんが、間もなくこちらにみえると連絡がありました。」

 かけられた時計の音が、室内に木霊する。午前九時少し過ぎ。机に置かれた缶コーヒーを、彼は一気に飲み干した。


「ようこそ、いらっしゃいました。本日はよろしくお願いいたします」

「いえいえ、お元気そうで何よりです。釘城監督、こうしてお会いするのは二度目ですね」

「フィジカルアダプタの発表会が初めてでしたので、三度目、です」

「おや、それは失礼しました。私の記憶力も鈍ってしまっているようです」

 少人数用の会議室で、監督と佐藤は小野田を迎え入れる。

「大規模オンラインアクションRPGインフィニット・アドヴァギア、なかなかに好評なようですね」

 全員が席へと座ると、小野田が口を開いた。三人の机には一台ずつパソコンが置かれており、いくつものコードによってつなげられている。

「えぇ、おかげさまで。感謝しています」

 軽く会釈する二人を小野田は制する。

「いやいや、このようなゲームに携わることが出来ただけでも、光栄なことです。私自身もゲームは好きな物でして、監査人と言う立場ではあるものの、誰よりも一足早くプレイできたことは大変喜ばしい事でした」

 優しく微笑むその様子に、場の空気が軽く、やわらかくなる。

「それでは今回のアップデートの主な概要ですが、サービス開始から半年が経過した現在、新エリア、新ダンジョンの実装、武器種の追加、新規スキルの追加、各種職業ごとのバランス調整となっております」

「佐藤さん。各種モンスターの追加も、ですよ」

 失礼しました、と小さく返す。配布されていた資料を見ながら、小野田はそっと手を挙げた。

「このゲームのオフラインについてですが、さすがに難易度が高すぎるような気がします。その点についての修正などは行われないのでしょうか?」

「その点については僕がお答えいたします。本作品のオフラインは、七つのダンジョンによって成り立っております。それらすべてを一度でも攻略しない限り、オンラインには入ることが出来ません。僕がオフラインで求めるのは、各プレイヤーのプレイヤースキルと、他者との協力、および共闘です。しっかりとNPCと協力さえできるプレイヤーであるならば、容易とはいきませんが、攻略しきれる難易度になっております。逆に言えば、たった一人で何でもかんでも済ませるような者には、これまでにも、これからも存在することは無いでしょう」

「ふむ、オフラインでプレイヤーの協力し合う力を養う。そういう意味でよろしいですかね?」

「そういう事です」

「しかし、プレイヤーの総数が減るのではないでしょうか?」

「確かにそうです。ゲームとは楽しめなければゲームではありません。楽しめないゲームなどあってはならないのです。しかし、楽しむためには強く、また協力しあわなければなりません。それはモンスターを弱くすれば良い、と言う意味では無く、プレイヤー達自身が強くなる必要があるのです。すなわち――」

「オフライン程度でやる気をなくすソロプレイヤーには、オンラインに来てほしくない。と?」

「その通りです」

 腑に落ちない様子ではあったが、それが釘城の曲げることのない思いだと知り、小野田は大きくため息をついた。

「分かりました。それが貴方のやり方ならば」

 扉が開き、一人のスタッフが釘城に耳打ちをする。ただ一言「わかった」とだけ告げると、退室するように促した。

「小野田さん、アップデートが終了しました」

 その言葉で、全員の表情が挽きしまる。

「では、システム監査人として、お二人に注意事項を改めて述べさせていただきます。生体リンク保護法に基づき、システムに不具合が無いか、実際に利用して確認させていただきます。場合によっては人命に関わることとなりますので、厳しく監査させていただきます。万が一、不具合が発見された場合、程度にもよりますが、生体リンク保護法違反と見なし、責任者には5年以下の懲役、もしくは100万円以下の罰金が科せられます」

 何度も聞かされたテンプレートな台詞に、釘城と佐藤は無言で頷く。事前に何度もチェックしたことであり、その時は違反になるような不具合は見つかっていない。

「まぁ、あなた方なら大丈夫だと思います。しかしこの監査は、フルダイブ対応ソフトでの事故を防ぐため法律で決められた事ですので――」

「わかっています」

 唸るファンが羽虫のように鳴り響いている。一つのパソコンから伸びる、黒いケーブルを手にしながら釘城は答えた。

「では、そろそろ始めましょうか。フィジカルアダプタの装着をお願いします」

 黒いケーブルの先には、マジックテープが付いた厚めの布がつけられている。フィジカルアダプタと呼ばれたそれを、三人は首へと巻き付け、マジックテープで止めた。

「ゲーム内へのログイン時の座標は、私と釘城の近くになるよう設定されています。それでは、任意のタイミングでソフトを起動してください」

 佐藤が言い終えると、二人は一足先に机へと頭を乗せた。残された小野田はポインターをアイコンの上に乗せ、一旦目を閉じ、大きく深呼吸をする。よし、と一言だけつぶやくとゲームを起動した。


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