三
三
飛ぶ弾丸をギリギリでかわす。残された髪をかき分けて、それは空を貫いた。
唸る刃がライゼルへと迫る。だがそれは、飛び出したアッシュが盾で受け止めた。
「ライゼル、逃げて!」
彼女の言葉に無言で頷くと、ライゼルはわき目もふらずに逃げ出した。
ほんの五分ほど前の事、アッシュが小声でライゼルに話しかけた。
「いい、ライゼル。PvPってのは、これまでの対モンスターとは違う補正がかかるの」
レクタードとギルジスそして少年は、やや離れた位置で話し合っている。誰もいない今の内にと、アッシュはついつい早口になっていた。
「攻撃の種類には切断、打撃、弾丸、魔法の四種類があって、打撃と弾丸は頭に当たると一撃で死ぬほどの火力になるの。むしろ死なないはずが無いといっていいかな。だから、絶対にあなたは頭に攻撃を食らっちゃダメ。切断も左胸と首筋で一撃必殺だから、これもダメ」
攻撃に当たるなと、ほぼ不可能に近い要求を突き付けるアッシュだったが、コードの使用がばれるほうが不味いだろう。小さく、わかった、と答えるライゼルであったが、一つの疑問が生じていた。
「アッシュ、銃弾って避けられるものなの?」
向こう三人の会話はまだ終わっていない。その様子を気にしながら、アッシュは口を開いた。
「さっき言っていたPvP専用補正だけど、弾速の低下ってのがあるの。10メートルくらいからだったらギリギリ避けられるはずだから、そこはどうにか頑張るしかないかな。当然私も近くにいるし、出来るだけフォローはする。でも、最終的に自分の身は自分で守らなくちゃいけないから――」
「お、お二人さん。内緒話か?」
三人の話し合いは終わっていたようで、レクタードが二人の間に乱入しようとしていた。
「やや、なんでもないです!」
驚きからか、アッシュは若干声を上擦らせながら飛び退く。その様子に彼らは、つい吹き出してしまっていた。
「驚かせちゃったか、すまんすまん」
全く悪そびれた様子を見せない彼らを、彼女は強く睨みつける。怒ったアッシュはライゼルの手を引くと、彼らから少し離れた位置へと連れて行った。
「あと最後に一個、あなたは攻撃もしてはダメだからね。きっとあの二人が何とかしてくれるはず。まったく、勝手に人を巻き込んで」
言い終わらない内に、目の前に一つの表示が出現する。急いで二人は、彼らの元へと戻って行った。
「ミサエルってのがさっきのチビ太郎であり、向こうのリーダーだ。もう一人、始めに俺らが喋った少年はユウヤっていうらしい。この二人はぜひとも、俺が直々に倒したいものだな。で、肝心の敵の数だがターゲットは21人。対してこちらは4人。単純計算、一人頭5人倒せればこちらの勝利だ」
そうは言っても実際に戦うのは3人であり、一人につき7人倒す必要がある。ましてや火力の無いであろう盾がいる以上、彼らには10人近く倒して貰わなくてはならないだろう。
彼の理想と、ライゼル達の知る現実を心の中で照らし合わせる。だがこの時の彼女らは、予想以上に危険な状態になるとは思っていなかった。
木々の間を銃声が轟く。銃口から飛ぶ銀の弾丸が、ライゼルの鼻をかすめた。
「しまった、早すぎたか」
「大丈夫です。フォローします」
周囲の木々から何人もの敵が飛び出してくる。彼らは、手にした銃をライゼルに向けると一斉に撃ち始めた。
手をかすめ、耳を貫き、膝を撃ちぬく。頭だけはギリギリで避けられているものの、いつ当たるか分からない。減らない体力には感謝しながら、どうにか逃げる方法を考えていたその時、彼女は木々の間を走り回る一つの陰に気が付いた。
「ライゼル、良く耐えた。グッジョブ」
周囲の敵を一人ずつ的確に片づけて、レクタードが顔を出す。飛び交う銃声に紛れて、彼は背後から的確に頭を撃ちぬいてまわっていたのだった。
「今ので、ざっと四人ほどか」
「そうですね」
彼女らは手を上げ、ハイタッチを決めた。アッシュとギルジスもあらかた倒したようで、手を振りながらライゼル達の元へと走ってくる。
「全員無事ってのも、すごいな」
手を振りかえしながら、レクタードは小さく呟く。しかしその言葉は、一発の銃声によって遮られた。
「ギルジス!」
後頭部から額へと、金属の楔が突き抜ける。完全に不意を突かれたギルジスに、それをかわす術などありはしなかった。
「アッシュ、後ろからスナイパーだ!」
ライゼルの頭を地面に押し付け、レクタード自身も地面へ伏せる。慌ててアッシュは背負っていた盾を構えると、ゆっくりとライゼル達の元へと下がっていった。
「ライゼル、は心配するまでも無いか」
「お嬢さんの中なら安全だな」
巨盾に身を隠し心配そうにしていた彼女だが、彼の軽口についため息をついてしまう。
「で、こっからどうするの?」
アッシュの言葉を遮るように、再び銃声が響き渡る。それは盾に当たり、激しいエフェクトをまき散らす。
「いいか二人とも、俺がここを飛び出したらどうにか援護してくれ。適当でいい、その場のノリで、どうにかする」
いつになく真剣な表情のレクタードに、二人はただ頷くことしかできなかった。
再び銃弾が盾に当たる。ガードすると同時に、アッシュは小さくうめき声をあげた。その一瞬ではあったものの、苦しそうな様子にライゼルは心配そうに声をかける。
「アッシュ、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。普通にガードするだけじゃ、ダメージを軽減するだけだからね。スキルを使ってジャストガードしたいところだけども、このタイミングで頭出してたら撃たれそう」
ため息交じりに彼女は嘆く。そんな様子のアッシュを無視して、レクタードが勢いよく飛び出した。飛び来る弾丸をギリギリで避けながら、彼はスタミナを消費させ、両手の銃を輝かせる。
敵の大まかな場所も分かっていた。はっきりとは見えないが、確かにそこにいる。銃弾が飛び出してくる木々の間、そこへと狙いを定めた瞬間だった。これまでとは違う青白い卑光弾が飛び出す。それはどう考えても当たらないようなはるか頭上へと向かっていたが、急激に弾道はねじ曲がり、彼の頭部へと迫っていた。
スキル、ホーミング弾。
弾は彼の肩を貫き、大きく体力を削る。どうにかヘッドショットを避けることができたのは、幾度もこのスキルを見てきた彼自身の能力だろう。銃系武器特有のスキル直後にあるリロード時間、弾が一切飛んでこないこの間に、レクタードは木々の間へとありったけの弾丸をぶち込んだ。
ログアウト特有の輝きが、薄暗い周囲を照らしあげる。同時に、突然の激しい爆発がレクタードを包み込む。
晴れない黒煙の中、残された彼女たちの目の端に、一つの悲しい通知が届いていた。
『レクタードがログアウトしました』