二十一
二十一
目を細める。
一切の光が無いその部屋で、唯一の光源とも取れる、彼女の目から溢れるノイズの炎がわずかに弱まった。先ほどまで聞こえていた声が次々と消えてゆく。その消失を止めようと配下に加えた精兵もまた、つい先ほど消え去った。
自分自身の手で始末するべきか。そう考え、椅子から立ち上がった時だった。
銀のノイズをまき散らしながら、鋼鉄の竜が飛来してくる。それは彼女の周囲をぐるりと回ると、床に爪をめり込ませながら停止した。
そうか、お前が行ってくれるのか――
低く下ろした竜の頭を、彼女は片手で撫でる。優しいその手に、竜の目は赤く輝いた。
おぼつかない足取りで、黒煙の中からレクタードが姿を現す。彼の無事を待ちわびていた二人は、大急ぎで駆け寄った。
「レクタード、ミサエルは?」
ギルジスに体を預け、ゆっくりと歩いて行く。建物の壁まで進むと、ぐったりと座り込んだ。
「現実世界に帰って貰ったよ。あれだけの事があって、戻ってくるかは分からないけどね」
湿った風が吹き上がる。独特の鬱陶しさを運び込み、どこかへと去って行った。
「悪いけど、少し寝かせてくれるかな。どうも頭が疲れちゃってね」
言い終えるとほぼ同時に、レクタードの手から力が抜けた。ミサエルとの戦闘がよほど堪えたのだろう。寝息をたてて船を漕ぐ彼の顔を見て、ギルジスは思わず笑い出しそうであった。
「ノイズってさ。どんな感じになるのかな」
眠るレクタードを見ながら、ぼんやりとアッシュが呟く。確かに、ノイズによってもたらされる効果を正確に知らない。分かることと言えば、異常なまでの防御力に、攻撃力。そして、それは触れた物すべてにうつる、と言う事だけだ。
「もし、ミサエルが戻ってきたのなら、その時彼に聞きましょう」
ノイズ化した者たちの統率力は、いったい何故なのだろうか。それはプレイヤーだけにとどまらず、同時にモンスター達にも影響があったかのようにも思われる。プレイヤーとモンスター、ノイズ化した者達はそれを介しての意思疎通でも出来るのかもしれない。
考えすぎか、と視線を空へと向けた。星々は瞬き、煌めいている。シャワーのように降り注ぐ流れ星の中、一つだけ、三人に向かってくる輝きの存在に気が付いた。
「アッシュ、盾を!」
みるみる内に大きくなるその光は、かつてみた竜の形をしていた。ようやく聞こえ始めた爆音は、現れた存在が敵であることを決定づける。真っ赤な両目を光らせて、それは二発のミサイルを彼らへと発射した。
「フォートレスドラゴン、お出ましだね」
アッシュは盾を構え、ミサイルに目をむけた。炎の代わりに吐き出される銀のノイズに目をやり、目標との距離を測る。
「私はあれを攻撃します。あなたはレクタードを守ってください!」
ギルジスは返事を待たずに、飛来するミサイルへと銃口を向ける。六つの銃身は回転を始め、文字通り火を噴き始めた。
空中でミサイルは爆発し、内部のノイズが飛散する。その中を突き抜けて、フォートレスドラゴンは口を大きく開けた。
「ギルジス、早くこっちに!」
ギルジスの持つ銃とほぼ同型のそれが二つ、口内にて回転を始めている。急いでアッシュの元へと走るギルジスへと、向けられた時だった。
一筋の鋭い輝きが、ドラゴンの口へと突き刺さる。
口内のバルカン砲は小さなナイフによって破壊され、大きな隙を作り出す。もっとも脆弱なその部位への攻撃に、ドラゴンはナイフを飛ばした者へと対象を変更した。
「やるなら二人で。わたしたちなら、守りながらでも勝てるよ!」
アッシュが二本目のナイフを取り出す。投合用のそのナイフは極めて攻撃力は低い物なのだが、彼女の持つ盾のおかげか、弱点とは言え一撃でその部位を破壊できるほどにまでなっていた。
「助かりました」
アッシュの背後へとたどり着く。大きくのけぞったドラゴンは、一度天空へと加速していく。背部に取りつけられたジェットエンジンから溢れるノイズが、星の大きさ程にも小さくなるまで飛び上がると、反転し、まだ遠い二人に向かって一つの大きな爆弾を投下した。
「アッシュ!」
「ちゃんと、隠れててよ!」
空中で爆弾は変形し、金属の皮が剥がれる。燃料の代わりに散布された、気化したノイズが花開く。空を埋め尽くさんばかりの巨大なそれへと、中身が無くなった爆弾が火花を散らした。
押しつぶされんばかりの爆風が、空から二人にのしかかる。その風に乗って広がるノイズが、巨大な輝く雲となり、空を覆いつくす。
「あの攻撃が遠距離攻撃扱いで良かったです。そうでなければ、まとめて全員ノイズにやられていましたね」
アッシュの盾から扇状に広がる安全地帯は、ノイズの海に孤立していた。付近一帯は全てノイズが覆いつくし、空もまた、残るノイズの雲が浮かんでいた。
眩い雲を突き抜けて、小型の爆弾が降り注ぐ。広域を爆破する小さなそれは、触れたところから破裂していく。逃げ場がないほどの空爆だが、天へと向けた石の盾にはかすりもしなかった。
一筋の光がノイズの雲を突き抜け、衝撃波と共に二人へと突進する。激しいヒットエフェクトに包まれてなお、天からの竜の直撃をアッシュは受け止めていた。
歯が割れるかと思わせるほどに噛みしめる。圧倒的な巨大な図体を受け止めてなお、アッシュは強く踏ん張り続ける。
竜はぶつかり合ったまま、一層ブースターの出力を上げた。真っ向からの力と力のぶつかり合い。これがもっと違う状況であったならば、これほどまでに美しく、そして残念では無かっただろう。
竜の重圧に片膝をついてなお、耐え続ける。全力を越え、押し込め続ける竜へと、回転する六つの銃口が向けられていた。ギルジスは引き金を引き続ける。咆哮にも似た銃声はフォートレスドラゴンを襲い、金属の装甲を引きはがした。
弱点部位に当たる銃弾は、激しいエフェクトと共に竜の体力を削り取る。離脱しかけていた竜は、大した反撃も出来ないままノイズの海へと落下していった。




