二
二
どこまでも続く壁が行く手を阻む。その壁は高く、巨大な物であり、乗り越えることなどできはしないだろう。
「アッシュ?」
初めてのライゼルには道が分からないだろうと、アッシュの案内でここまで来たのだが、どうも道を間違えたらしい。城塞都市ニルヴァ、その中へと入るには門からでしか不可能だろう。
「こっちから来ると、いっつも間違えちゃうんだよねぇ。チートコードの力でどうにかならない?」
「無理です」
きっぱりと言い放つライゼルに、がっくりとうなだれるアッシュ。仕方がないと、壁沿いに歩き始めた時だった。
「こんなところに人が来るとは、珍しい」
二人の男性プレイヤーが、彼女らを見つけて歩いてくる。両腰から銃を下げた男性と、比較的に長い銃を背負ったメガネの男性。彼らは値踏みするのかのように二人を見つめていた。
「なかなかキャラクリが上手だなぁ。お嬢さん、お名前は?」
「いや、あなたから名乗ってよ。ブラックリストに入れるよ?」
呆れた様子でアッシュは言い返す。ため息を一つつくと、メガネの男性が口を開いた。
「私はギルジスと申します。こちらはギルドマスターのレクタード」
小さく、よろしくと挨拶しながら、手を差し出す。だがアッシュは握手することは無かった。
「あの、私たち急いでいるので」
アッシュに手を引かれ、立ち去ろうとする彼女らにギルジスは問いかける。
「お二人さん、もしかしてメンテ前にニルヴァに入ろうとして迷ったのですか?」
図星を付かれて、思わず立ち止まった。
「道、知ってますか?」
怪訝そうな様子のアッシュを無視して、ライゼルは彼らに疑問を投げかける。彼らは一瞬目を合わせると、口を開いた。
「知ってるも何も、俺たちはこの世界のか――」
「知ってますよ。ご案内しましょうか?」
レクタードの言葉を遮って、ギルジスが申し出る。
「お願いしてもいいですか?」
ついて行く気になっているライゼルに対し、アッシュは不信そうにしていた。だが他にあてもなく、一人でもたどり着ける気がしないでいた彼女は、渋々この二人について行くことを決心した。
「お嬢さん、お名前は?」
テンガロンハットに手に持ち、胸元にあてながら膝を付く。ギルジスはその様子を冷たく見下ろした後、そっと目をそらしていた。
「アッシュ」
一言だけ答える彼女に寂しそうにしながら、レクタードはライゼルの方を見る。
「あなたは?」
「ライゼルです」
「早く行きましょう、そんなに時間はありませんよ」
にっこりとほほ笑むレクタードを気にすることなく、ギルジスは早くするよう促す。退屈そうにするレクタードを置いて、三人はまた森の中を歩き始めた。
「それにしても、なかなか凛々しいお嬢さんだ」
「どうも」
ライゼルのなびく黒髪を見ながら、レクタードは話しかける。しかし特にうれしそうにするわけでもなく、彼女はそっと答えた。
「マスター、ちょっといいですか?」
歩みを止めることなく、先頭を行くギルジスがレクタードを呼ぶ。半分困った顔をしながらも、レクタードは彼の隣へと急いだ。
「どうした。まさか道にでも迷ったか?」
「違いますよ。ここのモンスターの沸きはどうなってましたっけ?」
「街の周辺は他よりも沸きやすいはず、だが?」
「ですよね?」
そこでようやくレクタードも気が付いたようで、その表情は鋭い物へと変わっていた。
「お嬢さん方、普段以上に気を付けなさい。何やら、いつもと違うらしい」
飄々とした態度から一変、その変化に自然と周囲を警戒してしまう。何もない。だが、それが一層恐怖を掻き立てる。
一行はゆっくりと前進しながら、それでいて周囲へと気を配り続ける。先ほどまでとは違う、薄暗い森の中で緊張が最高点に達した時だった。突然、目の前に一つの影が飛び出す。
「誰だあんたら、ここら一帯は、碧玉の薔薇園が貸し切っているはずだが?」
一人の少年が唐突に言い張る。あまりにも信じられないその言葉に、一行は言葉を失っていた。
「あのな、少年よ。いくらゲーム内だからと言っても、占有は良くないんだぜ?」
レクタードが言葉を選びながら、諭すように語りかける。しかし不思議そうにしている少年の表情から察するに、伝わってはいないのだろう。
「全く、楽しむのは良いが、マナーは守って貰いたいものだな」
頭をかきながら、レクタードは嘆く。他者と共にプレイするオンラインである以上、最低限守らねばならないマナーもある。それは挨拶であったり、ドロップアイテムの共有であったりするのだが、当然、場所の占有もマナー違反とされていた。
「ライゼル、囲まれてる」
アッシュに言われて、初めてライゼルは気が付いた。所々見える人の影、それは確かに、どの方向を見ても存在している。
「おい、お前ら。先客がいる前でよく堂々とここに入ってこられたな?」
目の前の少年を庇うように、もう一人の緑の髪の少年が現れた。肩から鞄を斜めにかけ、小さいながらも腕を組み、こちらを見下すように立っている。
「なぁ、そこのチビ太郎。場所の独占ってのは、いけない事なんだぜ?」
怒りで語尾を震わせながらも、優しく説き伏せようとする。だが、そんなことはどうでも良いとばかりに、緑の少年は欠伸をした。
「あぁ、はいはい。そんな事ね。悪いけど僕たち、レべリングに忙しいから」
そう言って立ち去ろうとする少年に向かって、レクタードは声を荒げる。
「おい、チビ。俺と決闘しろ。一騎打ちだ」
少年は一瞬だけ振り返るが、
「あんたと僕とじゃ、話にならないほど差があるよ」
とだけ言い放ち、背を向けた。
一発の弾丸が、少年の頭へと飛翔する。それはそのまま貫通し、出現したてのモンスターの頭へとヒットした。
「これでも、か?」
たった一撃でそのモンスターは体力の全てを失い、その場に倒れこむ。レクタードの握る銃からは、細い、一筋の煙が伸びていた。
少年は大きくため息をつくと、ゆっくりと振り返った。
「あのね。あんたの方が強い、ってことなの。こっちはまだレべリングしなきゃいけない程度だから、あんたみたいに一撃で葬り去る事なんてできやしない。何のためにギル面でここに来ていると思ってんの?」
「そうは言っても、占有は許されんな。お前たち、ギル面全員でかかってこい。俺が一人で相手してやろう。当然、勝ったらこの場所の占有はやめてもらうぞ」
勝手に進む話に三人は驚きが隠せないでいたが、次の少年の一言がさらに彼女らを驚かせた。
「いや、ギル面全員で良いのなら、そっちは四人できなよ」
よし、と一言つぶやくと、レクタードは三人に向き直った。
「四人でパーティ組もう」
「お断りします」
彼を除く三人は、口をそろえて言い放った。