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Sin Spec Record  作者: 直斗
ミサエル
18/21

十八

 十八


 細い道を幾度も曲がり、起伏の激しいその場所を歩いてゆく。成り行きで、脅したようになってしまっていたが、結果的には目的を達成できそうだと、ミサエルは内心満足していた。

 一言の会話も無いままに、二人は、噴水のある広場へと出る。

「あんたさ。追いかけられていたけど、何をしたのさ?」

 広場では何人ものNPCが各々の楽器を手に、聞きなれないクラシックを演奏している。円形に広がったその広場は街の中心らしく、あらゆる方向に通路が伸びていた。

「ぼくは何もしていないよ。ただ、危険だからおとなしくしてろ、って言われてたのを逃げてきただけ」

 冷たく言い放つ少女の背中を、小走りで追いかける。噴水の中央にある像から、均等にランプが伸びており、それらは、輝く星々と共に二人を照らしあげていた。

「全く君は、冷たいねぇ。名前くらい教えてくれてもいいじゃん?」

「何であんたなんかに……」

 言わなきゃ殺す、とばかりに武器を向ける。先端につけられた金に輝く一対の羽が、彼女の目に触れそうになっていた。

「わかった、わかったから!」

 目を閉じ叫ぶ彼女から、杖を引く。

「繚」

「へ?」

「繚だってば!」

 繚と名乗った少女は、そっぽを向くと早足で歩き出す。自身が怒らせたというのに、全く悪びれる様子は無く、首をわずかにかしげると、少女を追いかけた。

 噴水のある広場を横切り、一つの通りへと入りかけた時。ふと、繚は足を止めた。その背中に軽く頭をぶつけたミサエルが、毒づこうと口を開いた瞬間だった。

「レッヅん!」

 叫んだ繚は、周囲に目もくれず。いつか見た、ドタバタとした様子でその、暗がりの人物へと駆けていく。しかしミサエルは繚を追いかける事はせず、なんとなく、その者に違和感を感じてしまっていた。

 腰まで伸びた銀の髪。真っ黒な影が、その端正な顔に落ちていた。

 先ほど感じた違和感の原因は、すぐに分かった。その銀髪の少女は街中であるにも関わらず、武器に手を置いている。加えて、天にあるはずの光源が背後にあるようであった。

「繚、待て!」

 出会って、ほんの五、六分程度しか過ごしていなかったミサエルの言葉を無視して、繚は少女へと走り続ける。

 腰の刀に手を当て、そこに光が渦巻き集中する。同時に、背中から燦爛たるノイズがほとばしり、周囲にノイズが舞い始めていた。

 繚が、その敵意に気づいた時は既に遅く。抜かれる刀身は、スキルによってなのか、はたまたノイズによってなのか。いずれにせよ、殺意の輝きに満ちていたのだった。

 ミサエルは躊躇することなく、繚と少女との間に氷の壁を作り上げる。ノイズによって強化された抜刀スキルは、たった一撃で、その氷を打ち砕いていた。

「銀砂の翼……」

 払った刃からノイズが飛び散る。砕けた氷を踏みつぶし、唖然としている繚へと歩み寄る。ミサエルは敵との間に、何重もの氷の壁を作り上げると、放心状態の繚を引っ張った。

「レッドちゃん、何で……」

 繰り返しつぶやく繚の目は、焦点が定まっておらず。ただミサエルに引かれるままに、身を任せていた。

「しっかりしろ、繚!」

 広場を通り抜け、適当な路地に飛び込む。幾重にも重ねた氷壁は、レッドによってたった一撃で破壊された。

 一歩、一歩。ノイズの足跡を残し、レッドは広場へと進んでいく。感情の無いNPC達は、その身の危険に気が付けず、広がるノイズに足を踏み入れてしまっていた。ひとしきり周囲のNPCをノイズ化させたレッドは、一切口を開くことなく、目だけで周囲を確認する。その場に目標がいない事が分かると、ノイズ化したNPC達に目配せをした。

 噴水はノイズを吹きあげて、また、先ほどまで流れていた音楽も止み。辺りに静寂が訪れる。奏者から、通行人までを含め、その数はざっと百五十には上るだろう。彼らはレッドをその場に残し、広場につながる全ての通路へと向かっていた。

「繚、あいつがあんたの探していたやつなんだな?」

 襟首をつかみ、激しく前後に揺らす。朦朧とした意識の中、荒っぽいミサエルの質問に、繚は小さく肯定した。

 二人のいる通路にも、ノイズの刺客が向かってきている。掴んでいた手を離すと、繚に背を向けた。

「繚。僕ならあいつを救ってやれる。この、閉ざされたノイズの世界から。だから、あんたはそこで、待っていてくれ」

 背中の杖を両手で構えると、へたり込む彼女に向かって言い放つ。その言葉は、少女に希望を宿すのに十分すぎる力を持っていた。


 ある通路に入りかけていた者たちを、唐突な業火が焼き尽くす。レッドがゆっくりと振り向くと、その暗がりから一人の少年が姿を現した。

 見慣れない黄金の杖。それが、先ほどの少年と同一人物だということを証明する。広がっていたノイズのフィールドから、棘のようなそれが彼へとはしる。棘が直撃するより早く、彼は地面に杖を突き立てた。地面から吹き上がる炎の壁は、はしるノイズを遮断する。

 各通路に散っていたNPC達が、たった一人の少年を囲む。数の優位は完全にこちらにある。にもかかわらず、レッドにはその少年の力が、自分と同等かそれ以上だと感じていた。

 一斉に飛び掛かるNPC達は、地面からの氷の剣山に貫かれる。たった一撃で大量に消える様をみて怯む彼らに、レッドは無言の発破をかける。

 逆巻く炎が、氷の中でうごめく。

 その炎は激しい爆発を引き起こし、氷の棘を全方向へと飛び散らせる。氷に貫かれ、炎に焼かれ、その場にいた敵はレッドを残し、全て消え去っていた。

 レッドが足元に叩き落した、氷の塊が砕け散る。抜いたままの刀を構えると、ミサエルの炎の壁へと飛斬を放った。

 地面に深い傷を残しながら飛ぶそれを、水平にした杖で受け止める。押し込まれる足に力を込めて、力づくで横にそらす。斬撃を受けた建物は、巨大なノイズの傷跡を残していた。

 杖を一回転させ、地面に突き立てる。そこから高熱が地面を伝い、ノイズに大半を埋め尽くされた広場に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。魔法陣の様々な場所から鋭く炎が吹き上がり、灼熱のフィールドへと変化を遂げた。

 職スキル、火属性強化フィールド。

 ミサエルの頭上に浮かんだ四つの炎球が、レッドへと襲いかかる。若干のホーミングを利かせて追尾するそれを潜り抜け、ミサエルの懐へと近づく。

 低い位置から地面ごと、レッドの刃は彼の首へと迫ってくる。しかし、それが首を切り落とすよりも早く、地中からの炎の壁が彼女を包み込む。

 思いもよらない高ダメージに気おされて、飛び退いた後すぐに斬撃を彼へと飛ばす。たった一つの火球でそれを相殺し、残る三つが再度襲いかかる。

 レッドは避けなかった。

 正確には、その必要が無かった。

 建物を飛び越え、二人の間に着地する。それは、火球全てを受け止めてなお、一切のダメージを感じさせないでいた。

「アムドゥスキアス。街中に敵が現れるとは驚きだけど、もう慣れたね」

 全身を銀のノイズに包まれた、ユニコーンがレッドの前に立ちふさがる。気高きその姿は、極めて美しく、また誰もが想像する一角獣そのものの姿だった。

 レッドはその背に飛び乗ると、刀を掲げる。嘶くアムドゥスキアスに跨る彼女は、現代によみがえった騎士のようだった。


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