十七
十七
一切の光が入らない、広大な広間にたった一人だけ。燃え上がるように、目から溢れ出るノイズに照らされて、彼女は頬杖をつく。元々、人型のボスが座っていた玉座を乗っ取り、何かを察したように目を閉じる。
音も無く現れた、銀の翼をもつ巨大な蛇が、彼女へと首をもたげる。わずかに開かれた彼女の瞳からは、全ての光が失われていた。
列車は無事に駅へとたどり着く。ノイズを運んできてしまった物の、こればかりはどうしようもない。列車にも耐久値を設定しておくべきだったかと、いまさらながらに考えていた。
街中に下げられた揺れるランプが、揺らめく炎を宿している。優しく、暖かなその光が、戦闘につかれた四人を出迎えていた。
「舟艇都市アルゴ。禁足地ブラック・サンクチュアリへと向かう唯一の通り道だ。三本の巨大な川を渡すその船は、それとは思えないほど大きい」
簡単に説明しながら、街の奥へと進んでゆく。かつての人通りの多さをうかがわせる街並みに、始めてくるミサエルは驚きを隠せないでいた。
地形に沿ってうねる細道は、その両側を埋め尽くすように出店が並んでいる。売っているのは食べ物でも、おもちゃでもない。なかなか手にできない武具が、その殆どの店でところ狭し並べられていた。
「なぁ、これ見てよ。すっげぇな」
はしゃぐミサエルはあちこち走り回り、様々な商品を手に取って回る。どれも希少で、強力な武器ばかりではあるが、神葬装備を持つ彼らの前では、どれも見劣りしていた。
「なぁ、おっさん。出店しようとしたらどうすればいいんだ?」
フードをかぶったNPCが店番をしている。彼らの装備の希少性を、知ってか知らずか。四人へと無い目線を送り続けている。
「商工会議所に行って、登録するといい。そうすれば店番NPCに任せておくだけで、物を他のプレイヤーに売る事ができる」
レクタードはそこまで言うと、ミサエルの背中にある黄金杖に目をやる。
「それだけは、絶対に売るようなことをしないでくれよ。それが無ければ、君はただの足手まといなのだから。僕自身が君を殺す必要が出てくる」
「おやおやぁ? とんでもない事をしでかした運営様が、そんな事言えた立場なのかなぁ?」
細かった道は急に開け、その眼前には、巨大な川が流れている。とても暗く、星と月の灯りだけでは、その対岸まで見通すことができない。
「ここまではわたしも来たことがあるけど、ここからどうするの?」
沢山のNPCが街を行きかう中、レクタードは近くの階段に腰掛ける。最果ての街を彩る灯りは、一際吹く強い風によって、光の波を作っていた。
「船艇都市アルゴが、何故船艇都市と言われているのか。考えたことがあるかい?」
「それは、船が沢山あるから?」
アッシュの言葉に首を振る。
「沢山は無いね。せいぜい二桁に届くかどうかくらいだ」
「だったらどうして――」
レクタードは無言のまま、沖の方へと指を指す。その先には、先ほどまで無かった光が一つ、浮かんでいた。
「まさか――」
「そう。船の上に作られた都市、それがアルゴ。今僕らがいるこの場所は、その一部にすぎない」
浮かんでいる光は、沢山の小さな光が集まってできているのが分かる。距離感こそ掴めないものの、まだまだ遠くにあるのだろう。
「三本の川を渡す、街一つまるまる乗っけた船は、今回のアップデートで実装された。その船が行く先は、ブラック・サンクチュアリと呼ばれ、新エリアになっている。そしてその場所には、あの、ウロボロスが存在している」
目的地がすぐそこであることを、アッシュは悟った。もうすぐで、ライゼルに会える。そして、救うための力も手に入れた。
水平の向こうで輝く街並みに目を向けながら、今度こそは、と決心する。
「あれ。ギルジス、ミサエルはどこに?」
「さぁ……」
いつの間にやら姿を消したミサエルの行方を、誰も知らない。なんとなく、商工会議所の方にでも向かったかなと、考え。彼はそっと立ち上がる。
「船が来るまで、大体三十分ほどあるから、ちょっと探して来よう。君たちはここで待っていてくれないかな。時間までには戻ってくる」
そういうと、レクタードは腰の剣を確認し、幻想的な街中へと駆けて行った。
だた一人、ふらふらと。目的はあるが、目的も無いように。数々の露店を見て回る。行きかう人々は全てNPCであるため、目的の場所を問うには心もとなかった。
大きなため息と共に、伸びをする。再び目的の場所を探そうと、歩き始めた時だった。背後から強い衝撃を受け、顔面から地面に打ち付ける。
「おい、ごるぁ!」
ミサエルに一切の謝意を見せることなく、ぶつかった少女は逃げてゆく。慌てて飛び退くNPCたちにも同様に、脇目もふらずに去ってゆく彼女を、悪い意味で放ってはおけなかった。
すぐさま立ち上がり、感情に任せて彼女を追いかける。他にも追跡者がいたのだが、この時のミサエルは、全く気が付かなかった。
露店も無いほどの狭い裏道に逃げこんだ少女に向かって、ミサエルは背中の杖を手にする。スタミナが消費され、二重螺旋を描く蛇の一匹が光り輝いた。
「さぁ、捕まえた」
冷気は地面を伝い、逃げる少女の眼前に、氷の壁を作り上げる。一瞬ためらう彼女だが、目を強く閉じると、それに向かって頭から飛び込んだ。
「ちょっと、なにこれ……」
氷の壁は侵入を拒み、彼女の体を弾き返した。近づくミサエルから逃げるように、しかし逃げ場は無く。氷の壁に背中を押し付け、恐怖した表情で、彼を見つめていた。
「ありがとう少年。良く足止めしてくれた。あとは我々に――」
背後から追いかけてきていた、三人組の男女が少年に近づく。だが、ミサエルは無言のまま、杖を振るった。
「おい、何をする!」
三人と、ミサエルと、を遮断する炎の壁が、地面から吹き上がる。圧倒的な熱量に怯む彼らだが、内一人はそれに飛び込むという、愚行を成し遂げていた。
「馬鹿」
ログアウトする様を冷めた目で見ながら、ミサエルは呟く。いくら効かないとはいえ、自ら炎に飛び込むものかと、呆れかえっていた。
「銀砂の者か!」
身の危険を感じた彼らは、一目散に逃げ出そうとしたが、ミサエルの氷魔法によって行く手は阻まれる。
「ねぇ、銀砂の者、って何さ?」
吹き上がっていた炎を沈めこみ、二人へと歩み寄る。黄金の杖をもてあそびながら、投げかけた問いへの返答を待つ。
彼らの答えは、イエスでも、ノーでもなかった。
腰の刀を抜き、武器スキルを放ちながら切りかかる。その刃は綺麗に首を貫いたが、味方の扱いであるミサエルに、まるっきりダメージを与える事ができなかった。
「あのさ、こっちの質問に答えてくれないかな」
いらだちを無理やり抑え込み、切りかかったそいつを爆破する。黒煙晴れるころには、そのプレイヤーはそこに存在しなかった。
「動かないで!」
震える両手で拳銃を構える少女に、ふらりと向き直る。震える銃から放たれる弾丸は、少年の頬をかすめた。
「全く、鬱陶しいな」
震える少女を見下ろしながら、杖を向ける。少年が少女に何かするより早く、今度は爆発が、彼を包み込んだ。
「あぁ、もう!」
勢いよく杖を振り回し、爆発させる。誰もいなくなったその場所に黒煙が立ち込め、風がそれを運び去ってゆく。怯えきった少女に再び杖を向けると、彼は口を開いた。
「商工会議所ってさ、どこにあんの?」