十三
十三
沢山のコンピュータが並んだ、大きな部屋。ブラインドが上げられていた窓辺から、釘城はコーヒーを片手に外の景色を眺めていた。
「コンピュータの中を見てきたのだけれども。予想通り、チートが導入されていたね。ソフト名はシード。あらゆる不正プログラムは弾く仕様になっていたはずだけど、どうも古いのか、すり抜けてしまっていたみたいだ」
一つのコンピュータの前に腰掛け、画面を見つめていた佐藤は、ふと顔をあげた。
「それが原因で今回の騒動が起こったと?」
「そういうこと。だと思っているよ」
佐藤はコーヒーを口にする。今朝の内では予想できなかった重度なトラブルに、つい何日もたってしまったのかのように感じてしまっていた。
「ログイン者数、約一万二千。若干数は減っている者の、大きな変化ありませんね。やはり全プレイヤーがノイズ化してしまったのか――」
「あるいは無事に逃げおおせても、ログアウト方法が分からずに寄せ合っているか」
釘城は小さくため息をつき、近くのコンピュータの前に座った。
「これからアッシュに、協力依頼のメールを送信する。その間に佐藤さんは、四種の武器。黄金杖ケリュケイオン、大権現避来矢、バルカン砲M-134そして、ホグニの妖剣ダーインスレイブ。これらにプレイヤーへのあたり判定を追加してくれ」
「確か、その武器は……」
「そう。開発段階で強すぎると没になった、神葬装備だ」
佐藤は階層化されたディレクトリをすっ飛ばし、直接ファイル名で検索する。ゲーム開発直後のクローズドベータ時に試験運用され、そのあまりの強さから本編開始時には実装が見送られたものだ。
確かに、バグの影響がどこまであるのか分からない状況では、プレイヤーを無暗にいじくり回すよりかは、安全であるのは明白である。だがそれは、ログインしている一万二千に戦いを挑む。と言う意味でもあった。
「脅迫のメールが来ている。面白い……」
アッシュに送るメール作成のために、メール作成ソフトを開いた時の事。多量のメールを一斉に受信したのだが、そのほとんどが同一のアドレスからだった。
「警察から、ではないですよね?」
佐藤は、武器のプログラムをいじりながら問いかける。
「今から検索をかけるが、警察ではなさそうだ。まさか、ゲームの強い武器を寄こせ。なんて言うはずないだろうからね」
「はい?」
アドレスの検索を終え、一つだけ、アカウントが画面に残される。そのキャラクターネームを見た瞬間、釘城は思わず笑い出してしまった。
「これで四人。メンバーがそろった」
「どなただったのです?」
「ミサエル、だよ」
佐藤はキーボードから手を離し、近くに置いたコーヒーを飲む。作り上げたプログラムファイルを新たに保存し、まだ、そのままにして席を立ちあがった。
「四つの武器にのみプレイヤーへのダメージ判定を設けました。ただ、私個人として気になることが」
「なんだい?」
「結果的にいい方向へと転んだとは言え、ライゼルの攻撃は私たちに刺さりました。また、敵のノイズによる攻撃はまだ健在でしょう」
釘城は何も答えずにメールを入力している。その瞳には画面の輝きが写っていた。
「ノイズ化の影響か、モンスターも驚くほど強化されています。プレイヤーへの一方的な攻撃が可能であるとは言え、それは通常の、バグのないプレイヤーに対してのみの話です。正直、死んだらログアウトも、こちらが全員ノイズ化してしまってはどうにもならなくなります。絶対に、油断はできません」
マウスを動かし、完成したメールを送信する。そして大きく伸びをすると、椅子ごと彼女へと振り返った。
「ノイズの攻撃、チートの攻撃、これら二つは言われる間もなく、気を付けなければならない攻撃さ。油断はしていない。だからこそ、神葬装備を持ち出したんだ」
釘城はからのコーヒーカップを手に立ち上がり、湯気立つコーヒーを新しく注ぎ込んだ。
「ライゼルなんてどうでも良い。一度の失敗も許されるべきではないだろう。あいつは自分自身でどうにかするべきなんだ」
喉を、火傷しそうなほど熱いそれが流れ込む。
「僕らが優先するべきは、一万二千の何も知らずに巻き込まれたプレイヤー達の救出だ。ライゼルではない。今回の僕達の行動理念はそこにあるんだ」
飲みなれたはずのコーヒーが、いつもより苦く感じる。そのあまりの苦さに、釘城は熱さによる痛みを堪えて、一気に全て飲み干した。
部屋のカギを閉め、戸締りを確認する。外は暗く、輝く街が見えているものの、降りだした雨によりぼやけていた。
「監督、フィールドマップは一時間ごとに上書きされるよう設定しました。各種神葬装備も、監督のアイテムポーチ内です」
メールでした、約束の時間まであと十分。間もなく、二人はログインしようと準備を始めていた。
「佐藤さん、一応忠告してお――」
「わかってます」
フィジカルアダプタをコンピュータにつなぎ、首に巻きつける。
「僕が一律設定したログイン用パスワードだが、advanceだ」
「進化、ですか……」
時計の針は進む。アナログ特有の動作音が、室内に響き渡った。決して戻ることのない時間を、それは刻み続ける。
「さぁ、行こうか。時間だ」
外では先ほど降りだした雨が、一層激しさを増している。これから戦うことになるであろう、一万二千は雨のように脆いのか。それとも槍のように強いのか。幾分かの恐怖はあるものの、佐藤にも、これまでとは大きく違うゲームのあり方に、好奇心をくすぐられていた。
限りなき進化の歯車に。
締まるネクタイを緩めると、七文字のアルファベットを入力する。そして二人は、ほぼ同時にゲームへとログインしたのだった。