十二
十二
流れる景色を眺めながら、少女は頬杖をつく。細かなエンジンによる振動が、腕を伝い、頬へと感じさせている。大分傾いた太陽が、その顔を赤く、照らしあげていた。
「ライゼルはね、いちおう一緒のクラスなの。でも、ゲームをやっているってことは、わたしが一方的に知っているだけ。ライゼル自身はわたしが同じゲームをしているなんて、知らないの」
釘城が運転する自動車は、ゆっくりと減速し停止する。前に乗る二人は、無言のまま少女の言葉に耳を傾けていた。
「わたしのお父さんはね、結構自由にさせてくれる人でね。このゲームだって、本当は反対されるんじゃないかと思っていた。他社のゲームだものね。でも、誰にもプレイしている事をばれないようにする、を条件に私に買ってくれた」
前の車は進みだし、あわせてゆっくりと加速する。
「学校ではライゼルがこのゲームは面白い、と言って回っていたわ。それがわたしの、このゲームへと興味を持った理由であるのだけども、残念なことに他に興味を持った子はみんな、オフラインで諦めた。そんななか、私は無事にオフラインを攻略し、オンラインへと突入することに成功した」
隣の車を追い抜き、追い抜かれ。再び信号で停車する。
「誰にもと言っていいくらい相手されなくなったライゼルは、だんだん誘うのをやめた。親の都合で一緒にやろう、なんて言えない私は、遠巻きに彼の様子を見守ることしかできなかったの」
ハンドルを握る片手を離し、肘置きに腕を置く。バックミラーで見る少女は、なんとなく悲しそうに見えていた。
「彼のプレイ状況はとても遅かった。一か月もして、一つのダンジョンも攻略できていなかったほどに。でもある時、私は彼が再びゲームの話をしていたのを聞いた時。チートと言うワードが聞こえた。そしてたった数日で攻略した、とも言っていた。信じられなかったけど、それは本当だったみたい」
前進する車に追随し、ゆっくりと前へと車を進める。そして合図を出した後、左へとハンドルを切った。
「その日の午後、私はログインしてビレンジタウンの駅舎を見ていたの。本当とも思わなかったけど、嘘だともいえなかったからね。そしたら本当に彼は現れた。わたしは正体をばらすことなく近づいた。彼が本当にチートを使った、ってことは見てわかったわ。装備は初期の物、反してレベルは最大。ありえない状況で現れたのだから、当然問いただしたわ。彼はすぐにボロを出した。わたしはチートを黙っている事を条件に、彼を仲間に引き入れた。その後ビレンジタウンをでて、あなたたちと遭遇した」
車は市街地へと入り、いくつもの家が並んでいる。周囲へと注意を向けながら、ゆっくりと進んでいった。
「あ、ここ。ライゼルの家」
少女はふと顔をあげ、指を指す。釘城は場所をはっきりと確認することはできなかったが、素早くカーナビを操作し、現在地を登録した。
「なぁ、ライゼルの名前って?」
「源蓮」
市街地を抜け、大通りへと出る。再び左へとハンドルを切ると、歩道に寄せて停車した。
「みなもと、か。ここでいいのかい?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
少女はドアを開け、歩道へと降り立つ。そしてドアを閉められる前に釘城は、声を張り上げた。
「アッシュ。パスワードはアドバンス、だ。また、メールを送ろう」
「わかった。また、その時に。件名にレクタードの名前を入れて、ね」
そういうと少女は、勢いよくドアを閉めた。
二人の乗る車は進みだし、流れに加わる。静かになった車内では、エンジン音だけが響いていた。
「正直ね。あの子の話なんてどうでも良かった。思いの外、必要な情報は手に入らなかったよ」
釘城の言葉を聞き流し、携帯へと手を伸ばす。時間は午後四時。正面に来た夕暮れが、二人の目に刺さっていた。
「これから源さんの家に行こうと思う。空いているUSBは持っているかな?」
佐藤は鞄をまさぐり、中から一つのUSBメモリーを取り出した。
「64ギガですが。足りますか?」
「わからないね。それを取りあえず借りてもいいかな?」
分かりました、と運転中の彼に手渡す。片手を離してそれを受け取ると、近くの小物置きへと置いた。
先ほど少女に教えてもらった場所へと戻り、二人は車を降りる。ネームプレートに書かれた源の文字を確認すると、二人はインターホンを鳴らした。
「誰も出ませんね」
佐藤の言葉に同意して、もう一度釘城はインターホンを鳴らす。しかし、五分過ぎても、十分過ぎても、結果は変わらなかった。
「佐藤さん。ここにいてくれないかな。もし家の人が出てきたら、時間を稼いでおいてほしい」
言いながら鍵の無い門を開ける釘城に、佐藤は問いかける。
「一体、何をするつもりですか……」
「不法、侵入」
あっけからんとした彼の態度に、佐藤は大きくため息をついた。
玄関の前に立ち、その取手に手を伸ばす。ゆっくりとそれを押し下げ、手前に引くが動かない。試しに奥へと押し込んでみるものの、当然、開きはしなかった。
手を離し、家の周囲を確認する。一回の窓は全てカーテンで閉ざされ、そのどれもが鍵がかけられている。二階の窓にはカーテンがかかっておらず、一部電気がついている事が確認できた。
釘城は意を決すると、エアコンのファンへと足をかけた。そこから、雨どいをよじ登りわずかに突き出した窓の屋根へと飛び移る。二階の窓へとたどり着くと、窓に力を込める。するとそれは、簡単に横へと動いた。
中の状況を確認し、誰もいない事が分かると、彼は窓辺へと足をかける。陽が入らず、薄暗い廊下の中。靴を脱ぎ手にすると、足音を立てないよう目の前の扉へと進む。そして一切の音を立てることなく中を覗き込んだ。
壁には学ランが掛けられており、捲られたベッドには携帯ゲーム機が放置されている。そして向かいの壁際にはパソコンが置かれており、その手前には一人の少年が突っ伏しているのが見えていた。
釘城は中へと入り、少年のすぐ近くへと歩み寄る。床に置かれたいくつもの鞄に気を付けて、彼は少年の首元を確認した。当然のようにまかれたフィジカルアダプタ、それはパソコンへとつながっている。彼は光るデスクトップへと目を向けると、マウスに手を伸ばした。
現在起動しているソフトは二種類のみ。一つはゲーム、インフィニット・アドヴァギアであるのだが、もう一つは見慣れないソフトだった。
「シード……」
種、と命名されたそのソフトを、彼は開く。そこには、白い半角カナで書かれたインフィニット・アドヴァギアの文字の下に、多量の無機質な文字が並んでいる。
「チート、か……」
レベル最大、抜刀時16倍速、スキル全開、敵一撃死、スタミナ減らない、水中呼吸可能等々、見ただけで、誰もがチートだと分かるだろう。沢山あるチートコードの中でも、さらにその内のいくつかは黄色くなっており、選択された状態であることだと理解できる。
釘城はホイールを回し、軽く一番下まで目を通すと、佐藤から借りたUSBをパソコンに差し込んだ。
コピーしているその間、シードと命名された改造ソフトがどこから手に入れたのか。それを確かめるために、インターネットの閲覧履歴を開いた。
大量の閲覧履歴のほとんどは、ゲームの攻略サイトや、公式ページへとつながっている。釘城はそれらの並び順を変え、最近開いたページをクリックした。
古い。とは言っても半年前ほどのブログ。そこには、シードの導入方法が事細やかに書かれていたのだった。




