十一
十一
「本当に何もしゃべりませんね。ただでも、やっぱりどこかで……」
佐藤は再び紅茶にミルクを入れたのち、釘城へと話しかけた。コーヒーカップを片手に持ち、彼は一口だけ啜る。チョコレートパフェはまだ来ておらず、少女は肘と肘とを抱え込み、やはりまだ警戒しているようであった。
「ゆっくり選びな。別に僕らは、君に危害を加えようって訳ではないのだからね。二、三聞きたいことがあるだけなんだ」
テーブルに肘を置き、顔の前で手を合わせる。そして釘城は言葉の後に、お願いだ、と付け加えた。
「私からもお願いします」
追って懇願する佐藤から顔を背け、少女は外へと目を向ける。頬杖を突き、退屈そうな様子に二人は、どうした物かと困り果てていた。
「お待たせしました。チョコレートパフェです」
運ばれてきたパフェに、つい少女の表情が綻ぶ。話こそしないものの、その表情は無邪気な物だった。
深々と刺さった銀の長いスプーンを、そっと引き抜く。そしてグルグル巻きのチョコレートソフトクリームを救い上げると、それを二人に向かって突き出した。
「いいよ、気にすることは無いから。食べな」
そう言って、釘城はコーヒーを口元へと運ぶ。少女は断られたことに気負いすることなく、佐藤へと差し出した。
「私も大丈夫だよ」
やんわりと断る佐藤だが、少女が手を引く気配は無い。一瞬だけ睨めっこをした二人だが、ようやく少女は口を開いた。
「毒味」
「……佐藤さん、食べるといい」
差し出されたスプーンに乗ったソフトクリームが、垂れ始めている。それに気づいた釘城は、佐藤に食べるよう促したのだった。しかし佐藤も食べる気は無いようで、ついつい言い返してしまう。
「監督こそ食べてくださいよ。レクタードの名が廃りますよ!」
「それは関係ないだろう。そもそもアナグラムだと言うのは、以前話したはずだ」
「だから名が廃る、と言ってい――」
「ねぇ、レクタードって、あなた?」
いがみ合う二人に少女が問いかける。差し出したままのスプーンから、溶けたアイスクリームが零れ落ちた。
「そうか、そうだったね。ゲーム内では僕がレクタードで、佐藤さんはギルジスだ」
「なんだ、そういう事だったのね」
そういうと少女は差し出したスプーンを、パフェの容器へと差し戻した。
「すまないね、別に僕らも隠していたわけではないんだ。良ければ君の名前を――」
「申し訳ないけど、それは教えられない。わたしの方にも都合があるの」
そう言って少女は立ち上がる。
「待ってくれ。別に教えられないことを無理に聞こうとはしない。ただ、少しでも情報をくれないか。運よく僕らは出られたが、まだ中にいるプレイヤーは多い。原因を探りだし、根本から解決しなくては、またどうなるか分かったものじゃない」
釘城も立ち上がり、少女に訴えかける。だが、彼女の反応はとても冷たい物だった。
「言ったでしょう。都合がある、と。わたしが注文した分は払っておくから、諦めて」
釘城の訴え空しく、少女が立ち去ろうとした時。佐藤は思わず声を上げた。
「どこかで見たことがあると思ったら。あなた、平井社長の御息女?」
「なんだって!」
釘城が所属する会社の、ライバル社を率いるのが平井社長。フィジカルアダプタの商品化記念パーティの際、随分と昔の事であったが、確かに彼はこの少女を見かけていた。
「なるほど、ね。こりゃ、名乗れないはずだ」
「あ、あれは他社の偵察よ。偵察……」
うつむきながら、自身に言い聞かせるよう繰り返す。そんな慌てる少女に、釘城は思わず吹き出しそうになっていた。
「別に人に言ったりはしないさ。ただ、代わりに協力してほしい。それだけだよ」
少女は改めて席に着く。そして大きくため息をつくと、決心したのか。まっすぐ彼らへと視線を向けた。
「わかった。協力する」
「ありがとう。まずは食べながらでいいから、質問に答えてもらおうかな」
チョコレートパフェはかなり溶けかかってきている。少女は再び、銀のスプーンを手にとった。
「まずは、そうだな。君は何故、ウロボロスの頭にライゼルがいるとわかったんだい?」
救い上げたアイスクリームを、再度佐藤へと突き出す。佐藤は若干ためらったが、二人の視線に気が付き結局それを口にした。
「そうね。アップデートする前に、あなたたち二人がログアウトしてからの事から話さないとね。どうにか残されたわたしたち二人は、敵との戦闘に最終的に勝利したの。あの、ミサエルとかいうやつらにね。その後わたしたちは、無事にニルヴァへとたどり着いた。アップデート前に、ね」
少女はパフェを一口ほど含むと、話を続けた。
「そしてアップデート直後に再び落ち合うことを約束して、私たちはログアウトしたわ。正確にはアップデートに伴う強制ログアウト、だけれども。とにかく私たちはニルヴァから再開できる状態で、アップデートを迎えた」
かなり冷めてきたコーヒーを啜り、釘城は無言で耳を傾ける。
「アップデートが終了し早速ログインした直後、既にライゼルはそこにいたの。ただ、いつもとは様子が違っていた。それはゲーム全体にも言える事だったし、ライゼルに関してもそうだった。それがアップデートの内容かと思うほどに、ね」
「ノイズ、か」
口を挟んだ彼の言葉に頷き、また一口。パフェをすくい上げた。
「そう。まるで天使のようだった。でもどちらかと言えば慈悲深い天使では無くて、外敵を排除する精兵ね。銀色の羽はノイズをまき散らし、散ったノイズは触れた者をどんどん侵蝕していった。それはあなたたちも見たでしょう」
二人は、小野田がノイズに触れた時の事を思い返し頷く。街はノイズにまみれ、それに触れたプレイヤー達もまた、ノイズにまみれていた。
「運良くか悪くか。ログインした一人のプレイヤーが、ノイズの中に出現したの。一瞬でそのプレイヤーはノイズにまみれたわ。それを目の前で見る事ができたわたしは、運が良かったと言えるのでしょうね。ライゼルは特に何かする訳でもなく、私の前から飛び去った。それを追いかけて街を出てしばらくした時、あなたたちと遭遇したってわけ」
佐藤はグラスをかき混ぜ、音を立てる。少女はパフェについてきた焼き菓子を手に取ると、たっぷりとソフトクリームをつけ口に放り込んだ。
「では改めて聞くが、ウロボロスのところにライゼルがいたとわかった理由だが……」
「ごめんなさい、忘れていたわ。あれはたまたま見えた、ってのが正解。銀色の翼ですもの、輝いているのがみえただけよ」
腕を組み、もたれ掛る。そしてもう一つ、ライゼルに関して気になっていたことを彼女へと投げかけた。
「先ほどライゼルのステータスを確認してみたのだが、それらの数値全てが最大値をたたき出していた。これはチート行為と呼ばれるものであり、電子計算機損壊等威力業務妨害と呼ばれる犯罪となる。おかげでこちらは生体リンク保護法を犯すことになってしまったけどね。このことについて君は何か知っているかな?」
少女の目を見つめながら、釘城は問いただす。どうも少女にとって答えにくい内容なのか、そっと目を伏せた。
「一応言っておこう。知人が罪を犯しているのを知っているにもかかわらず、止めたりしなかった場合、その者も犯罪者扱いされるが。君の返答によっては、僕も通報しなくてはならなくなるだろうね」
「ちょっと、監督!」
彼の脅しに、少女は強く睨みつける。しかし釘城が考えていた以上に、少女は頭の回転が早かった。
「結局。あなたも犯罪者でしょう?」
強く言い放つ少女の言葉に、釘城は声をあげて笑い出す。その様子に、少女と佐藤は困惑していた。
「いやぁ、完敗だよ。改めてお願いしよう。全プレイヤーをログアウトさせる為、君のその力、僕に貸してはくれないだろうか」
そう言って差し出して手を、少女へと向けた。
「わかったわ。いろいろ知られちゃってるし、ライゼルの事もあるからね」
少女は諦めたように大きくため息をつくと、差し出されたその手をしっかりと握り返した。




