一
一
深緑の中、真っ赤な髪の少女が巨盾を手にして警戒している。敵の数は一、小さな茂みの中にそれは隠れているのだが、赤いマーカーによりはっきりと場所が分かっていた。
「ねぇアッシュ、まだ?」
気だるそうに座り込む女性が、両手を頭に、木にもたれかかっていた。
「もう少しで終わるから、新参者はそこで見ていなさい」
一切目を離すことなく、アッシュは彼女に向かって言い放つ。そんな少女の言葉を流しながら、女性は一際大きなあくびをした。
「俺が手を貸そうか?」
「大丈夫」
悲鳴と共に少女は突き飛ばされる。小さな白い豚のような生き物が突進し、また茂みに戻っていくのが見えていた。
「はいはい、ログアウトしない程度に頑張りな」
体力が無くなると同時に強制的にログアウト、すぐにログインが可能ではあるが、最後に寄った町や村からのスタートとなる。その仕様上、ここで今あの少女に死んでもらっては来た道を戻らなくてはいけなくなり、時間のロスとなってしまう。
「ライゼルはさっきオンに来たばっかでしょ。ここは私に任せなさい」
盾で突進を受け止めながら、アッシュは言う。オフラインでの戦闘を経て、ライゼルは今オンラインにいる。強力すぎるボス達を前に、オンラインに来る前に挫折したプレイヤーの数は多く。危うく、ライゼルもその一人になりかけた。
「アッシュ、手伝おうかぁ?」
盾で殴りつけるアッシュを見ながら、ぼんやりと尋ねる。一瞬の強い風が、木々をざわつかせた。
「だから、大丈夫だってば」
「フォートドラゴン、来てるけど?」
「え?」
上空から巨体が迫る。こすれる金属音を轟かせ、二人のすぐ頭上を滑空していく。
「何でこんなところにいるの?」
「さぁね、で?」
木々をなぎ倒し、土埃と共に、太い四つの足で着地した。全身を金属の装甲で多いつくし、登場するモンスターの中でも最上位クラスの防御力を誇る。
「ライゼル、頼んだ」
「りょうかい」
ライゼルはゆっくりと立ち上がると、服についた土を払う。フォートドラゴンも彼女を敵と認識したのか、ゆっくりと向きを変えた。
「さぁ、始めようか」
腰に差していた刀を抜き、水平に構える。刀身に光が集まり、銀の刀身が白く輝きだす。一層強く刀身を輝かせると、彼女は鉄の怪物を強く睨みつけた。
スキル、飛斬。
輝く斬撃が巨体へと襲いかかる。鉄のアーマーを砕き、羽を引きちぎり、尻尾の先まで切り裂いて、その斬撃は天高く飛んでいった。
「おぉ、これがチートパワー」
左手を鞘に添え、目を閉じたまま納刀するライゼルに、アッシュが驚きの声を出す。バラバラになった敵の死骸は黒くなり、煙のように消えていく。その場に残されたアイテムを手にしながら、ライゼルはそっと呟いた。
「弱いな……」
手にしたアイテムを置いて、アッシュに拾うように促した。空は晴れ、先ほど木々がなぎ倒されたおかげで、森の中でもよく見える。ついさっきまでオフラインだったことが、それも序盤だったことが信じられないでいた。
「ねぇ、あなたは他にどんな事が出来るの?」
「どんな、事?」
興味深そうにするアッシュに、ライゼルは質問を質問で返す。風の音と共に、どこかで小さく地面をこする音が聞こえた。
「どんなチートを使ったの?」
腕を組みながら、軽く上を見る。オフラインの時にまとめていくつも起動したチートコード、それらを必死になって思い出そうとした。
「なんだったかな。レベル最大、ステータスオールMAX、状態異常無効、スキル全開、体力減らない、スタミナ減らない、水中呼吸可能、暑さ寒さ無効、確かこんなとこだったかな。いっぱい使っているからよく覚えていないなぁ」
ライゼルの話に耳を貸さず、アッシュはフォートドラゴンのアイテムを探っている。一つ、ナイフを手に取り太陽にかざすと、ポケットにしまった。
「まぁ、貴方が何を使っていようと、私は貴方と組めた時点で相当ラッキーなんだよね」
「俺はアンラッキーだけどな」
ライゼルがため息交じりに答える。
アッシュが一通りアイテムを拾い、歩いてきた道を行こうとしたその瞬間だった。小気味良い足音と共に、先ほどまでアッシュが戦っていたモンスターが、彼女に向かって突進してきていた。
「アッシュ、やっぱり君は弱すぎる。チートの有無に関わらず、ね」
敵がアッシュに届くよりも早く、ライゼルはそれを切り裂く。敵は勢いをそのままにしばらく走り続けていたのだが、ゆっくりとバランスを崩し、砂埃と共に倒れこんだ。
「まぁね、私は防御寄りにしたもん。ありふれた火力特化よりも貴重だよ?」
「そりゃ、どうも」
わずかに皮肉を混ぜながら言葉を返す。軽い足取りで歩き出すアッシュに、何故か、眩しさを感じていた。
「さぁ、アプデが始まる前に次の街についておかなくちゃ。そのあとは、いろんなダンジョンの攻略を手伝ってもらうからね」
浮かれた調子のアッシュに、ライゼルは思わずため息をつく。初めてオンラインに来た瞬間、ライゼルは運悪くアッシュにであった。それはつい先ほどの事であるが、アッシュの人懐っこさは随分と長い時間を一緒に過ごしたのではないかと感じさせていた。
「いや、って言ったら?」
半分笑いながら、半分呆れながら、ライゼルは彼女に尋ねる。解りきってた答えを、アッシュは告げた。
「そう言ったら、運営に通報かなぁ」
そうなれば私も困るけど、と付け加え、アッシュはライゼルの手を引く。一つに結んだライゼルの黒髪が、長く風に引かれていた。