ウサギの角、カメの毛
こんにちは。ビレッチです。 脱兎の如し はコメディ3割、恋愛3割、ファンタジーとシリアス、そして勘違いが一割ずつで構成しております。
残りの一割は、各話によって変えています。
何なのかは読んでいただけた皆様の想像にお任せします。
突然だが、おそらく俺は死んでしまった。
無宗教の俺としては死んでしまった場合、こんな風に思考することはできないと思っていたのだが、天国もしくは地獄と言うような死後の世界は存在しているのかもしれない。
かもしれない、と断言できないのは目が見えないからだ。おまけに音も聞こえない。
かろうじで分かるのは水の中にいるようなフワフワとした感覚だけ。神様らしき存在は、現れる気配がない。
俺はいったいどうなっているのか、これからどうなるのか。漠然とした強い不安を感じる。目が見えず、無音、さらに現状が分からない状態は精神的にかなり辛い。
こんなことなら思考できない方がマシだ。
痛っ。その上全身を抉られるような痛みがプラスされた。ん? 痛み?最近の死後の世界は痛みがあるのか?
もっとも、古き良き死後の世界など知らないし、全身を抉られたことなど無いのだが。
痛っ。またも痛みが走る。今度は身体を圧縮されるような、そんな痛みだ。
五分程後、全身を刃物で切られるような痛みが。
五分程後、全身を火で焼かれるような痛みが。
どうやら、五分ごとに様々な痛みが訪ねてくるようだ。その迷惑な来訪者は、時計の役目を担うと共に俺の中の不安をじんわりと増やしていく。
唯一の救いは、二、三秒程でご帰宅いただけることだろう。
そんな最悪の法則に気がつき今、二十七人目の来訪者を送り出した。いつ終わるのかもわからない地獄は、声によって終わりを告げた。
「やっふぅー、気分はどう?」
若い女の陽気な声が脳内に直接響く。耳と言う中継地点を使わない不思議な感覚。
多分、この女は神様のような存在なのだろう。
「ん~。ワタシは神様ではないかな~。」
残念、人違いだ。神様と間違えた場合、人違い言う言葉のニュアンスが正しいのかは、一旦置いておく。目が開かないので、彼女を見ることはできないが俺は生きていて、彼女は医者なのだろうか?
「医者でもないけど、アナタを治したのはワタシだよ~。」
医者ではないのに治した、なっ!?無免許か!。
健康保険はきくのか?十割負担は笑えないぞ。
と言うか声を出してないのに、なぜコミュニケーションが取れているんだろう?テレパシーか?
次々と疑問が湧き上がってくる。
我ながら現金なもので、痛みが訪れなくなり他人と(言葉?)を交わせるようになると、不安が急速に萎んでいくのがわかる。
「それよりアナタ、自分の名前は分かる~?」
俺の名前。
当然知っている、と思っていたが改めて考えてみると分からない。名前名前名前、うーむ記憶喪失なのか全く思いだせんぞ。
「頭で考えるんじゃなく、心に聞いてみて!」
哲学かっ!と心の中でツッコミながら、マイハートに俺の名前を問いかける。カップなラーメンが出来上がるほど問いかけ続けると、ぼんやりと文字列が脳内に浮かび上がってきた。
俺の、名前。それは
「ウサギ怪人。」
いや、おかしいだろ。
「おかしくなんか無いよ!アナタはウサギ怪人!」
いやいや、俺は人間だ。ホモサピエンスだ。
また近年、キラキラネームなどと言う難解な名前や無理な当て字を使った名前、漫画やアニメのキャラクターの名前等をつけることが問題になってはいるが流石に、流石にウサギ怪人は有り得ない。
そもそも、どこまでが苗字でどこからが名前なんだよ。ウサギ・怪人なのか、ウサ・ギ怪人なのか、ウ・サギ怪人なのか。
ウ・サギカイジンなら、もしかしたら。
「区切らなくていーの。アナタは悪の組織レッドリボンが誇る天才科学者ことワタシ、赤木・T・マリンが怪人化手術を行った、動物式変身人型怪人、ウサギ怪人なのだ!!」
あ、悪の組織ですか。なるほど、組織名はレッドリボンと。ええっと、アナタは天才科学者のマリンさんとおっしゃるんですね、いいお名前だ。あれかな?悪の組織ってことは世界征服が御社の目標だったりしちゃったりするのかな?ハハハ
……怪人化手術?
「うん!目標は世界征服。怪人化手術って言うのは人間を怪奇的単独戦闘兵器人間、略して怪人にする為の手術だよ。」
ダメだ。状況をのみこめない、吐きそうだ。
悪の組織って何だよ。自分のこと天才科学者なんて自称する科学者と初めて出会ったよ。
そもそも、え、俺人間辞めてんの?
「うん!人間を退職してウサギ怪人に転職してるよ。」
ふっざけんな。
俺は人間を定年退職する予定なんだよ。ウサギ怪人とやらに転職する気はサラサラ無い。
今すぐ人間に戻しやがれ!
「無理だよ。一度怪人化した人間を元に戻すことはできないの~。」
人間に戻せない!?ありえない!!
本人の同意無しにおかしな手術するな。
俺の綺麗な人間の身体を返せ!
「酷い、ワタシが怪人化手術をしなければアナタは、」
あれ?もしかして怪人化手術とやらを行わなければ死んでいたのか?
す、すまん。そうとは知らずに……。
「普通に助かったけどね。それじゃあ面白くないでしょ?」
面白い面白くないで人の人生左右するな!!
「もう人じゃないよ、ウサギ怪人だよ。」
やかましいわ!
「ふふふ。感情と記憶が戻って来たみたいだね。もう少しで動けるようになるはずだから、いい子にしててね。」
感情と記憶が戻って来たって何だよ。
怖えーよ。
「バイバーイ、ウサギ怪人。アナタはどんな悪の道を歩むのかな?願わくば、世界の意志に……」
思わせぶりかつ怪しい言葉で謎を残していくな。
お前はどこぞの黒幕だ!?
「はは、黒幕か。そう呼ばれても無理は無い、のかな。」
止めろ、儚げに言うな。
理解されない大義を掲げる悪役みたいだろうが。
「たとえアナタに恨まれても、ワタシは成し遂げなくてはならない。あの子の為に」
大切な人の為に全てを犠牲にする系の悪役か!
そのタイプは終盤で主人公に説得されて計画をストップするも、暴走が起きたりするか主人公に力ずくで倒されて「あの子もこんなこと望んでなかったのかな」とか思ったりすんだよ!
「そして未来の為に。」
違った、少数の犠牲で世界を救おうとする系だ。
「ワタシだって望んでない!でも、でも世界の為にはこれしか方法が」とか葛藤しつつも覚悟を決めてるタイプだぁー!
止めろ。主人公が犠牲ゼロで助かる未来を示してくれるから!それかステキパワーで世界の崩壊が止まるから!!
そして「ワタシのやってきたことは何だったの。」とか思っちゃったりしちゃったりするぞ。
「なんちゃって☆ ワタシには何の志も成すべきことも無いよ~。」
薄々そんな気はしてたよ。ちくしょう。
いきなりシリアスモードに入ってビックリしたわ!
「おっと、ついつい悪ノリしちゃった。それじゃ今度こそバイバーイ。」
バイバーイ、じゃねぇ。待ちやがれ。
「睡眠式肉体調整機能、起動。」
赤木・T・マリンとやらの声とは違う、無機質な電子音が脳内に響く。それと同時に猛烈な睡魔が俺を包む。次第に薄れていく意識の中で、脳の片隅で小さく震えた脳天気な声を、俺は聞き逃さなかった。せなかった。
「君は生き残ることが出来るかな。」
最後の最後で謎を残していくな。シリアスに突入させるな。と気合いでツッコミを入れた後、俺は意識を手放した。
短めのプロローグでした~。
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楽しんで、もしくは楽しみにしていただけると、もっと幸いです。