運び手
「…勾玉?」
「やはりご存知なのですね…これは我が王家に伝わる、召喚の秘術に必要な力を溜める宝玉です。
今は透明ですが、段々と青く色がついていき、300年経つと海よりも青くなります。
それでようやく、召喚の秘術を行うことができるのです。」
「300年も…じゃあ僕の前に呼ばれた人は、300年前の人ってことですか」
「わたくしたちの世界の時間ではそうですが、リク様の世界の時間では、おそらく600年ほど前になります。
これは確実ではないのですが、わたくしたちの世界よりリク様の世界の方が、時間の進み方が2倍早いようなのです」
「え…すごいな時間の流れまで違うとか…」
「リク様の前の、先代【運び手】様は、永享4年よりお越しになられたとおっしゃっていたそうです。そちらの世界の為政者…御所様は足利義教様とおっしゃったそうです。ご存知でしょうか?」
永享…永享の乱の永享か。足利義教の名も覚えている…くじ引きで将軍になった人だ。1400年代前半のはずだから、計算も合っている。
「ええ…おっしゃるとおり、約600年前の年号です。
その人の名前も知っています。室町時代の将軍ですね」
ミキはほっとしたようにうなずく。
「ではやはり、時間の流れは2倍違うようですね。
先代【運び手】様には、先々代の【運び手】様の時代のことはわからなかったそうなので、待ち間のずれだけしか根拠がなかったのですが」
「マチマ?ってなんです?」
「待ち間について説明するには、これから何が起こるのかということをお伝えしなければなりません。
ですがそれより先にお伝えしたいのが、なぜわたくしたちが300年もかけて【運び手】様をお呼びしているのかということです」
それは陸も聞きたいことだった。なぜ自分のような特に変わったところもない普通の人間が召喚されたのか?
「先ほど、リク様の前にお越しになった【運び手】様は3名のみと申し上げました。
先代は300年前、先々代は600年前、その前の初代【運び手】様は900年前ですが…その初代様が、この王国を開いた初代様でもあるのです」
「へえ…」
「ここで、先ほど申し上げた、時間の流れの違いが意味を持ってきます。
リク様の世界は、この世界に比べて時間の進みが2倍早い…ということは、この世界に比べ進んだ知識、技術をお持ちだということです。
先程からリク様を含め、召喚によってこの世界においでになった方々を【運び手】様とお呼びしておりますが、それは正しくは【知恵の運び手】であり、我が国にとって進んだ知識をもたらし、恩恵を運んでくださる方々、という意味なのです。
実際に、初代【運び手】様は稲作をもたらしてこの地を豊かにされ、民の崇敬を集めて国を造られました。
先々代様は鉄と刀の製法をもたらし、版図を拡大されました。
先代様は農業技術、灌漑技術を改良し、米と麦の二毛作をもたらし、さらにこの国を豊かにされました」
初代がこの世界の時間で900年前、ということは陸の世界で1800年前…弥生時代だから水稲の栽培はされていただろうし、先々代は1200年前、平安時代だから製鉄というのはたたら製鉄のことだろうか?刀についてはよくわからない。先代の室町時代は、農業生産がかなり伸びた時代だと聞いたことがある。水車が普及していたとか…。
「つまりリク様を召喚させていただいたのは、リク様がお持ちの知識によって、わたくしたちを救っていただきたいということなのです」
陸はミキから目をそらし、塔の隣にある城を見下ろした。所々に見える明かりはロウソクか、かがり火によるものだろう。なるほどこの世界ならば、陸の持つ現代の知識はのどから手が出るほど欲しいものだろう。しかし、何か違和感がある。
「救う…?救うって、何から救うんです?」