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召喚

伊藤陸(いとうりく)は天涯孤独だった。

陸と同じく一人っ子同士だった両親が自動車事故で逝き、その時既に祖父母も亡くなっていたためである。

その時陸は念願の大学に入学した直後で、受験勉強から解放され、希望に満ち溢れていた時であったから、その不幸から来た落差は大きく、これから打ち込もうと思っていた文学の道も、死んでしまえば何もならない、いつ死んでしまうかわからないのに本当にそれがやりたいことなのかと悩み、鬱々としてしまったのは仕方がないことだったといえる。

元々友人も少なく、本ばかり読んで過ごすのが常だった陸は、今回も本に…哲学書や思想書、特に生と死を扱ったものにのめりこみ、何十何百と読んでみたが、結局何かを掴んだという実感もなく、何もわからないということしかわからなかったが、それでもその時間は彼を癒やしたのか、数カ月ぶりに大学に出かけたその夜、久しぶりの外出に疲れ早くに就寝したその夜にそれは起こった。


「…きて…起きてください…」


誰かが陸に呼びかけている…彼はもちろん一人暮らしであったから、そんなことが起こるはずはない。


「起きてください、【運び手】さま…」


ようやく陸は目を覚まし、目をこすりながら起き上がった。


「なに…?なんですか…?」


徐々に目が慣れてくると、いつも寝ている布団の左手には、膝をつき、こちらを見つめる少女がいた。その奥、少し離れた扉の横には、正座をしている男(彼の父親と同じくらいの年だろうか?)が見える。


「えっ?なに?ここは」


そう、そこは彼の部屋ではなく、もっとずっと広い一室だった。慌てて周りを見回すと、数カ月前に見た葬儀場のホールくらいの広さで、その中心に布団があり自分がいることがわかる。白い壁にはたくさんの燭台がかかりロウソクが燃えている。


「なんですかこれ?ここはどこですか?あなたたちは…」


陸は驚きと恐怖に襲われ、布団を強く掴んで身体を隠すようにしながら声を震わせる。


「驚かせて申し訳ありません、【運び手】さま。

 ここは【運び手】さまの住んでいた世界とは違う世界です。

 我が王家の秘術によって、召喚させていただきました」


少女は落ち着いた声でそう告げる。


「違う世界って…何を…」


陸は突拍子もないことを言う少女を見つめる。茶色の髪を結い上げ、赤みがかった茶色の目をした、10歳くらいの少女だ。白い着物のような服を着ている彼女は、日本人と白人のハーフのように見え、異世界の生き物というには人間そのものだった。


「ひと目でご理解いただけるものがありますので、起きていただけますか」


布団のすぐ横にいた少女は一度立ち上がり、少し下がってまたひざまずいた。近くにいると不安だろうから、ということのようだ。陸はしばらく逡巡したが、自分の身体を確かめながら立ち上がった。夢ならどうとでもなるし、誘拐ならわざわざ布団ごと持ってくるのはおかしい。それに異世界なんて言わないだろう。これは多分夢なんだ。


「そちらのサンダルをお履きになって、ついてきてください」


少女は立ち上がると、後ろを向いて奥にいた男に合図をする。男は立ち上がりうなずくと、扉を開けて先に出ていった。言葉は発しない。陸がサンダルを履いたのを確認すると、少女は扉に向かってゆっくりと歩き出す。

陸は立ち上がって初めて気づいた。布団の周りに奇妙な円形の模様が描かれている。もしかして、何かの宗教なのか…彼の脳裏に凶悪事件を起こした宗教団体のことが思い浮かぶ。


「こちらです」


少女は扉のところまで行って待っている。その扉以外に出口はないようだ。逃げるにしてもこの建物の構造が少しでもわからなければ無理だろう…。今のところ危害を加えようという様子はないし、少しの間向こうの言い分に付き合って、逃げる隙を伺うのがいいかもしれない。

陸は無言で少女の後を追い、扉に向かう。それを見ると少女は扉を出ていった。扉につく前にもう一度部屋を見回すと、彼は扉を出た。


「しばらく登ります。暗いのでお気をつけ下さい」


扉の外は小さな四角い部屋になっており、螺旋階段だけがあった。先に出ていた男が燭台を持って登りかけている。


「わかりました」


陸は素直に従い、二人の後について階段を登り始めた。確かに暗い。それに狭く、二人がすれ違うのでぎりぎりなくらいだ。先ほどの板張りの部屋とは違い、組んである石がむき出しで、じめじめとしてすべる。これは素足では登れなかっただろう。


「まだ登ります」


少女の言葉にはっとして足元から目を上げると、さっきと同じような小部屋があった。見回すと扉があったが、大きな南京錠で鍵がかかっている。これは逃げられそうにない。陸は諦めてうなずき、また登りだした。


そこから5階分も登っただろうか?息が切れそうになってきたあたりで、ようやくまた部屋が見えてきた。先導する男が入り、少女が入るあたりで気づく。外だ。


「ここは…」


そこは塔の上だった。端まで行って周りを見渡すと、すぐ隣に石造りの城があるのがわかる。日本のものではない、西洋風のものだ。下の方にはたくさんの小さな建物が月明かりに照らされている。そちらもどう見ても日本のものではない。しかも明かりがほとんどない…街灯もないし、建物から漏れる明かりも極端に少ない。人もほとんど見当たらない。今は何時なのだろうか?


「【運び手】さま。空を見ていただけますか」


「空?」


少女に言われ、陸は空を見上げた。彼が住んでいた街では到底見られないたくさんの星々と、やや欠けた月が二つ、明るい光を放っている空を。


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