海へ行こう! 前
露姫「海へ行くわよ!!」
キタァ〜〜〜…!
夏の暑さ残る9月某日。
眞田露姫の拳付き提案に、いつもの四人は同じ顔で思った。
大概こう唐突に何か言い出した彼女に、誰が何を言っても無駄なため、四人は早々に諦めてそういう顔をする。
その四人…。
眞田露姫の彼氏、松竹梅松を筆頭に同じクラスで彼の幼なじみその1、柳瀬那音と幼なじみその2、小野口優弥…そして那音がいつの間にか懐いて一緒に居るのが当たり前になった学院一の美形、神楽祭。
神楽「…海に何しに行くんだ?」
露姫「遊びに行くに決まって……………ねぇ、神楽…あんた水着持ってるわよね? もちろん」
神楽「…? 授業で使っ…」
露姫「学校指定のやつじゃなくって!」
神楽「………」
露姫「ですよね!」
そして定番化してきた神楽と露姫のやりとりに、また深々と溜め息が出た梅松と優弥。
那音の空笑いが虚しい。
那音「でも優弥も新しい水着買わなきゃだめじゃね? 去年のやつ穿けないっしょ?」
梅松「学校指定のやつも買い直してたもんな」
優弥「…まぁな…」
またも落ち込み気味な神楽をフォローする為に那音が、一年間で別人のように成長した優弥に話を振る。
実は彼…小野口優弥は一年の時に大きめで購入していたはずの制服がそれでも入らなくなり制服・ジャージを新しく購入せざるえなくなったのだ。
当然授業で使用する水着も然り。
私物の水着は予定もなかったので購入を考えてもいなかった。
だがしかし露姫がそんな事を言い出した以上、買うしかない。
那音「俺も新しい水着買おっかなぁ…優弥、選んで?」
優弥「野郎の水着なんか穿けりゃそれでいいだろうがアホか」
那音「優弥の水着は俺が選ぶから!」
優弥「断る」
早々にテンションを上げて張り付いてきた那音を優弥が引き剥がす。
男の水着を選び合うというなんとも薄ら寒い絵図。
そんな二人を梅松が宥める。
梅松「まぁまぁ! あ〜…じゃあ今日帰りに水着買いに行くか」
神楽「す…すまない…」
梅松「気にするな神楽、俺も古くなってたから買おうと思ってたし…」
もちろん梅松のそれは気を使った言葉だった。
だが幼なじみ二人と同居する友人が買うのに、自分が買わないというのはなんだか仲間外れのようだし…。
露姫「…それにしても男全員で水着買いに行くなんて、色気ないわね…」
那音「…なら露姫も買えばいいじゃん」
露姫「そうしたいのは山々なのよ那音。けど私はスク水に決まってるの、梅が見たいって言ってたし!」
那音優弥神楽「・・・・・・・・・・」
梅松「ち、違っ!? 俺は別にセーラー服とかスクール水着とかブルマとかそういう系が好きなわけでは…!!」
優弥「…止せ梅…それ以上はただの墓穴だ…」
梅松の肩を叩く優弥。
神楽が真剣な顔で…。
神楽「…どういう意味だ?」
と那音に聞いた。
よりにもよって、那音に。
那音「ただの性癖の話!」
そう満面の笑顔で答えた那音を優弥が殴る。
神楽の冷たい眼差しに、梅松は俯くしかなかった。
そうして放課後。
ショッピングモールの水着売り場は、すでに夏物処分のセール中であった。
様々な水着の数々に目を丸くする神楽と優弥、目を輝かせる那音。
げっそりした梅松とうきうき男の水着売り場に突入する露姫…。
那音「…優弥!」
優弥「死ね」
真っ先にブーメランパンツな水着を手にとって持ってきた那音に間髪入れない優弥。
じゃあ神楽、と優弥の断ったそれを神楽に押し付けやがった。
神楽「…ただの下着ではないか」
那音「もー、神楽わかってないなぁっ! それが水着の素晴らしさだよーっ! 普段服の下に隠れて見えない下着姿…水着とはそれの仮想状態……っ、はう…どうしよう…、それに水の滴った優弥の水着一枚の…優弥っ…そ、想像しただけで俺動悸息切れがっ…っ」
神楽「……那音、ゆっくり呼吸を整えろ。ほら、ひとまず深呼吸だ」
那音「ヒッヒッフー!」
優弥「…あいつどうしてああ気持ち悪いんだろうな…」
梅松「優弥、優弥落ち着けっ」
早くも店内で絶好調になり始めた那音へ、一体どこに隠し持っていたのか刀を抜刀する優弥を宥める梅松。
本当に場所関係ないコイツ等。
すかさず露姫が優弥に近くにあった水着を押し付けた。
なんともアロハなその柄に、優弥が殺る気を削がれる。
露姫「ほら、あんたも早く那音に着せたい水着選びなさいよ! 手伝ってあげるからっ」
優弥「はぁ!? なんで俺がっ」
露姫「このままじゃ那音があんたに着せたかった水着、全部神楽に渡っちゃうのよ? いいわけ?」
優弥「……」
…何故か押し黙る優弥。
彼の視線は未だにヒッヒッフーを繰り返す那音と、その背をさすっている神楽へ。
那音は本来着る服の趣味とセンスが良くオシャレだ。
誕生日に毎年花と服を貰っている優弥は、誰よりそのセンスの良さを知っている。
優弥「ちっ、仕方ないっ」
露姫「…本当あいつめんどくさいわねー…」
梅松「…本当どうしたいんだアイツは…」
那音を拒むくせに、那音への執着心を強く見せる優弥。
どうなりたいのかどうしたいのかさっぱり分からない。
神楽と那音を見ないようにしながら、水着を選び始まる優弥。
仕方なく数枚手にとっていると、不意に優弥の隣に同じ制服の男子を感じ…見る。
優弥「…………」
玄太「…………」
その先に居たのは那音を野球の道に踏み込ませた同級生…宇都宮玄太。
目が合った瞬間、二人の間に流れたドス黒い空気。
ほぼ変わらない目線を殺意混じりに交差させ、数秒…。
那音「あれ、宇都宮じゃ~ん! 何してんのこんな場所で? 宇都宮も買い物?」
玄太「柳瀬」
優弥「……」
那音がひょっこり顔を出すと豹変する宇都宮の表情。
小学生以来の野球友達に嬉しそうな那音へ「宇都宮を名前で呼んだら殺す」と訳の分からない脅しを利かせた優弥と、その事実を未だ恨む宇都宮は当然仲がいいわけもなく…。
玄太「や、柳瀬も買い物か…?」
那音「……あ〜うん…ティッシュいる?」
玄太「わ、悪い…」
優弥「……(那音より気持ち悪ぃなコイツ…)」
中等部辺りから那音を見る度に鼻血を垂らす習性を身に着けた宇都宮を、心底嫌悪している優弥も当然仲良くする気が起きるはずもなく…。
玄太「…………」
優弥「…………」
那音「…? …二人ともなんで見つめ合ってるの…?」
那音を挟んで再び始まる睨み合い。
男性用水着売り場で二人の男子校生が、一人の男子校生を取り合うが如く殺気を放ち合う構図が出来上がってしまう。
取り合われている? 当事者はその事実にまるで気付かず。
那音「ず、ずるいぞ宇都宮! 優弥に見詰められるなんて…っ! 優弥、見つめるなら俺を見てよ!」
優弥「………」
と、想い人にしがみついて懇願し出す始末。
その潤んだ瞳に、優弥が後退る。
ああ、戦ってるな…と傍観決め込んでいた梅松と露姫が感じた。
たまにああなるのだ、優弥は。
いつもなら間髪入れずに那音を引き離してはぶちのめそうとするくせに、那音があまりにも本気すぎる時…そして本当に不意打ちを喰らった時…ああなる。
露姫「いっそ理性が負けちゃえば減るのかしら、被害が」
梅松「そうだな、一度見てみたいかもな」
神楽「…? 那音は優弥に見詰められる自覚がないのか? 普段あんなに観察されているのに…」
梅松「神楽お前それアイツ等に直接言うなよ? 絶対ややこしくなるからっ」
結局理性が勝利したらしい優弥に引き離され、手当たり次第に水着を投げつけられる那音。
そうして最終的に何故か優弥が自身の分の他に那音と神楽の水着を購入。
那音にはパーカーまで買い与えた。
那音「優弥アリガト! 一生大事にする~!」
優弥「五月蝿ぇ。いいか、絶対海に行ったらそれ脱ぐなよ!? 片時も脱ぐなよ!? 分かったな!?」
那音「え…それ泳ぐなって事!? 海行くのに!?」
神楽「那音はまだ医者に運動全般を禁じられているんだろう?」
那音「あ…そっかぁ…」
露姫「そうよ、無理は禁物よ那音(絶対そういう意味じゃないと思うけどね…)」
梅松「リハビリも終わってないもんな(絶対そういう意味じゃないと思うけどな…)」
よしよし、と神楽に頭を撫でられれば那音は落ち込んだ表情から一変笑顔を浮かべる。
最近親子みたいに見えてきたコイツ等。
微笑ましくも見えるが、優弥と宇都宮にはそう見えないらしい。
…スッゴい睨んでいる。
那音「そういえば宇都宮はなんで水着買いにきたんだ?」
玄太「え、いや…サーフィンでも始めようかと思って…」
那音「へ~! すごいな、宇都宮は」
玄太「っ」
ブハッ、と噴射した鼻血。
すかさず那音がポケットティッシュを宇都宮の鼻に詰め込む。
実に素早い対応である。
那音「じゃあ今度俺たちと一緒に海行こうぜ? いいよな、露姫」
露姫「私に被害が及ばなきゃ別にいいわよ」
那音「? 被害? なんの?」
露姫「あ、本当に自覚ないのねアンタ」
那音「え? え?」
本気で分からなそうに首を傾げ困った顔をする那音。
その横で地味に自分の水着を購入した梅松と、殺気を放ちまくる優弥。
神楽の
神楽「…サーフィンってなんだ?」
定番化してきた一言が、場を一気に脱力させた。




